第208話一番強いのはやはり〇〇だと思う!

「じゃあ、勝負の方法は私が決めます」


 翌日になり、僕らはゴッド・ワールド内のダンジョンの前にいた。

 珍しく仕切りをしているのはルナだ。


「そりゃ俺達は構わねえけどよ、エリクとイブの諍いなんだろ?」


「あの2人が決めた方が良いのでは?」


 全くだとばかりに僕とイブも頷くのだが……。


「駄目。今回2人とも当事者だから自分たちに有利な勝負方法を決めるに決まってるし」


 ルナの疑わし気な視線が僕とイブを直撃する。


「そんなことはないぞ。なあイブ?」


「勿論です。イブは自分の成果を信じていますから。タックさんに不利なルールを押し付けることはあっても逆はないですよ」


 僕らは心外とばかりに抗議する。


「どちらにせよ中立な立場の人間が決めた方があとから揉めないでしょ?」


 そう言われてみればそうだ。どちらが勝つにせよ自分たちに有利なルールだったと逃げられてはたまらない。


「僕に依存はないよ」


「イブもそれで結構です」


 僕らの了承を得られたことでルナは頷く。


「ではルールを説明する。これから私たち3人で昨日のダンジョンに潜ることにする」


「それじゃあ昨日と同じなんじゃねえのか?」


「ルナ。どういうことですか?」


 マリナとタックが疑問を浮かべる。それも当然だ。

 昨日はそれぞれの動きが悪かったせいで途中で全滅してしまったのだ。なんの特訓もしないままに挑んでも二の舞になるに決まっている。


 だが、ルナは首を横に振ると「大丈夫」と呟いた。


「ルールは2つある。1つは不正が発覚した時点で不正を行った方の負け」


「……なるほどね?」


「……そういうことですか?」


 ルナの説明に僕とイブは頷く。それぞれがルナの言葉の裏を読んでいるのだが、ルナが残念な生き物を見るように僕らを見ていた。


「そこの2人に念のために言っておく。発覚した方が負けというのはイコールで発覚しなければよいということではないからね?」


「「えっ?」」


 普通にやれば攻略不可能。そして不正が発覚すれば負け。つまり裏をとればばれない範囲で支援しろということかと思ったのだが……。


「もちろん。僕は最初から不正なんて考えてなかったし」


「イブもですよ。これっぽっちも考えてませんでした」


 表情に出すことなく僕らは否定して見せる。ルナはそんな僕らを疑わしそうに見ていたのだが……。


「それでルナ。もう1つのルールはなんなんですか?」


 マリナの問いかけにルナは僕らを見渡すと言った。


「ダンジョン内でマリナが先に倒れたらマリナの勝ち。逆にタックが先に倒れたらタックの勝ち。これでどう?」


「それって逆なのでは?」


 イブが首を傾げた。どちらが強いかを決めるための勝負なのだ。倒された方が勝ちというのはいまいちピンとこないのだが……。


「大丈夫。終わるころにはすべてわかるから」


 ルナからのその言葉を僕ら4人は信じると勝負が開始された。





「くそっ! 硬えな……」


 タックの剣がカオスブラッドエレメントの肌にはじかれる。

 このモンスターは液体でできているのだが、硬化のスキルを使うことができるため物理攻撃に強い耐性があるのだ。


「本当にっ! 斬った感触がしないのでやり辛くて仕方ありません」


 一方マリナもデットリーポイズンエレメントを相手に苦戦している。こちらは毒の集合体で核がどこにあるかわからないので見極めができなければ倒すことができない。


「これじゃあ昨日と全く同じですね」


 観戦しているイブが声を掛けてくる。どうやら彼女も僕と同じ意見のようだ。


「ったくっ! ふざけんじゃねえっ! とっととそこをどきやがれっ!」


 タックがしびれを切らしてカオスブラッドエレメントに突撃するのだが……。


「ぐあっ!」


 その硬質の身体に体当たりをされて弾き飛ばされた。

 カオスブラッドエレメントが迫り腕に質量を移動させて剛腕を振るおうとする。それを見て……。


「ここまでか……。勝負はイブの勝ちか?」


 あれに耐えられるだけの防御力をタックはもっていない。先日と変わらない結末を僕が予想すると……。


「させませんっ!」


 そこにマリナが強引に割り込んできた。


「なっ! おまえっ!」


 タックが驚き声を上げる。今の一撃で勝負が着くはずだったのに余程予想外だったらしい。


 だが、マリナがカオスブラッドエレメントに向き合うということはデッドリーポイズンエレメントがフリーになる。


「マリナ危ないっ!」


 今度はマリナの側面に毒が伸びてくる。前回は徐々に毒を蓄積していったマリナの動きが鈍り倒されてしまったのだが……。


「アルウインド!」


 タックが風の魔法を引き起こして押し戻した。


「ナイスですタックさん!」


 イブは拳を握り締めるとタックを褒めた。今のでマリナが戦闘不能になったらこちらの勝ちだったからだ。


「タックはそのままデッドリーポイズンとマリナはカオスブラッドと戦って。全力で支援するから!」


 そのタイミングでルナが本気を出す。


「おおっ! 絶対にマリナは倒させねえ!」


「こっちだって、タックに負けることだけは認めたくありませんから!」


 お互いを守れずに敗北を突き付けられるのが我慢ならないらしい。タックもマリナもこれまで以上の動きで戦いを繰り広げ始めた。



「はぁはぁ……あと少し」


「よ……ようやくここまで来ましたね」


 時にはお互いの相手を入れ替えて、タックとマリナは連携を駆使してモンスター達を翻弄してきた。その意思の疎通は相手がどう動くかわかっていなければ到底できるものではなく……。


「そうか、これがルナの狙いということか」


 恐らく彼女は今回の賭けを利用して……。


「マスター! モンスターに変化が!?」


 目の前でカオスブラッドエレメントとデッドリーポイズンエレメントが集まる。そして……。


「おいおい、嘘だろ?」


「こんなの聞いてませんよっ!?」


 2匹のモンスターは融合した。


「デッドリーカオスエレメント? これは流石に想定していなかった」


 自作のダンジョンだから野良のモンスターよりも強化していた影響だろうか?

 ここにきてモンスターたちが進化したようだ。


「あれは流石に無理じゃないか?」


 もともとSランク相当の強さを与えていた。それが合体したとなると荷が重いに違いない。だが……。


「俺を舐めるなよっ!」


「私たちは絶対に負けませんからっ!」


「マスター」


 気が付けばイブが僕の肩に手を置いていた。そして飛び込もうとした僕に首を横に振って見せる。


 その仕草で全て伝わってきた。僕は乱入するのをやめると彼らの死闘を見守るのだった。





「よしっ! た、倒したぞ……」


「もう腕が上がりません……」


 死力を尽くした結果、彼らはどうにかモンスターを倒してのけた。

 最後の粘りやお互いを助け合う姿は感動的で僕もイブもその健闘に涙をこぼさずにはいられなかった。


「はい。ダンジョンコア回収っと。これでクリアだね?」


 それなりにボロボロになってはいたが余力があるルナがコアを外すとクリア条件が満たされた。


 僕とイブは皆の前に現れると……。


「皆お疲れ様。最後はひやっとしたけど頑張ったね」


「イブも感動しました。特訓の時の何倍も素晴らしい動きでしたよ」


 今はただ弟子たちの成長が嬉しかった。僕らは笑顔で彼らに近づくと。


「エリク。イブ」


 ルナが寄ってきた。その目は「どうだった?」と物語っている。


「ルナの言う通りだな。勝利条件を自分の敗北にしてお互いの動きをより意識させる。僕たちじゃ思いつかないよあれは」


「そうですね。どうやらイブもマスターも意固地になっていたようです。今は3人の健闘を称える時です」


 勝負の勝ち負けなんてどちらでもよかったのだ。3人はそれぞれの持ち味を発揮してこうしてこの場に立っているのだから。


「そうなると勝負はどうなるんだ?」


「どちらも倒されることなくこうしてますよね?」


 タックとマリナの疑問に。


「今回は引き分けということにしよう。ここで勝敗をつけるのは野暮だよ」


「そうですね。いうなれば2人の勝利といったところでしょうか」


 僕とイブが満足げに頷く。あとは屋敷にでも戻って彼らを労おう。そう考えていると……。


「ちょっと待って?」


「どうしたルナ?」


「何か不満があるのですか。ルナさん?」


 僕たちが上機嫌で聞き返すとルナは頷いた。


「エリクとイブは言ったはず。『もし2人が負けるようなら恥ずかしい恰好で奉仕をする』と」


「「へっ?」」


「見ての通り、タックもマリナも負けていない。つまりこの勝負の賭けは私たち3人の勝利。エリクは執事姿で、イブはバニー姿で私たちに奉仕してもらうから」



 最後の最後でルナはとてつもない仕掛けを残していた。


 結局、僕とイブは賭けに負けた代償として1日、3人の奉仕をすることになるのだった。

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