第255話キリマン聖国①

          ★


 そわそわしながら腕時計を見る。


 現在の時刻は待ち合わせより三十分ほどはやく、私は周囲に視線を向けながら相手が来るのを待っていた。


 ここはモカの王都の駅前ということで、朝早くだというのに大勢の人々が行き交っている。


 離れた場所の柱の陰には、何かあった時に私を守るため警護の人間が潜伏している。父と母に「旅行に行きたい」と話をしたところ、途中までの護衛としてつけられたのだ。


 時間が近付くにつれ、緊張が高まる。


 今回一緒に旅行にする相手は私の想い人でもあるエリク様なのだ。

 アカデミー試験の際に命を救われ、母の不治の病はおろか、発病する可能性を考え私のことまで治療してくれた。


 いつも優しく、柔らかい笑顔を見せてくれる彼を好きにならないわけがなく、私は日々想いを募らせていった。


 だけどアカデミーに入学して以来、彼の周りには人が集まり始めた。


 優秀な能力もさることながら、誰もを笑顔にしてしまう立ち振る舞い。そのお蔭でライバルがたくさんいる。


 アナスタシア王国のマリナ様、シルバーロード王国のルナ様。この二人はエリク様と並び立つアルカナダンジョンの攻略者でもあり要注意人物だ。


 他には最近知り合ったブルマン帝国皇帝の娘、ミーニャ様を筆頭にアカデミー内外問わず上げればきりがない。


 そんな強力なライバルたちを出し抜いてエリク様と旅行をしようというのだから、叶うと思う方がどうかしている。


 今名前を挙げが方々は、エリク様のことを常に気にかけているので、恐らく何名かはこの待ち合わせ場所に来てしまうのではないかと諦めている。


 私が期待半分諦め半分で待っていると待ち合わせ時間が迫ってきた。


 視界の端にエリク様が映る。それだけで私は心臓が激しく脈打ってしまった。


「お待たせ、アンジェリカ。もしかして結構早くから待ってた?」


「いえ、魔道列車の時間は決まっているので、私も今きたところですよ」


 柔和な笑顔につられて私も笑みを浮かべ、エリク様に応える。


 私はすぐさま周囲をきょろきょろと見渡す。


「ん、どうかした?」


「い、いえ。他の方の姿が見えないなと思いまして……」


 絶対に出し抜けないと思っていたのにその存在がどこにもいない。予定外の事態にある種の不安がよぎった。


「変なこというね。アンジェリカが二人の方が良いって言ったのに?」


 私の言葉を受けてエリク様が面白そうに笑う。


「い、いえ……でも、どうやったんですか?」


 エリク様を疑うわけではありませんが、ついつい聞いてしまった。


「それは秘密だけど、まず間違いなく誰も来ないから安心してくれていいよ」


 お菓子に悪戯を仕込んだ時と同じ顔をしている。きっと私では想像もつかない足止めを実行しているに違いない。


 エリク様は自分を常識的と思っているようだが、私を含め全員があきれながらそれを否定している。


 だけど、彼がそう言うならば間違いないのだろう。私は徐々に喜びが溢れてきた。


「そうだ、アンジェリカ。はい」


 手が差し伸べられたので、私は良いのかと思いつつ右手を差し出す。


 エリク様の手に触れてドキドキしていると、


「じゃなくて荷物だよ。泊まるのに必要な荷物は僕の【アイテムボックス】に入れておくから」


「ああ、そう言うことでしたか……」


 勘違いしてしまったことが恥ずかしくなる。私はポーチを除く大荷物をエリク様へと渡すと。


「それでは、申し訳ありませんがよろしくお願い致します」


「うん、アレスさんとエクレアさんからも頼まれてるからね。アンジェリカ、せっかくの旅行だから目一杯楽しもうね」


「はい、エリク様」


 その瞬間、私は並みいるライバルを出し抜いて自分が恋のレースで大幅逃げ切りの態勢を作ったのだと確信するのだった。





「えっと、エリク様……?」


 キリマン聖国の駅に到着した。


「ん、どうしたの? アンジェリカ」


 魔道列車の中で、二人で景色を楽しみ、最近お城で流行っている話題で盛り上がったりと良い雰囲気を維持することに成功した私だったが、これだけははっきりさせないといけない。


「お久しぶりです、アンジェリカ王女、それにエリクさんも」


「なぜ、セレーヌ様が駅にいらっしゃるのでしょうか?」


 聖女と呼ばれているだけあって、そこらには警護の神官が潜んでいる。


 私の問いに、エリク様は出発の時と同じ笑顔を見せると……。


「ちょうどセレーヌさんも休みが取れたみたいでさ、こっちに住んでいて地理にも明るいから案内してもらう約束をしていたんだよ」


「お任せください、エリクさんの頼みなら、普通の人が入れないような観光スポットもご案内できますから」


「そ、そうですか……お気遣いに感謝いたします」


 ライバルを出し抜いたはずが、聖女という強力な相手と一騎打ちになってしまった事実に、私は心の中で涙を流すのでした。


         ★




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