第239話アニマルセラピー

『ブルルッ! ブルルッ!』


「ははは、くすぐったいって」


 嬉しそうに擦り寄ってくるメアの頭を僕は優しく撫でてやる。ここは帝国内にある自然公園で、舗装された道や整備された草花が生い茂っている。


『ブルルルルルルルルッ』


 メアは気持ちよさそうな鳴き声をだすと、差し出した僕の手に顔を擦り寄せて甘えてくる。


「ほ、本当に良く懐いているんですね」


 後ろからミーニャさんが話し掛けてくる。

 彼女は僕の背中から覗き込むと表情をこわばらせてメアをみていた。


「メアは平原で他のモンスターに虐められているのを僕が保護したんだよ。それ以来懐いてくれているんだ」


 思い出すと懐かしい。あの頃はレッサードラゴンに殺されそうになっていたメアも今では普通のドラゴンぐらいなら相手にできるほどに成長している。


 僕一人乗るのが精一杯だった身体も大きくなり、現在は僕とミーニャさんを背中に乗せても問題ない大きさだ。


「で、でも……これナイトメアですよっ!」


「そうだけど、どうかした?」


 常識外の者を見る目でミーニャさんは僕を見つめる。


「だって、一流のテイマーでも手懐けた話はほとんどないのに……。ましてやこうして大人しく撫でられてるなんて……」


 タックも確か同じようなことを呟いていた。ナイトメアは魔力の濃い土地に生息しているらしく、タックの故郷にはそれなりの数がいるらしい。

 だが、実際に懐いてくれているのだからそれが真実だ。


 僕はメアのつぶらな瞳を見ると。


「本当に大人しいからさ。ミーニャさんも撫でてあげてよ」


『ブルルルルルッ』


「っ!?」


 僕の言葉を聞いたメアは回り込むとミーニャさんの顔を見る。そして頭を下げて見せた。


「か、噛みつかないでくださいよ?」


 ミーニャさんは恐る恐る手を伸ばすとメアの顔に触れた。


「あ、暖かいです。それに毛が思ってたより硬くないですね」


「ああ、戦闘時には魔力を放出することで毛の硬度を上げるんだよ。メアもミーニャさんが危害を加えないと信じてるからこそこうして撫でさせてるんだよ」


「ふふふ、最初は心配していましたけど。こうしてみるととっても可愛いですね」


 先程までの警戒を解いたミーニャさんは微笑みを浮かべるとメアの頭やアゴを撫でている。

 愛らしいメアと愛らしいメイドさんが仲良くしている姿はとても絵になったので、僕はこっそりとこの光景を記録しておく。


「きゃっ!」


「どうしたの?」


 しばらく和んでいると、ミーニャさんの悲鳴が聞こえた。


「えっと、この仔がスカートに顔を突っ込んできて」


「こらメアっ! ミーニャさんに迷惑かけるんじゃない」


 よく見るとミーニャさんはメイド服を両手で押さえており、メアが顔をこすりつけていた。


『ブルルルゥ』


 メアから悲しそうな鳴き声がする。


「もしかして、膝に横たわりたいの?」


『ブルッ! ブルルッ!』


 ミーニャさんの言葉にメアは首を縦に振った。


「もう、仕方ないなぁ」


 ミーニャさんは嬉しそうにその場に座る。下は芝生なのだが、ミーニャさんが正座するとメイド服のスカートが広がった。



『ブル……ルルゥ』


 メアはミーニャさんの太ももに顔を預けると気持ちよさそうに目を閉じた。


「ふふふ、可愛いですね。Aランクモンスターのナイトメアとは思えないぐらい」


 慈愛に満ちた表情を浮かべて撫で続ける。そんなミーニャさんを見た僕は内心で胸を撫でおろした。


 あれから、暇つぶしにダンジョンに行く話を引っ込めた僕は代わりの案が浮かばなかった。

 その時にイブから『花とか動物を愛でればいいんじゃないですか?』とアドバイスをされたのだ。


 そこで僕はミーニャさんを連れて帝国の公園に赴き綺麗な花に囲まれた場所にやってきた。

 カイザーやキャロルを出そうかとも思ったのだが、あの二匹は幻獣と呼ばれるぐらい珍しいので流石に見せる訳にはいかない。

 結果としてメアを出してみたのだが、ミーニャさんの表情を見る限りそれが正解だったようだ。


「メアが迷惑かけてごめんね」


 ミーニャさんの膝が余程寝心地が良いのか、メアは安心しきった顔をすると完全に眠りに落ちていた。


「いいんです。こうしていると嫌なことを忘れられますから」


 僕から視線を外し遠くを見る。どうやら悩みを思い出してしまったようだ。


「じゃあ、僕も隣に失礼するね」


「あ、はい」


 悩み事については大体の目星がついている。時間が解決してくれるので今僕から何かをいうのは止めておくことにした。


 僕は読みかけの本を開くとしばらく文字を追いかけていたのだが、ここ数日寝不足気味だったせいか徐々に意識が遠のいていく。


「エリク様?」


 ミーニャの言葉が聞こえる。だが、眠気に抗うことができず僕は返事をすることなく意識を手放してしまうのだった。

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