第195話未曽有の危機
その場を冷めた空気が支配する。
僕がアークデーモンに死刑を宣告して少しすると……。
「くっくっく。まさか我が力が通じぬ相手がいるとは計算外だった」
なにやらアークデーモンが余裕を取り戻した。
「小僧。貴様は確かに強い。普通貴様ほどの若さなら欲や傲慢さを持つものだ。悪魔はそこに付け込むのだがそれも出来そうにない。流石は攻略者。我の完敗だ」
「今更負けを認めたところで容赦はしないよ?」
「だが、戦略という点においては我らに勝てなかったようだぞ」
「なに?」
僕は眉をひそめるとアークデーモンの言葉を聞いた。
「ちょうどここから見えるな。あの山脈付近を見てみろ」
そういわれた僕はアークデーモンの動きに注意しながらそちらを見る。
「あれは……」
能力を拡大している僕だからこそはっきりと見えた。
「見たようだな。あれは我が眷属共の姿だ」
山脈の上空に浮かぶデーモン。その数は1000を超えている。
「既に準備はできていた。我らはあの山脈で力を蓄えていたのだ」
「ど、どういうことなんだ?」
状況を把握していないアーサーさんの質問にアークデーモンは答えた。
「まもなくあそこにいる1000を超えるデーモンの群れは各地へと移動を開始する。そうなればたった1人しかいない攻略者では進行を防ぐことはできまい」
「嘘……だろ?」
「1000を超すデーモンの進撃ですって?」
タックとマリナの驚愕の声。
「そんなことになればこれはこの国だけの問題じゃなくなる。大陸全土を巻き込んだ未曽有の危機だぞ」
バチルスさんも事態を重く受け止めたのか眉をひそめる。
「この場の我は確かに滅ぶしかなかろう。だが、貴様という情報は山脈にいる他のアークデーモンに共有された。いくら貴様が強かろうと世界中に散らばるデーモンを1人で食い止めるのは不可能だ!」
先程まで追い詰められていたとは思えないような饒舌っぷり。
デーモン軍団について話すことでこの場の恐怖を吸っているのだろう。僕以外の皆は確かに絶望を突き付けられた表情をしている。
「至急各国に連絡を取らなければ。全ての国は防衛に力を入れ人類が一丸となってデーモンに対抗するしかない」
「だが、それをするには帝国や聖国とも話をしなければ。国家間のしがらみは想像以上に複雑だぞ」
「でもそれをやらなければ世界はデーモンに蹂躙されてしまうわ。すぐに私たちの国で連盟の書類を作りましょう。それを使って真実を広めれば……」
アレスさんにバチルスさん、アーサーさんにアルテミスさん。各国の代表たちが焦りを浮かべながら対策を話始める。
「くくくっ! 無駄なことを。貴様ら人間が団結なんぞできるものか。我らは人間の醜悪な感情を糧に復活する。人類が存在する限り無限に数を増やすことができるのだからな」
悔しそうな顔を浮かべる王族の人たち。僕はそんな彼らから視線をはずすと。
「それで、それがお前の最後の言葉でいいの?」
「なに?」
僕が悔しがるとでも思ったのか、アークデーモンは目を見開いた。
「色々ごちゃごちゃ言ってたみたいだけどさ、結局デーモン軍団はまだあそこにいる。つまり被害は出ていないんだろ?」
「おい、エリク。何を言ってるんだ?」
「世界の危機なのですよ? どうしてそんなに落ち着いて……」
タックとマリナの言葉に僕は。
「本当に君が間抜けで良かったよ。まだ進撃が開始していなかったは幸いだった」
アークデーモンの頭から手を離すとバルコニーの手すりまでくる。
そこからは山脈の様子がよく見える。ほとんどはレッサーデーモンとハイデーモンなのだろうが、そこそこの数のグレーターデーモンも見える。
「馬鹿な強がりをっ! 貴様1人であそこにいるデーモンを全滅させられるとでもいうのか!」
そう叫ぶアークデーモンの質問に。
「勿論そのつもりだよ」
「「「「「なっ!」」」」」
気負うことなく答えた。
「き、貴様! 自分が何を言っているのかわかっているのか?」
焦りを浮かべるアークデーモン。僕は後ろを振り返ると。
「何って? お望み通りあそこにいるデーモンを全滅させるつもりだけど?」
聞き返してくるアークデーモンに僕の考えを言ってやる。
「馬鹿なことはやめろエリクっ! いくらお前の力が凄くても相手は前代未聞のデーモン軍団だぞ。たった1人で勝てるわけがない。死ぬつもりか!」
「そうですよエリク! 私たちはデーモンの企てを見破ることが出来なかった! こうなったら国家間が協力して対応すべき。それは王族である私たちの務めなんです。それをエリク1人に押し付けるのは我慢なりません」
タックとマリナが訴えてくる。その気持ちは嬉しいが、僕でなければならないのだ。ここで問答をしている時間が惜しい。僕はどう2人に説明したものか考えていると……。
「2人ともエリクの邪魔をしないで」
「どうして止めるのルナ!」
「おまえはエリクが大事じゃねえのかよ!」
ルナはイブの肩を抱いて連れてきていた。
「エリクは大切。でも、エリクならできると私は信じている」
その真っすぐな瞳が僕を見ている。僕はこの期待を裏切れないなと思い自然と笑みが浮かんでしまった。
「マスター。マスターがやろうとしていることは1人では危険です。イブを連れて行ってください」
まだ万全の調子ではないのか顔色が悪い。僕はそんなイブをじっとみると。
「正直、今のイブだと足手まといになりかねない。ここで休んでいれば安全なんだよ?」
僕は厳しい言葉をイブへとぶつける。僕からイブに向ける初めての拒否。それは彼女の身を案じてのもの。だが……。
「安全なところで全てが終わるまで寝ていろと? イブにはそんなの耐えられないし耐えたくもありません。イブはマスターの傍にいなければならないんです」
身体をよろめかせながらも前に出てくる。そしてイブは僕を正面から見上げると。
「イブはマスターの平穏を守る者だからです。たとえマスターの意に反してでもマスターをお守りします」
彼女なりに何かを感じているらしい。彼女と僕の視線が交差する。そして……。
「イブは僕をサポートしなければならないからね。今回も頼んだよ」
僕はふと笑みを浮かべると右手を差し出した。イブはしばらく言葉の意味が分からずぼーっとしていたのだが、意味を理解すると嬉しそうな笑顔を浮かべ。
「はい、マスター。仰せのままに」
僕の手を取るのだった。
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