第193話アークデーモン

「お前どこから現れた!?」


 先程まで気配は一切なかった。もし仮にどこかに潜伏していたにしてもイブが気付くはず。


 だが、僕もイブも実際に攻撃をされるまでこいつの存在に気付けなかった。


「我々には眷属の波長を辿って合流するための魔法があるのだ。我はその力を使ってこいつのいる場所まで飛んできたのだよ」


「なんだと……!」


 誰かの驚き声がした。


「……マスター。ご……無事ですか?」


 苦しそうな表情でイブが手を伸ばしてくる。僕は震えるイブの手を握り締めると。


「ああ、お前が守ってくれたおかげで平気だ」


「良かった」


 ほっとした笑顔を見せるイブ。だがこれまで見たことがないぐらいにその笑みは弱弱しかった。


「ほう、我が眷属が苦戦しているようだったから様子を見に来てみたが理由がわかったぞ。そこの娘と小僧からアルカナオーブの匂いを感じるぞ」


「アルカナオーブだと?」


 後ろで誰かが質問をする。アークデーモンはその質問に答えた。


「貴様らの言葉で語るなら神が与えし試練。アルカナダンジョンの奥に眠るコアのことだ」


 アークデーモンが説明をするとその場の全員が僕とイブを見た。


「貴様たちはかつてアルカナダンジョンを攻略した者たちと同じ……いや、それに似た気配をだしている。神の試練を突破した者たちを確か人間達は『攻略者』と呼ぶのだったかな? アルカナオーブを持つ貴様らはまず間違いなくその攻略者なのだろう?」


 こちらを見透かすような赤い瞳が僕とイブを興味深く見続ける。


「アークデーモン様。我の枷を外し下さい。我らが2人で襲い掛かればこの場の人間を全滅させることができます」


「くっ!」


 不味い。この場にはアンジェリカやアレスさんなど戦えない者もいるのだ。


 僕が戦おうにも今はイブを守らなければならない。アークデーモンが腕を振り上げる。僕は強くイブの身体を抱きしめると………………。


「あ……へ……?」


 次の瞬間グレーターデーモンの首が斬り飛ばされた。突然のアークデーモンの行動にその場の全員が驚いていると。


「黙れ! 悪魔族の面汚しがっ!」


 アークデーモンは怒りを滲ませると侮蔑の視線をグレーターデーモンへと向けた。


「な……ぜ……?」


 まさか自分が攻撃されると思っていなかったのか、グレーターデーモンは驚愕の表情を浮かべたまま頭が床を転がる。アークデーモンはその頭を踏み潰した。


「どうして味方を殺した?」


 理解不能なアークデーモンの行動にアーサー王が険しい顔をする。


「手負いとはいえ攻略者がいるのでな。我々は己の眷属を殺して取り込むことで力を上げることができる。これから貴様らを皆殺しにするのに力が必要だっただけのこと」


 こいつは僕らを確実に殺すためにグレーターデーモンを殺したと言った。


 死んだグレーターデーモンが煙となりアークデーモンはその煙を吸い込む。するとアークデーモンの身体が一回りほど大きくなり、感じる魔力の質と圧力が高まった。


「ふふふ、これでまた一歩ロードへと近づけた」


 アークデーモンは拳を軽く握ると自分の身体の変化を感じ取っている。グレーターデーモンを吸収して身体に馴染んだところで仕掛けてくるつもりだろう。


 僕がどうにか隙を見つけられないか考えていると……。


「そんなことさせると思うのか?」


 後ろを振り返るとアーサーさんとマリナ、タックにバチルスさんがそれぞれ剣を構えている。

 そして、その後ろにはアンジェリカとアレスさんをかばうようにルナとアルテミスさんが杖を持っている。


「エリクはいったん下がれ。まずはそいつの身の安全が優先だろ」


「ありがとう!」


 タックの言葉に僕はイブを抱きかかえて下がった。


「それじゃあ、行くぞっ!」


 入れ違いで4人が僕らを守るように前にでるとアークデーモンへと斬りかかっていく。


「エリク。ソフィアをこっちへ!」


 僕はルナの元へ急ぐとテーブルの上にイブを横たえた。


「う、これは酷い」


 赤い光のせいでドレスが焦げて胸元が露出している。そしてその胸には黒い模様のようなものが目についた。


「とにかく治す。【エクスヒール】」


 ルナの杖から光が程走りイブの全身を包み込む。


「効いてないぞ?」


 だが、イブの身体は回復したようにみえない。黒い模様は依然としてそこにある。


「ううう……、マスター苦しいです」


 イブが脂汗を掻きながら僕に訴えてくる。


「デーモンの瘴気攻撃はポーションやただのヒールでは治せないわよ」


 そんなイブを見ているとアルテミスさんがそんなことを言った。


「だったらどうすれば?」


 何とかできそうなのは聖女ぐらい。だが、キリマン聖国に行こうにも今この場を離れたらイブがどうなるかわからない。


「瘴気を回復させるのは本人の生命力次第よ。私の【リジェネレーション】を使えば本人の自己再生力を強化できるけど……」


「お願いします。それを使ってもらえませんか?」


 僕はアルテミスさんに頼み込んだ。


「勿論よ。だけど、私の魔法の力量だと厳しいかもしれないわ」


 彼女はルナの母親だけあって【大賢者】の恩恵を保持している。その力量はルナを凌ぐのだが、それでもアークデーモンの攻撃を治癒できる程の回復力は捻り出せないようだ。


「だったら今からアルテミスさんの魔力を【増幅】します。そうすれば魔法の効果も上がるはず」


 イブを救うためなら僕はなんだってしてやる。僕は覚悟を決めるとアルテミスさんに手をかざし【増幅】の能力を使った。



「こ、これは…………。本当に斜め上ね」


 次の瞬間。アルテミスさんを純白の光が包み込む。


「これなら今までで最高の魔法が使えるわ。【リジェネレーション】」


 ほどなくイブの全身を緑色の光が輝く。それにともなってか黒い模様が少しずつだが小さく、そして薄くなりはじめた。


「どう? ソフィアは助かるの?」


 ルナが心配そうにアルテミスさんへと問いかける。


「ええ、エリク君の増幅のお蔭ね。魔力が数倍まで跳ね上がってるからこれなら再生力が追い付くはず」


 その答えに僕は詰まっていた息を吐きだす。


「良かった」


 ルナは嬉しそうにそう呟やくとイブの頭を優しく撫で始めた。

 僕はそんな2人を優しく見つめると、表情を引き締めて立ち上がる。


「エリク? どうしたの?」


 立ち上がった僕をみたルナはそんな疑問をぶつけてきた。なので僕は今の気持ちを素直にルナへとかえした。


「あいつに地獄を見せてくる」

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