第238話エリクの気分転換

『マスター、もうすぐミーニャさんが来るようですよ』


「了解」


 イブからの報告に僕は首を傾げた。

 現在、僕らはアルカナダンジョン攻略後の休暇を取っていた。


 それというのも、アルカナダンジョン攻略の告知を大々的に行うことで、各国にその偉業を称えさせるためらしい。


 実際には、アルカナダンジョンのラスボスであるデーモンロードはそれほど強くなかったので、僕が一撃で沈めている。恐らく全てのアルカナダンジョンでこのダンジョンは最弱だったのではなかろうか?


 敵対勢力の中で一番強い相手を自分の元に引き寄せるなんて愚策、相手の強さをきちんと測れるならやらないほうが良い。


 井の中の蛙というか……。あんなダンジョンにずっと引き籠っていたからだろう。外の世界が日々進歩していることにも気づけなかったのだ。


 とにかく攻略そのものはあっさりと終わったのでどうでもいいのだが、去年の【ⅩⅦ】の刻印を持つ【スター】以来のアルカナダンジョン攻略だ。


 前回の攻略者は正体不明で行方をくらませたということもあり、今回初めて祭り上げる対象が現れたのだ。タックやマリナにルナなどは既に情報を聞きつけた王侯貴族などに誘われてお茶会やパーティーに参加している。


 一方僕の方にはそういった誘いは特になかった。

 アルカナダンジョン攻略の詳細については僕らが話をしていないので伝わっていない。なので、各国のお偉いさんたちはタックたちこそがアルカナダンジョン攻略の立役者と判断したのだろう。



 ――コンコンコン――


「どうぞ」


 僕は退屈を紛らわせるつもりで読んでいた本を閉じるとミーニャさんを招きいれるのだった。






 カチャカチャと食器が音を立て、部屋には何とも言えない紅茶の匂いが漂ってくる。

 目の前ではメイド服に身を包みお茶を淹れているミーニャさんの姿があった。

 その表情は憂いを帯びていて、不安定な様子にもかかわらずどこか目を惹かれてしまう。


 イブをゴッド・ワールドに戻らせて周囲の動向を見張らせているので、イブならミーニャさんに何があったかわかっているはずなのだが、言ってこないということは僕が独自に解決しなければならないらしい。


 最近。イブは「マスターもそろそろ乙女心の勉強が必要なようです。なので周辺の女性にはもっと気を配ってください」とか言っていたしな。


「そういえば僕の偽物が迷惑かけたみたいだね。変なことされなかった?」


「っ!?」


 紅茶を蒸らしている状況で間がもたなかった為、アルカナダンジョン内での様子を聞いてみる。

 僕が転移させられたラスボス部屋はいわゆる他の転移系・通信系などのスキルを封じる隔離された空間だったらしく、コールリングによる通信ができなかった。


 あとはイブ側からゴッド・ワールドの入り口も開くことができず、温泉に入れなかったらしい。

 それでも、イブはタックと一緒に行動し、マリナはルナとコンビを組んでダンジョンを踏破してきたのだが、僕の偽物は寄りにもよってミーニャさんと行動をともにしていたらしい。


「えっと……。その、とても紳士に接していただき守ってもらえましたよ」


 顔が赤くなり視線が虚ろに彷徨う。

 どうやら僕の偽物は同行者をたらしこむ為に甘言をことあるごとに吹き込んだらしい。

 そのせいでミーニャさんは僕に対し接し方を決めかねているようだ。


「こ、紅茶をどうぞ」


 知り合った時の鉄仮面は姿を見せず、そこにはとても可愛らしい魅力的なメイドさんが存在する。

 どうやら認めたくはないが、僕の偽物は女性をたらしこむという一点においては僕よりも秀でているようだ。


「ありがとう」


 僕はカップを手にとると紅茶の香りを楽しむ。

 イブもお茶を淹れるのが得意なのだが、それに負けずとも劣らぬ腕前だ。


「うん、美味しいよ」


「あ、ありがとうございます」


 不安そうに見つめていたミーニャさんに僕は笑顔で返した。


 それっきり会話がなくなってしまう。元々彼女は口数が少ないタイプで、以前も質問をしては無表情で一言で返すような感じだった。あの時は特に居心地の悪さを感じなかったのだが、こうまであからさまな感情を向けられると気まずい。


 ましてや彼女が抱いている気持ちは偽物の僕に対するものであって僕自身に向けられるものではない。相手がそこらにいない美少女であったとしても手を出してはいけないのだ。


(イブ。何か気を紛らわせる方法はない?)


 こんな時どんな態度をとればよいのかわからず、僕はイブに問いかけると……。


『それこそ自分で考えて下さい。マスターの身近な女性は何をしたら喜んでくれましたか? それを当てはめてミーニャさんを誘えば宜しいのですよ』


 イブからのありがたい言葉が降ってきた。僕はその言葉を聞いてミーニャさんを見る。彼女は僕と同じ探索者だ。剣の腕も中々だし、ダンジョン探索の身のこなしも申し分がない。日頃からダンジョンに籠っていたのだろう、恐らくダンジョン探索が好きに違いない。


「ミーニャさん」


「ひゃ、ひゃいっ!」


 丁度カップを口元に寄せていた彼女に話しかけると驚いた様子で答えた。

 そんな彼女に僕は言う。


「退屈してるんだけど、良かったら近くのダンジョンでも攻略しにいかない?」


「……えっ? え?」


 何を言われたのかわからず目を丸くするミーニャさん。僕は気晴らしにダンジョン攻略でもと考えたのだが……。


『マスターは乙女心の勉強を補習してもらいます!』


 イブの冷たい言葉が頭に響くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る