第241話ミーニャの事情

 目の前ではミーニャさんが泣き崩れて「殺してくれ」と懇願している。


 地面には短剣が転がっているのだが、光沢が鈍いので恐らく毒が塗られているのだろう。


 僕はダンジョンコアの恩恵で毒無効を持っているので問題ないのだが、様子を見る限り彼女は僕を暗殺しに来たのだろうか。


「どうして何も言ってくださらないのですか?」


 ミーニャは顔を上げると悲しそうに僕に訴えかけてくる。


 ただ状況を把握していただけなのだが、彼女には沈黙が耐えられなかったようだ。


「どうして僕がミーニャさんを殺さなきゃいけないの?」


「だって! 私はあなたを殺そうとしたんですよ!」


 やはりそうだったのか。予想はしていたが面と向かって言われるとショックだ。


「もし本当に殺すつもりなら寝ている間に刺すこともできたはずでしょ?」


 彼女が本当に僕を殺しにきたのなら刺しているはずなのだ。なのに僕には傷一つついていない。


 僕は毒が塗られた短剣を拾うとそれをゴッド・ワールドに収納してしまう。


「な、何を……?」


 突然消えた短剣に彼女は僕を恐れるような目で見る。


「これで僕を殺そうとした凶器も存在しなくなったね」


 来賓である僕に剣を向けるというのは非常にまずいことになる。それこそ、公になろうものなら周囲から注目されミーニャさんは処刑されてしまう。


「うう……ぐずっ……どうして?」


 僕に罰を与えられず途方に暮れた彼女はただひたすら「どうして」と繰り返す。


 ここは帝国の敷地内だ。もし彼女を殺したら帝国は喜んで僕に罪を擦り付けてくるだろう。アルカナダンジョン攻略のリーダーが誰であるかは宰相さんは知っているのだから。


 そうなれば国と国の対立になるので、事後処理が非常にややこしくなる。


 僕はまず彼女を落ち着かせるべきと考えると頭を撫でる。

 とりあえず最悪の事態は回避してあるので問題ない。政治的な話はひとまず置いておいて今は彼女を落ち着かせるべき。


「僕で良かったら力になるからさ。まずは事情を話して欲しいんだ」


 僕は彼女に敵意がないことを示すために笑って見せる。するとミーニャさんはこれまで以上に大粒の涙を顔に浮かべると。


「うわあああああーーん」


 僕の胸に飛び込んでくるのだった。






「なるほど、それで僕を殺さなければならなかったんだね?」


「……はい。申し訳ありません」


 あれから彼女が泣き止むのをまって僕は事情を聞いた。


 なんでも、宰相さんから「あいつに抱かれてこい。それが嫌なら殺せ」と命じられてきたらしい。


 目の前ではミーニャさんが俯いている。

 余程僕に抱かれるのが嫌だったのか、殺そうとして罪悪感に押しつぶされそうになっている。


 偽物の僕のお蔭である程度の好意があるんじゃないかと自惚れていた過去の自分が恥ずかしくなる。


「今なら私一人の命でどうにかなります。罪人として突き出してください」


 彼女は皇帝である父を人質に取られて脅されているのだ。肉親を大事に思う気持ちは僕にも理解できるし、そんな優しい彼女を裁くつもりはない。


「いや、そんなことはしない。今回のことは宰相さんに抗議するつもりだよ」


 僕は珍しく怒りが湧き出した。


「で、でもっ! そんなことをしたらっ!」


 彼女が不安そうな顔で僕を見上げてくる。事件が明るみに出た場合、彼女の父が危険になる。不治の病らしいのだが、現在イブに居所を探させている最中だ。


 だが、帝城には大人数が滞在しているので、目視による捜索ではなかなか発見できていない。

 何とか発見できればその不安も取り除かれるのだが、やはりここは時間を稼ぐしかないだろう。


「安心してよ。悪いようにはしないからさ」


 僕はミーニャさんの頭を撫でると考えを実行するのだった。



          ★


「くっくっく。ミーニャめ上手くやっているようだな」


 アルガスは自室でワインを呑みながら報告書を読んでいた。


 兵士からエリクとミーニャが恋人のように仲良く歩いていたと報告が上がっている。

 暗殺をするにしろ篭絡するにしろ距離を詰める必要がある。


 渋っていたので不安だったが、どうやら自分の思い通りに動いているようだ。


 まずはアルカナダンジョンコアを手中に入れる。帝国の金庫に厳重に保管されているアルカナダンジョン攻略における戦利品。


 その一つ一つが素晴らしく、独占できれば軍事力や財政力、魔導力で他国を突き放すことができるだろう。


 アルガスは金庫でその一つ一つを十分に嘗め回すように見ていた。

 取り分を主張する際に今後の帝国で役立つアイテムを優先して確保するためだ。


「本来ならいくつかくすねることが出来たはずなのに、あの小娘め……」


 目録がなければ数点の紛失は気付かれないはずだった。財宝を預かった際に自分たちで目録を作ってしまえば良い。その程度の不正なら管理費扱いにするのが不文律だからだ。


「帝国の金庫に入っている以上、紛失はあり得ぬからな」


 魔法を無効化する魔法陣にそのほか幾重にもなる厳重な警備が張り巡らされている。帝国始まって以来、装飾一つ・金粒一かけらたりとも盗まれたことがないのだ。


 アルガスがワインを空けるとドアがノックされた。もしかするとエリクが始末されたという幸先の良い報告かもしれない。


「あ、アルガス様っ!」


 アルガスの腹心の兵士が慌てて入ってくる。


「どうした騒々しいぞ」


 せっかく酒を呑んで良い気分でいたところ興が冷める。アルガスは腹心の兵士を叱責する。


「も、申し訳ありません」


「まあ良い。それでいったい何事なのだ?」


 グラスにワインを注ぎまわしてみる。赤い液体が揺れ動きその匂いをアルガスが楽しんでいると……。


「帝国の金庫が破られましたっ! アルカナダンジョン攻略の財宝及び、帝国の財産が根こそぎ盗まれております!」


「なん……だ……と?」


 手からグラスが落ち絨毯を赤い液体が濡らす。


 アルガスはそんなことを気にする余裕もなく青ざめた顔をするのだった。


         ★

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