第257話キリマン聖国③
荒野に寒い風が吹いた。
僕はただただ茫然とそこに立ち尽くしている。
「隕石って、エリク様が落としたあの魔法のことですよね?」
アンジェリカが近付くと僕に耳打ちをしてきた。
「えっと、エリクさん……。私としては誰かに当たるような真似を見過ごすことはできないのですが……考え直して頂けませんか?」
セレーヌさんが恐る恐るといった様子で僕をなだめようとしてくる。その姿は猛獣を手懐ける飼育員のようで、聖女と呼ばれている人を怯えさせてしまったことに罪悪感が膨らむ。
「そ、そうですね……さすがに八つ当たりをするつもりはありませんよ」
もし本気でやるなら僕とイブを粛清しなければならないが、それは自傷でしかない。
「良かった、エリクさんは話せばわかってくれると思いました。怒りを覚えるのは当然ですが、他人を許す寛容さこそが大切だと神もおっしゃっていますので」
「アアソウデスネ……」
手放しで褒められたせいで妙に気まずい。水田を破壊したのも僕なら隕石を落としたのも僕なのだ。それで怒って勝手に矛を収めただけなのに褒められるのは何か違うと思う……。
「エリク様、少しは自分というものを見つめ直されましたか?」
アンジェリカから辛辣な言葉が飛んでくる。この国に着いてから僕に対する視線に含むものが混ざっている気がする。
「うん、アンジェリカ。僕が全面的に悪かったよ」
「わかっていただけて何よりですわ」
今回ばかりは立つ瀬がないので、僕はアンジェリカに平謝りをした。
「それで、隕石が落ちたにしても数ヶ月まえですよね? 水田の再会はいつになるんですか?」
いつまでも荒れ果てたままではコメが作れない。僕は今後の計画について聞いてみた。
「元々、この穀物はキリマン聖国でも一部の人間しか食べていませんでしたからね。生産量は多いのですが口に合わないこともあるので、この機会に作るのをやめようかという話が上がっています」
「そんなバカな! ここでしか作れない穀物を放棄する!? これまでの伝統と、主食にしていた人はどうなるんですか!」
主にこれから主食にしようと考えていた僕とか、アスタナ島のカジノに卸してナットウ御飯を流行らせようとした僕とか、とにかく僕が困るに違いない。
「そうは言ってもですね、国の農業大臣さんの決定らしいですから」
セレーヌさんは頬に手を当てると困った顔をした。
「だったら、その人に合わせてください! 僕が直接お話をしますからっ!」
「アスタナ島ではコメの輸入と再開発への支援、その他必要物資やら諸々を用意することができます。水田を復活させてください!」
「えっと……聖女様、こちらのかたは?」
僕が詰め寄ると農業大臣は冷や汗を流してセレーヌさんに助けを求めた。
「私のアカデミー時代の後輩のエリクさんです」
「えっと、エリク……殿? もう一度言っていただけますか?」
「僕はアスタナ島のリゾートホテルを運営しているエリクです。今回はコメを仕入れるための視察に来ました。ですが、最近起こった隕石のせいで水田が壊滅していました。再建をしないとセレーヌ先輩から聞いたのでこうして交渉に来たわけです」
「……なるほど?」
どうにも理解してもらえてなさそうだ。
「おっしゃることはよくわかりましたが、再建しようにも人手が足りていない状況でして。現在は周辺の建物と他の畑を優先しております」
大体セレーヌさんから聞いていた通りだ。彼らにとってはコメよりも他の野菜や小麦などの穀物の方が大事らしい。
確かに、メテオによる被害は大きかったのだろう、ブルマン帝国もモカ王国も修復に人手を割いていた。
モカに関しては、アカデミー卒の優秀な人材がたくさんいたので既に修復済みだったので、失念していた。
ここは知り合いもセレーヌさんしかいないので無理を言うわけにはいかない。
「確かにその通りでしたね、発言は一度撤回させていただきたく……」
僕も冷静になり、時期を改めて交渉をすべきだと考え、言葉を引っ込めようとすると……。
「それに、コメなんて食べても美味しくないでしょう。小麦があればパンが焼けるのですからそれで十分では?」
……僕はこの大臣を『わからせて』やることにした。
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