第231話アルカナダンジョン【悪魔】⑩

「ははは、僕が裏切者だって? 笑えない冗談だな」


 イブから指を突き付けられたエリクは乾いた笑みを浮かべる。


「どうしたんだよイブ。もしかして僕がミーニャにばかり構っていたから嫉妬したのか?」


 エリクはイブに詰め寄ると……。


「彼女の境遇は聞いただろ? 僕が彼女に優しくしたのは彼女が悲しい顔をしていたからなんだ。決してイブを蔑ろにするつもりはなかったんだよ」


 エリクは宥めるような声を出すとイブの頬へと手を伸ばす。


「イブに触らないでくださいっ!」


 だが、氷のような冷たい言葉をイブは放った。


「確かに、裏切者という言葉は間違っていますね。そもそもアルカナダンジョンの警告がどこまで信じられるかイブにもわかりません」


「だろ、だったらここは皆を信じてともに攻略を――」


「ですが、あなたがどうしようもないぐらいに偽物なのはイブにはわかります」


 イブの断言にエリクが言いかけていた言葉を飲み込む。そして今まで皆が見たことがないほどの冷たい瞳をすると……。


「へぇ。イブはマスターである僕の言うことが聞けないの?」


 その言葉にイブはギクリと身体を強張らせた。目の前にいる人物は姿形はエリクそのもの。そんなエリクからこれまで向けられたことのない視線を向けられ、本人が思っている以上に動揺してしまった。


「ま、マスター……」


 エリクに嫌われるのだけは死んでもいやだ。イブは確信が揺らいでいる。数日会えなかったせいで心が弱っていた。


「良い子だイブ。さあ、僕のところにおいで」


 催眠術にでもかかったようにフラフラとエリクに近寄ると……。


「だめ、イブ」


 そんなイブをルナが引き止めた。


「どうしたんだルナ。なぜイブを引き止めた?」


 エリクはターゲットをルナへと移した。


「君は僕のこと最も尊敬しているはずだろ? 君がそこまで強くなれたのは誰のお蔭? こうしてアルカナダンジョンを無事に進んでこれたのは誰が鍛えたから?」


 エリクの瞳が怪しく輝く。その言葉はルナの心の奥へと浸透していき、ルナは真っすぐな瞳をエリクへと向ける。


「すべて、エリクのお蔭」


「わかってくれたか。ルナのそういう素直なところ、僕は好きだよ」


 優しい笑みを浮かべ手を伸ばす。それを見ていたマリナとタックはルナまで取り込まれるのではないかと焦りを浮かべるのだが……。


 ルナは杖を突き出しエリクの手を阻む。


「だけど、あなたはエリクじゃない。エリクはそんなこと言わない」


「僕はエリクだよ。ルナやイブが尊敬し好意を寄せている人物だ。君たちだってこういう僕を望んでいたんじゃないのか?」


「そうですよルナ様。私はエリク様に優しくしてもらったんです。こんな優しい人が偽物だなんてありえないですよ」


 ミーニャがエリクを庇う様に手を広げる。


「どうしても僕を偽物だと言いたいのなら証拠を見せてごらんよ」


 胸に手を当ててそう主張するエリクにルナは言った。


「臭いから偽物! それが証拠だよ」


「くっ……、えっ? そ、それは流石に酷くないでしょうか?」


 あまりにも突拍子のない言葉にミーニャが食って掛かった。ダンジョン内で身綺麗にする余裕がなかったことを思い出すと恥ずかしさがこみあげてきた。


「落ち着いてミーニャ」


「これが落ち着いていられますかっ! それが何の証拠になるって――」


「【クリーン】」


「ん……ぁん」


 更に言い募るミーニャにルナは魔法をかける。

 するとミーニャから湯気が立ち昇り、色っぽい声が漏れた。


「はぁ……はぁ。きゅ、急に何を……するん……ですか」


 瞳を潤ませてルナを睨みつけるミーニャなのだが。


「これはエリクが開発した【クリーン】の魔法。効果は今体験した通り、身体の汚れを落としスッキリさせてくれる」


「確かに、服の汚れまで綺麗になっています」


 ミーニャはメイド服をまさぐってみると、身体の汚れが落ちて良い匂いがすることを確認した。


「エリクが本物ならこの魔法を使えないわけがない。だから現れた時から汚い姿をしているあなたを見て偽物と判断した」


 実際にはエリクを見た瞬間にざらついた感覚をルナとイブは感じ取っていた。

 エリクに最も注意を向けている二人だからこそ感じるそれが偽物に対し拒絶反応を起こしていた。


「ふふふ、まさかそんなことで見破られるとはね」


 顔に手をあてたエリクは愉快そうに笑う。その笑顔はエリクと同じ顔でありながらこれまで見たことがない醜悪な笑みだった。


「ようやく馬脚を現しましたね偽物」


「無駄な抵抗はよすんだな」


 マリナとタックが剣を抜きエリクを牽制する。


「いいの、二人とも? これまで僕に勝てたことがないのに逆らっても」


「「うっ……」」


 エリクから漏れ出す気配。それはこれまで感じた中でもっとも巨大な……それこそアルカナダンジョンで遭遇した巨人にも引けをとらない圧力だった。


「あなたは何者です?」


 気圧される二人の代わりにイブが質問をすると。


「僕はエリク。ただし、記憶を丸ごとコピーしただけなんで性格は違うけどね」


「本物マスターはどこにいるんですかっ!」


「さあね。元々このダンジョンの試練は僕という偽物を見抜くこと。そのためには本物に出てこられては困るからね。記憶を抜き取った後は……」


 そう言うとエリクは首を掻ききる仕草をする。


「デーモンロード様の魔法で僕は作られている。だけど、僕を作った後は本物は不要だからね。きっと今頃デーモンロード様に殺されているんじゃないかな。ああ、でも寂しがる必要はないよ。僕が今すぐ皆揃って同じ場所に送ってあげるからさっ!」


「くっ、この力。もしかするとエリクよりも……」


「これが、アルカナダンジョンのボスですか」


「ラスボスがエリクとか笑えない」


 未だかつて受けたことのない強敵の圧力に三人は額に汗を浮かべるのだが……。


「すこし黙っていただけませんか?」


「なにっ?」


 イブがそう言うと、エリクと同等の圧を発し始める。


「イブが敬愛するマスターはそんなに弱くない。そんなに利己的でもなく、そんなに醜悪でもありません。これ以上は耐えられません」


 イブは腰から剣を抜くと言った。


「あなたはここで殺します」

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