第209話アルガス宰相

 ――ガタンゴトン――


 魔導車の揺れが背中に伝わってくる。僕はその揺れに身を任せながらも本を読んでいた。

 僕の隣にはイブが座っている。最近気に入っているのかメイド服を着ていて目を閉じてじっとしている。

 彼女は別に寝ているわけではなく、こうして座っている間もゴッド・ワールド内部を把握して管理しているのだ。


 馬車が揺れるたびにイブの暖かさと柔らかさが半身に伝わってくる。イブが揺れることで身体が密着してくるのだ。

 デーモン戦以来イブはこうして僕に寄り添うことが多くなった。

 以前に無警戒のところに飛んできて攻撃を仕掛けられたことがある。

 なのでそういった相手から僕を守るために警戒をしているのだ。


 お蔭でやや本を読み辛かったりするのだが、それを踏まえた上でも特に不満は無いので、僕はイブのやりたいままにさせておいた。


「マスター、お飲み物はいかがでしょうか?」


「ああ、貰おうかな」


 目をパチリと開けるとイブは僕に奉仕をしてくれる。ゴッド・ワールド内で淹れたお茶のカップを渡してくると。


「まだ帝国につかないのですね?」


 そう問いかけてきた。


「うん、まだまだかかるみたいだよ」


 何故僕らがこうして魔導車に揺られているのかというと、ブルマン帝国へと入国する為だ。


「どうせならルナさんたちも一緒が良かったです」


「無理を言うな。皆はそれぞれの国の王族だからな。ここでモカ王国に同行したら妙な勘繰りを受けることになる」


 今回の目的は最近見つかったアルカナダンジョンの攻略と、国際会議にある。

 数年に1度周辺各国の人間が集まり会議をしている。今回の主催は帝国になるので、関係者は自国から魔導車にのり参加することに。


 タックにマリナ。それにルナも一度自国へと戻って改めて向かってくるはずなのだ。


「まあ、最近マスターと2人きりがなかったので、これはこれで楽しいですよ」


 僕らはモカ王国側からのアルカナダンジョン攻略パーティーとしての参加になる。実は他にもメンバーはいるのだが、その人達と僕らは離れた魔導車に乗せられている。


 その理由というのは「絶対争うから」とのこと。

 冒険者ギルドでも最高戦力のSランクのメンバーを同行させているらしいのだが、もし僕と遭遇すると絶対に絡んでくるらしい。


 僕はその程度は涼しく受け流すつもりなのだが、イブが黙っているとは思えない。なのでこのような措置をとってもらっていた。


「とりあえずアレスさんやアンジェリカにロベルトは国際会議で先に入国してるみたいだからね。僕らはそれが終わってからが本番だから観光でもしながらのんびりしようか」


「はい。マスター。楽しみですね」


 僕の提案にイブは嬉しそうな笑みを浮かべると身体を寄せてくるのだった。




          ★


「奴隷の待遇改善を約束してもらえれば我が国と連名国はブルマン帝国に対し支援を行う用意があるのだが?」


 ラウンドテーブルに各国の王が座り、その背後の壁には手練れの人間が直立している。


「まことにありがたい言葉ですな。だが、皇帝陛下はその提案を拒否しております」


 帝国側の代表であるアルガス宰相は余裕を伺える笑みをその場の全員に返した。


「先刻、我々の連名で報告をあげたかと思う。此度のデーモンによるスタンピードにはブルマン帝国の奴隷制度が影響していたと書かれていたと思ったのだが?」


 アーサー王の言葉でざわめきが広がる。

 今回のデーモンによる事件には被害が出ている。

 キリマン聖国はスタンピードを抑えるために聖騎士団を動員したし、その南西にあるバリー王国もいくつかの村が被害にあったのだ。


「報告は目にしましたが、デーモンの発生原因については根拠がありませんな。もし本当にアークデーモンがそう言ったというのならここに連れてきていただかなければ」


「私達各国の王がその場で話を聞いたのよ。それで十分だとは思わないのかしら?」


 アルテミス女王は怒りを抑えながらもアルガスに言う。


「各国の王の前にアークデーモンが現れ自分たちの発生原因をわざわざ教えたと? いえ、勿論疑うわけではありません。ですが、そのような偶然があるとするとアークデーモンが虚言を弄し諸国を謀ったという可能性もありますな?」


 アルガスはがんとして認めることなく切り返す。無理もない。これらの情報は各国に対し都合が良い反面、帝国にとっては認めることができない話だからだ。


 今のアルガスの言いようをみて周辺国にもざわめきが広がる。中立国から見ると、モカ王国を中心にブルマン帝国を陥れようとしているようにも見えるからだ。


「じゃあよぉ。あのクレーターについてはどう説明をつけるんだ? デーモンは存在したし、それを消し飛ばした隕石も間違いなく確認した。そしてそこに現れたアルカナダンジョン。すべてを偶然で片付けるのは乱暴じゃねえか?」


 バチルスはこれ以上茶番に付き合ってられるかとばかりに言い捨てた。


「もちろん全て偶然で片付けるわけではありませんよ。ただ、現状では確証にたる情報がないと申し上げているのです」


 ドラゴンを震え上がらせるほどの睨みを効かせたバチルスにアルガスは正面から返事をした。この場でどうにもできないことを理解したうえでの行動だ。


「いずれにせよ、これ以上の話し合いは無駄でしょう。時が来れば誰が正しかったのかはっきりするはずですからね」


「その時というのはいつのことを指しているのかな?」


 アレス王の問いにアルガスは野心をはらんだ笑みを浮かべると……。


「わがブルマン帝国がアルカナダンジョンを攻略した時ですな」


 その場を見渡すと宣言した。


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