第271話 アルカナダンジョン【ⅩⅧ】②

「ふぅ、今日はこのくらいにしておくか?」


 剣を鞘に納め、僕はルナの方へ振り返る。


「ん、そこそこ満足したから良い」


 ルナは「むふー」と息を吐くと、ドヤ顔を向けてきた。今日一日僕のことを盾にして魔法を撃ちまくっていたので満足したようだ。


「とりあえず、広い場所を探して結界を張る」


 ルナはトコトコと歩いていくと、広場のような場所を発見し、三つの結界を構築した。


「これでヨシ!」


 シーソラスの杖を使いこなし、魔力を凝縮した結界を用意する。その硬度は相当で、カイザーやキャロルをも封じ込めることが可能なので、ここまでで遭遇したモンスターではヒビ一つ付けることはできないだろう。


「エリク、シャワー浴びてきたい」


 僕が野営用のテントを二つ設置していると、ルナが袖を引っ張ってきた。


 上目遣いに見上げてくる彼女だが、今日一日暴れ回ったせいで汚れている。


「わかった、じゃあこれを持っていくといい」


 僕はアイテムボックスの中から『温泉』が詰まった樽を三つと、持ち上げるための台を用意した。


 高さ3メートルほどのこれは、ハンドルを回すと台が昇降する。温泉が入った樽を持ち上げて、底面にある穴を弄ることでシャワーのように湯が降り注ぐ仕組みだ。


 ゴッド・ワールドに戻れない可能性を考慮して『温泉』を用意したのだ。


 ルナはそれらを受け取ると、コロコロと台を動かし、壁際へと行く。


 そして、台に備え付けられているカーテンを閉じると……。


「責任取る覚悟があるのなら覗いてもいいよ」


「……はいはい」


 隙間から顔を出し、僕をからかってきた。


 彼女が顔を引っ込めると溜息を吐く、どうにも今日のルナは普段と比べても捉えどころがなく、距離感がバグっている気がする。


 それがイブとの『約束』なのかもしれないが、二人のやり取りを知らない僕には何がなんだかわからない。


 ルナがシャワーを浴びる音を聞きながら、僕はかまどを取り出し、スープを暖め始める。

 食事に関しては、イブが張り切って用意してあるので、ゴッド・ワールド内と遜色ないものを食べることができる。


 追加でプレートを出して熱し、肉を並べていると、ルナに呼ばれた。



「どうした、ルナ?」


「エリク、着替えとタオルちょうだい」


「ちょ、ちょっと! み、見えてるからっ!」


 カーテンの隙間からルナが顔を出すのだが、その際に開いた隙間から赤みを差した肌が見えてしまった。


「……責任」


「あまりにも理不尽すぎる!」


 故意に見せつけてきたくせに責任を取らせようとするルナに言い返した。


「残念。仕方ないので今回は諦める」


「そうしてくれ……」


 わりとあっさりと引き下がるルナの様子に、僕は披露を覚えると、アイテムボックスから出した着替えを彼女に手渡すのだった。




 ルナが出てくると、入れ違いに僕がシャワーを浴びる。

 やはり恩恵の『温泉』の効果は素晴らしく、今日失った魔力がじわじわと回復していく。


 前世の日本人の記憶があるので、温泉の匂いを嗅ぐと落ち着く。毎日浸かっていたので、これがない生活はもう耐えられないだろう。



 できればゆっくりと浸かっておきたいのだが、それはアルカナダンジョンを出てからの楽しみにとっておこう。


 汚れを落としてさっぱりすると、僕もルナの下へと戻った。




 —―ジュージュージュー――


 鉄板の上で肉が焼けるのをお互いに無言で見ている。


 その横のではミスリルでできた調理器具が火にかけられ、蓋がカタカタと揺れている。


 僕はそちらが気になり何度も様子を伺っている。そろそろ頃合いかなと考え、長時間鉄板から目をそらしていると……。


「あむあむ……」


 いつの間にか鉄板の上で僕が育てていた肉が消えていた。


「ああっ⁉」


 僕が声を上げると、


「ルナの勝ち」


 頬張りながら勝ち宣告をするルナがいる。


「いや……食糧は十分にあるし、どっちも満腹まで食べられるんだから勝ち負けは無いんじゃ?」


 冷静に突っ込むのだが……。


「ところで、それ何?」


 ルナの自由な思考はミスリルで作った調理器具へと移っていた。


「これはハンゴウっていってコメを炊くための道具なんだ」


 そう、肉に一番合うのは炊きたてのコメだ。最近キリマン聖国で手に入れたコメを僕は好んで食事に取り入れていた。


「ふーん、美味しいの?」


 じろじろと見つめている。食文化の違いがあるせいか、僕がお勧めする一部の食材に皆苦手意識を持っている。


 そんな中でもルナは僕に理解がある方で、皆が敬遠するような食料に対しても一応は試してみようとしてくる。


 今回も、興味を持ったようだ。


「そろそろ炊けたころかな?」


 火からおろして蓋をとると、そこには一粒一粒が艶々に輝いている白いコメがあった。


「この匂い、たまらない」


 湯気を吸いこむと胸がいっぱいになる。

 僕は茶碗にコメをよそうと箸を伸ばし口元に運ぶ。


「この柔らかさと仄かに感じる甘さ。やっぱりコメがなきゃ焼肉の真価は発揮できない」


 肉を焼きつつコメを食べる。どちらも素晴らしい味わいで、僕は夢中になって食事をすすめる。


「エリクエリク」


 ふとすると、ルナが隣にきて座っている。僕の手をツンツン突く。


「ん?」


「あーん」


「なんだ、食べたいの?」


 口を開けたまま頷いた。

 風呂上がりということでラフな格好をしているルナ。ここまで接近されると下をみると布地を押し上げる慎ましい膨らみが目に入る。


「はやく」


 本人は特に気付いてもいないようなので、指摘しなくても良いかと考え、僕は彼女のリクエストに応えるとコメをルナの口元へと運ぶ。


「もにゅもにゅ」


 ゆっくりと味わうように咀嚼するのだが……。


「これ、そんなに美味しい?」


「は?」


 ルナが疑問の表情を浮かべながら首を傾げた。


「まさかルナの口からそんな言葉がでるとは……」


 わかってもらえない悲しみと、ちょっと前にキリマン聖国の農林大臣に言われた言葉を思い出して口元を結ぶ。


「エ、エリク? 怖いよ?」


 普段無表情なルナが顔を歪めている。どうやらあの時の怒りが滲み出てしまったようだ。


「いいか、ルナ。このコメというのは単体ではその価値が解り辛いかもしれない。だけど、こうしてコメを食べた後に肉を食べてみろ」


 だけど、今の僕には余裕がある。あの農林大臣をわからせてきたからだ。


 僕は焼き上がった肉をプレートからとり、彼女の口元へと運んだ。


「あれ、美味しくなった?」


「それこそがコメの効果だ。このコメは素朴な味わいながら、一緒に食べることで他の料理を際立たせることができる。そしてほら……」


 もう一度コメをルナに食べさせてみる。


「嘘……こっちも美味しく感じるよ?」


「そう、交互に食べることで無限にお互いが引き立っていく。これこそが無限ループなんだ」


「へ、へぇ~」


 僕がそう言うと、ルナは少し距離を置いた。あまりにも熱く語ったせいかドン引きしてしまったようだ。


「確かに美味しい」


 ルナの分のコメをよそってやると、彼女は小さな口を動かしゆっくりと味を確かめながら料理を食べていく。


 僕にしても、こうして満足してもらえるなら悪い気がしない。


 結局、コメを食べつくすまで僕とルナは無言で食事を続けるのだった。

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