第258話料理対決

「それでは、ただいまより料理勝負を始めます」


 目の前には農業大臣にセレーヌさんとアンジェリカ。他には適当に声を掛けた暇そうな人が七人ほど座っている。今回の料理を判定する審査員だ。


「今回はキリマン聖国で神殿料理人をしているウ=マイモンスキーさんにお越しいただきました」


『神殿料理人の料理が食べられるなんてついてるよな』


『声かけられたときは詐欺かと思ったけど、ついてきてラッキーだ』


『一体どんな御馳走が食べられるか楽しみだぜ』


 審査員が期待の眼差しをウ=マイモンスキーさんへと注いでいる。


「続きまして、モカ王国から来ましたエリクさん。なんと聖女様のアカデミー時代の後輩にあたる方です!」


 司会の説明に全員が微妙な顔をする。


 今の言葉では何故僕がここにいるのか背景がわからないからだ。


「今回の料理勝負ですが、変則ルールとさせていただきます。ウ=マイモンスキーさんはいつも通りに料理をしていただき、エリクさんにはコメを使った料理を作っていただきます」


『えー、コメ?』


『あれぼそぼそしててまずいんだよな……』


 微妙な反応が返ってくるが、コメの美味さを知らないのだから仕方ない。


「それぞれ一品ずつ作って美味しい方が勝ちとなります」


 司会の言葉に僕とウ=マイモンスキーさんが頷く。


「制限時間は一時間です。それでは、はじめっ!」


 僕とウ=マイモンスキーは同時に料理を始めた。




 まず僕は【アイテムボックス】から各種野菜のほかにスパイス、コメを炊くための炊飯器を用意する。


『なんだあれ? あんな調理道具見たことないぞ?』


 コメというのは炊き方次第で味が変化する。鍋底を丸くしてあるので、下から火をかけると中でコメが躍るようになる。この釜はいつかコメを入手した時のためにと最初に作って保管していたものだった。


 とうとう使える時がきたので僕は鍋をひと撫ですると料理を開始する。


 湧き水と同じ純度の水を魔法で作り出す。そして手早くコメを研ぎ、ぬかを洗い流す。この時点で精米の仕方が悪いことがわかった。


 コメをパンがない時の代用食糧と思っているからだろう。やり方が雑な上、コメにひびが入っている。これでは真価を発揮できないがこの程度はハンデとしてくれてやる。


 コメに関してはあとは炊くだけ、僕は次の仕込みへと移る。


 ニンジン、ジャガイモ、タマネギ。野菜を微塵切りにして炒める。

 火の通りが悪い野菜から先に入れていき、すべてに火が通ったら鍋へと投入。次に肉の表面を焼きそれも鍋へと投入。

 肉汁が残っているフライパンにワインを入れて煮立ててアルコールを飛ばす。全て鍋に入れて落とし蓋をして、あとは時間一杯煮込むだけだ。


 僕は小皿を用意しつつ相手の様子を探ってみる。


「へぇ『トラティーヤ』ですか?」


 小麦粉とコーン粉を練って焼き上げる料理で、中に肉や野菜などの具を仕込むことで素材のうまみを閉じ込める。露天などでよく売られている庶民の食べ物だ。


「そちらがコメを使うという話でしたからね、こちらは小麦の魅力を味わっていただこうかと」


 ありふれた料理でも調理の腕次第、彼は言葉を交わしつつも手が激しく動いている。

 肉や魚を捌き混ぜ合わせて炒めていく。ニンニクとオリーブ油の焦げる香りがこちらまで漂ってきて食欲を誘う。


「そちらはどうやらシチューのようですが、調理方法も単純。それでは私には勝てません」


 自分の料理を作りながらこちらの動きも見ていたらしい。


「さて、どうですかね? こちらは最高の料理をお出しする用意がありますから」


 そう言って僕は手元で作業をする。


『おい、あっちの方からも美味そうな匂いが漂ってくるぞ』


『こりゃどっちの料理にも期待が持てそうだな』


 神殿料理人と視線があい火花がバチバチと弾ける。


「終了です! 料理を前に!」


 時間一杯ですべての調理を終えた僕らは審査員に料理を出すのだった。


「さて、どちらから食べましょうか?」


「僕はあとでいいですよ」


 司会が悩んでいたので後攻を選択する。なぜなら料理漫画とかだと大抵後から出した方が勝つからだ。

 後出し有利の法則を利用することにした。


「それではまずはウ=マイモンスキーさんの方から、こちらは『トラティーヤ』ですか?」


「ええ、トラティーヤとは小麦とコーン二種類の穀物を粉状にして混ぜ合わせて生地を作る。その中に具材を封じ込めて焼き上げることで旨味を逃がすことなく味わえる料理です」


「言ってしまうと申し訳ないのですが、庶民向けと言いますか……いささか肩透かしをくらった気分ですね」


 その名を轟かせている名料理人だけに誰も見たことも聞いたこともない料理が出てくると思っていたが期待外れといった様子だ。


「料理名は同じですが中身に関しては食べていただければ満足してもらえると思います」


「そうですか、では審査員の皆さまどうぞ」


 農業大臣が、セレーヌさんが、アンジェリカが、他の審査員がトラティーヤを手で掴むとかぶりついた。


『うっ……なんだこれ!』


『肉汁が溢れてくるっ!』


『香りが口いっぱいに広がって……』


『まさに味の時限爆弾や!』


 絶賛評価が飛び交い、皆が夢中でトラティーヤを食べていた。


「一見すると普通のトラティーヤですが……。ウ=マイモンスキーさん、説明いただけますか?」


 司会の言葉に、ウ=マイモンスキーは頷くと。


「今回使った小麦とコーンですが、同じ畑から採れたものを利用しています。育てた土まで同じことで味わいに一体感が生まれます」


「そ、そんな工夫を……?」


「さらに、練るのに使った水も穀物を育てる時に使用した水です」


 産地を合わせることで料理の味を一段階上げるのはよく使われる手法だが、それだけでああはならない。


「具材に関しては、私の目利きで一流の物を用意して、ギリギリを見極めて料理しました」


 炒める時間、挟み込む具の量、焼き上げ時間。それぞれ調理のポイントがあり、ここを外すと名料理もコボルトのエサ以下になる。


 ウ=マイモンスキーほどになればその調理は完璧に違いない。

 全員が彼の料理に魅了されている。このままでは話が進まないな……。


 僕が鍋の蓋を開けると、


『なんだ、この強烈な香りは?』


『今、トラティーヤを食べたばかりなのに腹が減ってきた』


『初めて嗅ぐ匂いなのに抗えない……』


 僕はシチューをよそうと全員の前へと置いた。


「『カリーコメ』ですどうぞ、お召し上がりください」


 皿にコメをよそってそこにルーを盛る。


『これは、なんとも食欲をそそる』


『このようなものとコメが果たして合うのか……』


 半信半疑ながらもスプーンを持つ。吸い寄せられるように全員がカリーコメを食べた。


『『『『!?』』』』


 全員がもの凄い勢いでカリーを食べ始めた。誰も口を開くことなく一心不乱にカリーを食べ続ける。


「こ、これは……?」


 司会とウ=マイモンスキーが目を大きく見開いた。


「良かったら二人もどうぞ」


 何が起きているのか理解できない二人に僕はカリーコメを差し出す。

 ウ=マイモンスキーが皿を受け取り、カリーを口へと含んだ。


「野菜の甘味がシチューに溶けだし、調合されたスパイスが舌を刺激する。肉は蕩けるほどに柔らかく、何よりこのコメだ。パサつくどころか水分を吸収していて……サラサラしているせいかシチューと馴染んでスルリと喉を通り抜けていく」


 コメの品種が違うので、粘りある味わいではないがこれはこれで美味しいはず。


 ウ=マイモンスキーが味の評価をしている間に審査員たちも我を取り戻したようだ。


『美味すぎる! もう一杯くれないかっ!』


『ここで店を出してくれ! 絶対毎日通うからっ!』


 審査員が殺到し、あとはカリーの奪い合いだった。


「えーと、審査どうしましょうか?」


 結果を聞こうにも目を血走らせてカリーを奪い合ってるので聞き辛い。


「いや、結果は聞くまでもない。私の負けだ」


 ウ=マイモンスキーはコック帽を外すと清々しい表情を浮かべた。


「コメがこんなに美味しい物だったとは。どうやら私は世間の評価に左右され、物の価値を見失っていたようだ」


「いやー、まったくです。この料理を食べたら『コメがまずい』などとは口が裂けても言えませんな」


 農業大臣が現れて調子よく口を合わせた。


「では、コメの生産を中止するというのは?」


「人員のめどがつき次第、水田を再開させていただきます」


 その言葉に僕は満足する。


「一時はどうなるかと思いましたが、良かったですわね。エリク様」


「皆さまが満足されたようで何よりです」


 アンジェリカとセレーヌさんがほっとした顔をしている。


「そう言えば、せっかくコメがあるんで食べたかった料理を作っていいですかね?」


「ほぅ? コメを使った新料理ですか?」


「それは是非、体験してみたいものですな」


 ウ=マイモンスキーと農業大臣が興味を示す。

 僕は懐から藁の束を取り出すと…………。


「え、エリク様? ま、まさか……」


 アンジェリカの顔に恐怖が浮かぶ。


「それじゃあ、皆で食べましょうか」


 僕は満面の笑みを浮かべると、


「ナットウコメ」


 長年焦がれていた料理を皆に勧めるのだった。


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