第210話帝国のカフェで酔っぱらいに絡まれた
「マスターこっちに評判のお店があるんですよ」
イブに手を引かれ僕は帝国の街を歩いていた。
帝都の道は広い。
それこそ馬車が10台は並べられるこの道は真っすぐに帝国城へと伸びている。
帝国に入国してからどれだけ離れていようとも見えるそれは、国民に帝国の支配者が誰なのかハッキリさせる象徴として君臨しているのだった。
そんな整備された道の側面には多くの店がある。
しゃれた洋服や高級家具に絨毯。他には庶民には手を出しようがない魔導具やダンジョンコアの店。
一見すると煌びやかなそれらの店に入っている客は、全てが高そうな衣装に身を包む帝国貴族たち。
奴隷国家だというのに奴隷は1人たりとも見当たらなかった。
「イブ。どの店も客の数が少なくないか?」
中には他国の人間もいるのだろうが、それにしたってこれで経営が成り立つのだろうか?
「帝国は奴隷国家なのは話しましたよね?」
イブの言葉に僕は頷く。
「現在は他国の王族がこの国に国際会議の為に訪れています。なので、奴隷は他国の人間が立ち入りそうな表通りに来るのは禁止されているのだと思います」
「なるほどね……」
言うまでもないがこの時期に各国から訪れる人間がいるとしたらそれはそれぞれの国で重要な立場にある可能性が高い。
そんな相手に帝国の奴隷がそそうを働くとしたら問題になるのだろう。
「それよりもこっちです。マスターの好みはイブがきっちり把握してますからね。帝国で最高のスイーツを出す店に案内しますよ」
イブは意識を切り替えると僕の腕を引っ張り前へと進むのだった。
「ここが帝国随一のカフェなのか?」
「はい。帝国で一定以上の取引や功績なり上げた方でないと利用できないカフェなんですよ」
現在のイブは青い髪をしたソフィアの姿をしている。
「イブは帝国に買い物に来た時に大量の家具を購入した商人なのでこうして入店できたわけです」
アスタナ島でリゾートホテルを開く際、イブには様々な場所でレア鉱石を売り払ってそのお金で家具などの調達をお願いしていた。
帝国にもかなりの鉱石を売り払っているのでこうした店に入る権利を得ているのだ。
「それにしても貸し切りだな……」
元々それほどの集客をするつもりがないのか、テーブルが5つしかセットされていない。だが現在、僕とイブ意外に来客はいなかった。
「以前取引の商談で来たときは全部埋まっていたんですけど。まあいいじゃないですか、ここのスイーツはどれも美味しいのでお勧めしますよ」
意識を切り替えると僕はメニューをみる。
確かに名前からしてどれも食指が動く……。
「これをゴッド・ワールドに収納して後で全部食べたいんだけどなぁ……」
それをやるには流石にひとけがなさすぎる。
僕とイブの2人では到底食べきれる量ではないので、注文した段階で注目を浴びるだろうし、それが突如消えたら疑いの目を向けられるだろう。
「では、この1口サイズの中から選べる注文にしたらどうでしょうか?」
イブは細い指で僕が見ていたメニューの1つを示した。
「確かに……。これなら5種類まで選べるからイブと合わせると全部で10種類の味が楽しめるね」
僕の返答にイブは笑顔を見せた。
注文が決まり、僕らはケーキが運ばれるのを楽しみに待つのだった。
「いや、美味しかったな……」
流石は帝国一番のカフェだ。出てきたスイーツは食べてしまうのが勿体なくなるほど綺麗に盛り付けられていた。
「滞在中にもう一回ぐらい来ましょう。今度はルナさんたちも連れて」
イブも満足したのか、カップを持ち上げるとお茶を飲んでいる。
美味しい物を食べた後の余韻を僕らが楽しんでいると…………。
「おうっ! また来てやったぞ」
突如その雰囲気をぶち壊しにする声が店内に響き渡った。
僕とイブがそちらを見ると、入ってきたのは大柄な男とその後ろに数人が付き従っていた。
男は上からボタンを2つほど外しており、粗野な印象を受ける。
彼らは店員が案内するまでもなく勝手に入り席に乱暴に座ると……。
「おう、酒を持ってこい! 俺はこの店一番のワインを。お前らも適当に頼めや」
高級カフェが一転して居酒屋に早変わりした。
男たちは周囲の迷惑も関係なしに大声で何かを話しては笑っている。
高級酒と思われる酒も一気にあおって飲んでいるので、あれではワインを作った人たちが可哀そうだ。
そんなふうに彼らを見ていると、大男がコップを乱暴に置くとこちらを見た。
「おいおいおい! なんかえらく別嬪がいるじゃねえか」
大男の視線がイブに固定される。
舐めまわすようなその視線はイブの顔と胸を重点的に見ていてイブは不愉快そうに顔を歪めた。
「おう、そこの女。こっちにきて一緒に呑もうや。俺が奢ってやるからよぉ」
「お断りします。ソフィアは先輩と楽しんでるんだから邪魔しないでください」
その姿の時はそういう設定だったなと今更思い出す。
「なんだてめぇ? 俺はなぁ。帝国でも最強の探索者なんだぞ?」
その言葉に僕の眉がピクリと動く。そしてその腰に身に着けている剣を見ると……。
「お、お客様困りますよっ!」
慌てて店の人間が出てきた。こういった横暴な客の相手もしなければならないのは大変だ。
「どうやら楽しむ雰囲気でもなくなったみたいなので帰ります。支払いはこれで足りますか?」
彼に同情したので多めに払っておく。僕はイブを連れて出ていこうとするのだが…………。
「てめぇ。他国の人間だろ? 俺を舐めやがって。表へ出ろっ! 稽古をつけてやるよっ!」
酔っぱらいの戯言だ。無視してもいい。だが、僕は大男の言葉に口の端を緩めると…………。
「それじゃあ、1つ相手をお願いしましょうか」
イブをやらしい目でみたこいつに稽古をつけてもらうことにした。
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