第190話ミスリル丸太


          ★


「くらえっ!」


 気合の入ったエリクの叫び声と共に剣が振り下ろされる。


「ふんっ! この程度か!」


 それをグレーターデーモンは見切ると避けて見せた。だが……。


「トルネード!」


 避けた足元にエリクは竜巻を起こしグレーターデーモンのバランスを崩させた。


「こ、小癪なっ!」


 予想外な攻撃に余裕が消えたグレーターデーモン。その時、隙を伺っていたガイルが背後から攻撃を仕掛けた。


「隙ありっ!」


「何っ!?」


 エリクに気を取られていたグレーターデーモンは慌てて振り返るがもう遅い。ガイルの振り下ろす剣が間近に迫っていた。


 ——ザンッ――


「くっ!」


 肉を斬り裂く音が聞こえグレーターデーモンが呻いた。


「よしっ!」


 ガイルはいったん距離を取ると自分がつけた傷を確認し、油断しないように剣を再度構える。


「いけますよガイルさん。僕がサポートするのでどんどん斬ってください」


 相手はエリクの攻撃を躱すので精一杯だ。エリクが牽制してガイルが傷を与える。このコンビネーションを続ければ勝てると2人は判断したのだが……。


「この我に傷をつけるとはなかなか良い剣を使っているようだな」


 だが、グレーターデーモンはなんら気にした様子がなかった。


「随分な余裕だね。まさかこっちの弱点でも見つけたのかな?」


 不気味なものを感じるエリクだったが表には出さない。

 何故ならこれこそがグレーターデーモンの狙いかもしれないからだ。


 悪魔は人間の恐怖を食らう。こうして対峙して挑発することで恐怖を引き出しパワーアップをするつもりかもしれない。


「まさか! 効いていないのか?」


 平気そうな様子で佇むグレーターデーモンにガイルが驚愕の視線を向ける。


「いえ、効いています。だけどそんなに深い傷じゃないですね」


 エリクが指摘した通りだ。グレーターデーモンの腕には1筋の傷が確かに存在する。


「この程度。問題ない」


 グレーターデーモンがそういうと傷が塞がった。


「なっ!」


 ガイルは大きく口を開いて驚くと。


「俺の剣はゴーレムぐらいなら一刀両断できるはずだぞっ! どうなっている?」


 これまでの戦いを共に繰り広げてきた武器なのだ。それが通じないことでガイルが動揺する。


「くっくっく。悪魔は高位になるほど身体を構成する魔力の密度が上がるのだ。なるほど、貴様の剣もそっちのガキの剣もなかなか鋭い切れ味なのだろう。だが、我を傷つけることができるのはあくまで魔力による攻撃。いくら鋭かろうがこの程度の攻撃は痛くもない」


「なるほど……そういうことなのか」


 魔法剣とはいえガイルが持っているのは地属性が付与されている剣。対してエリクは火属性と水属性だ。

 デーモンの肉体に血が通っているのなら2人の剣も威力を発揮するのだが、精霊などのエネルギー体には武器自体の切れ味は無意味となる。


「せめて我に効果が高い聖属性の付与であれば話は違うのだがな」


 聖属性を操れる人間は限られている。エリクの周辺では聖女のフローラかセレーヌだが今から呼びに行くのは不可能だ。


「なんだと……このっ……」


「ガイルさん。落ち着いてください。取り乱せば悪魔はそこを狙ってきます」


 恐怖がデーモンを強化するというのならこれ以上パワーアップさせるわけにはいかない。

 エリクはガイルに釘を刺した。


「し、しかし。俺たちの武器が効かないとなるとどうすれば……」


 落ち着いたところで状況は変わっていない。そんなガイルにエリクは冷静に答えた。


「デーモンは別に完璧な存在というわけじゃない。現に、ガイルさんの攻撃で傷はついたんですから」


 このまま精神的優位に立たせるつもりはエリクにはない。エリクはグレーターデーモンを指差す。


「デーモンは即座に傷を塞いで見せましたが、元々人体と違って精霊に近い身体です。血が流れるわけでもなければ腕などが損傷するわけでもない。だけど、傷をつければ魔力を使って修復をしなければならない。つまりダメージは受けているってことですよ」


「その通りだ。だが、今の攻撃程度ではさほど魔力を消耗せぬぞ」


 確かにそうだ。このままガイルに攻撃させたところでグレーターデーモンを倒すことはできない。


「なぜ我がここまで話をしているのかわかるか? 貴様らに打つ手がないことを教えることで恐怖を与え食らうためだよ」


「くそっ……」


 ガイルが吐き捨てる中、エリクは両手を組み右手をアゴにあて考え込んでいた。


「なるほど、そういうことだったんだ。なんでわざわざ親切に教えてくれるのか疑問だったんだ。罠の可能性を疑ったけどそれなら安心だね」


「貴様……馬鹿なのか? 状況が見えていないのか?」


 エリクの物分かりの悪さにグレーターデーモンは苛立ちをみせる。


 最初エリクは目の前の悪魔を囮だと思っていた。

 やたらと自分の弱点を話して見せるし隙だらけだったからだ。なのでガイルを援護しつつ自分は周囲の警戒をすることにしていたのだが……。


「己を知らぬというのは愚かな。もうよい。貴様らを殺して集落を火の海にして恐怖を食らうとしよう」


 興が冷めた様子のグレーターデーモンは宣言を実行しようと一歩を踏み出そうとするのだが。


「そろそろ様子見は止めるよ」


 ——ヒュンッ! ヒュンッ!——


 風切り音がする。


「なん……だ?」


 グレーターデーモンは違和感を覚える。次の瞬間グレーターデーモンの両腕が落ちた。


「斬った断面は凍らせたり焼いたりしたからすぐにくっつかないよね?」


 それぞれの腕は焼け焦げていたり凍ったりしている。魔力で修復可能だとしてもまずは氷などを取り除かなければならないだろう。


「い、いったいいつの間に……」


 ガイルの驚く声が聞こえる。

 エリクは剣を鞘に納めると指をぴっと立て、グレーターデーモンに講釈をするように言った。


「別に倒すだけならいくらでも方法がある。例えばこうして再生が間に合わないようにして滅多斬りにするとかね」


 他にも消滅するまで魔法を連続で叩きこむ方法もある。ここに現れたのがグレーターデーモン1匹の時点で運命は決まっていた。


「お、おのれ……人間風情がいい気になるなよ」


 両腕を切り落とされたグレーターデーモンは睨みつけてくるのだが……。


「ブラスト」


「ぐああああああっ!!」


 魔法が飛びグレーターデーモンの身体に触れると爆発を引き起こす。


 エリクは両手を前に出すと次から次へと魔法を放ち続けた。


「このまま魔法を当て続ければ魔力による修復も間に合わないよね?」


 事実、先程までの余裕は一切なくグレーターデーモンは徐々にダメージを蓄積させていっている。


「ふっ! ふざけるなあああああああああああっ!」


 あと少しと言うところでグレーターデーモンは空へと飛びあがる。


「我にはこの翼がある。魔法なぞ我の飛行速度の前には無駄だ!」


 完全に余裕をなくし血走った眼でエリクを睨みつける。


「うん、これは厄介だな。逃がすと面倒くさそうだな」


 エリクのその言葉を挑発と受け取ったグレーターデーモンは憎悪を膨らませると……。


「上位悪魔である我が逃げるだと? ふざけるなっ! 接近すれば魔法は使えぬっ! このまま吹き飛ばしてくれるっ!」


 腕を失ってはいるが自分には高速で動ける翼がある。グレーターデーモンはエリクに向かい降下した。


「丁度おあつらえ向きな武器があったんだよね。これミスリルで出来てるから魔力伝達もばっちりだし対精霊用に使えるか実験ができるよ」


 それは巨大な柱だった。およそエリクの腕で振るえるとは思えない、グレーターデーモンの全身よりも明らかに幅広い柱。


「ま……まてっ!?」


 グレーターデーモンが何やら焦った様子で叫んでいる。加速しているのでもはや自分で止めることができないのかそのままエリクへと突っ込んでいく。


 ここにきてグレーターデーモンは自分が見誤っていたことに気付く。

 真に警戒すべきはガイルではなかったことに。自分たちの計画を潰しこの状況を作り上げたのは目の前の弱そうな少年だったことに。


「さあ、ミスリル丸太のお披露目ということで派手に行くよ」


 エリクは自分に向かって突っ込んでくるグレーターデーモンに合わせるように柱を振り上げると――


「あ、アークデーモン様……こ、こやつが……」


 ——ズドンッ――


 ――グレーターデーモンをその巨体ごと叩き潰した。



 地面が大きく揺れ、戦闘をしていた他の者の動きが一瞬止まる。


「よしっ、勝利!」


 柱の下から何かが動く気配はない。

 エリクが満足そうにその様子を眺めていると……。


「お、おまえ……無茶苦茶すぎないか?」


 自分ではそう簡単に勝つことが出来ないグレーターデーモンを一瞬で屠ったエリクにガイルは冷や汗が止まらない。


 そんなガイルにエリクは笑って見せると……。


「そうですかね? まあ、何事もなく倒せたんだからいいじゃないですか」


 気楽に答えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る