第259話キリマン聖国④
「いやぁ、最高の料理だったよ」
馬車に揺られ、本日の宿へと向かいながら僕は満足げに呟いた。
あれからナットウとコメを合わせて食べると、僕は至福の時を過ごした。
ダイズを早期発見できていたのはでかい。生たまごとショウユを混ぜ合わせ香菜をいれてコメにかけると懐かしい味がして涙が浮かんだ。
「農業大臣さんのあの悪魔を見るような顔は忘れられません」
「他の人たちも大半がドン引きしていましたわ」
セレーヌさんとアンジェリカが頬をひくつかせている。
だが、ウ=マイモンスキーさんはナットウコメの価値を認めていたし、この世界でもごく一部の食にこだわりがある人間ならば受け入れる可能性があるとわかっただけでも収穫だ。
「それよりエリク様、そろそろどうやって他の皆の目を盗んで旅行にこれたのか教えていただけませんか?」
僕が余韻を楽しんでいると、アンジェリカは話題を変えてきた。
「ああ、それならサクラにお願いしたんだよ」
「サクラというのは?」
「サクラというのはエリク様の……その……」
アンジェリカが言葉を詰まらせる。
「エリクさんが何か力を隠しているのはとっくに知っていますが、その関係ですか?」
「ええそうです」
セレーヌさんは僕の恩恵を一番最初に見ている。当初、アイテムボックスよりも広い空間を用意できると知っていたので、今回のアルカナダンジョン攻略者に名前があった時点で色々察しているに違いない。
僕はセレーヌさんにこれまでの説明をした。
「なるほど【ザ・ワールド】……いえ今は【ゴッド・ワールド】でしたか。そのイブさんが管理する世界ではダンジョンコアから特殊な力が引き出せて、アルカナコアの能力を利用してできたのがサクラという女の子だと……?」
「その通りです」
「はぁ、あなたの才能を見出してアカデミーへ入学を勧めたのは私ですがまさかそこまで凄いことになるとは思わなかったです」
馬車にでも酔ったのか、セレーヌさんは何やら疲れた表情を浮かべた。
「ということは、アスタナ島のアルカナダンジョン攻略もエリクさんですね?」
「そうです、あの時はすみませんでした」
元々疑われていただけにいまさら否定する必要はなかった。
「それで、サクラがどうしたんですか?」
アンジェリカはどうやって皆の足を止めているのかが気になるようだ。僕はネタを明かしてあげることにする。
「サクラの力で【ザ・デビル】のアルカナコアの力を引き出して僕のドッペルゲンガーを複数体用意してもらったんだよ」
「でも、あの力を持て余していたからイレギュラーでサクラが生まれたのではないのですか?」
「完全なドッペルゲンガーは僕の記憶を完全に引き継ぐ。今回はサクラが作ったから力もそんなに持っていないし、記憶もアカデミーでかかわった範囲までしか覚えていないんだ」
僕には前世の記憶がある。あれらの記憶まで移すとなると大変だが、サクラのパワー不足のせいか、丁度良いドッペルゲンガーが誕生したのだ。
「それで作ったドッペルゲンガーにそれぞれの相手をさせているから、今のところ誰も僕がいなくなっていることには気付けないってわけだ」
「会話はどうなんですか? 話に聞くところによるとドッペルゲンガーはエリク様とはやや違う性格をしているようなのですが?」
アルカナダンジョン攻略の際、ダンジョンの仕掛けはその場で一番力を持つ者を最終ステージに転移しその力をうつしとって仲間に紛れ込ませた。
その時一緒に行動していたのがミーニャなので気付かれなかったが、他のメンバーが接していたら最初から気付かれていたらしい。
「そこはサクラに上手くコントロールするように頼んである。あの娘は僕のことを良く知っているから、僕と同じ返答をしてくれるはずなんだ」
「なるほど、そういうことでしたか……」
僕の説明にアンジェリカは納得したようだ。
「ちなみに僕が今、ゴッド・ワールドの入り口を開かないのは、開けてしまうとさすがにイブにバレるからだね。だから旅行中に必要なものはアイテムボックスにいれてある」
話している間に目的地に着いたらしく、馬車が停止する。
「ここが本日泊まるホテルですか、セレーヌさんの紹介ということもあって良いホテルですね」
「ええ、このホテルはキリマン聖国の中でも泊まれる人間が限られていますから。きっと気に入っていただけると思います」
アスタナ島で僕が経営しているリゾートホテルと違い、落ち着いた雰囲気を放っている。要人が人目を避けてハネを伸ばすのに最適な場所なのだろう。
「この後は部屋へ案内して夜からは食事の予約もしてあります。明日はこの国の観光スポットへと案内しますので、ゆっくりと身体を休めてくださいね」
そう言うと僕ら三人はホテルへと入っていくのだった。
――コンコンコン――
「どうぞ」
ノックの音が聞こえ、僕は入室を許可する。
「夜分遅くに失礼いたします。エリクさん、今ちょっと時間よろしいですか?」
「かまいませんよ、セレーヌさん」
入ってきたのはセレーヌさんだった。動きやすそうな白のワンピース姿をしている。
彼女は中へと入ってくると、僕の正面のソファーへと座った。
「どうしたんですか?」
もしかするとアカデミーの状況を話したかったのではないかと思ったが、彼女は真剣な顔をしており、そういった軽い話をしに来たわけではなさそうだ。
「エリクさんはアスタナ島、そして山脈にあるアルカナダンジョンを攻略した」
「ええ、まあそうですね……」
既に知っていることなので頷く必要はないのだが、セレーヌさんの表情にただならぬものを感じた。
「私の祖先はアルカナダンジョンの攻略者です」
彼女は胸に手を当てるとそう言った。
「ええ、知ってます。ハワードさんの店にもアルカナコア飾ってますからね」
彼女の父が経営するダンジョンコアの店には今も過去に攻略者たちが手に入れたアルカナコアが置いてある。
「我が家には先祖代々伝わるアルカナダンジョンに関する話があります。それはのちに現れるであろう攻略者に伝えるように言われました」
以前、彼女から聞かされた話だ。
「今からその話をエリクさんにしようと思いますが、聞くつもりはありますか?」
静寂が支配するホテルの一室でセレーヌさんが僕をじっと見つめている。僕は初めてみるセレーヌさんの表情にドキリとしながら選択をするのだった。
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