第189話グレーターデーモン
「さて、あっさりと倒させて貰うからね」
僕は蒼朱の剣を抜くと目の前のデーモンを観察した。
イブの監視を掻い潜ってどこから現れたのかは知らないが、こうしてのこのこ現れたのが運の尽き。
統制をとっているであろうこいつさえ倒してしまえばこの場の勝利は確定だ。
「人間風情が大口を叩くものだな」
「えっ? 喋れるの?」
まさか言葉を話せるとは思っていなかった。僕はデーモンの予想外の行動に目を丸くした。
「我はグレーターデーモン。我ほどになれば人語を介するのは容易よ」
「へぇ。そうなんだ?」
どうやらそれなりに偉いデーモンらしい。僕はその言葉を軽く流そうとしたのだが……。
「グ、グレーターデーモンだと!?」
ガイルさんが震えた声をだした。
「まさか……。グレーターデーモンといえばAランクモンスター……レッドドラゴンに匹敵する存在だぞ!」
ガイルさんの解説にグレーターデーモンはいやらしい笑みを浮かべた。Aランクモンスターと言えばAランクの探索者がクラン単位で討伐に向かう必要があり、事実タック達もアルカナダンジョンではAランクモンスター相手に苦戦していた。
「そんな悪魔がどうしてこんな場所に? なぜレッサーデーモンを率いて街を襲ってくる!」
確かにそれが気になる。このあたりの平原は元々それ程強いモンスターが出ないはずだし、山脈付近はドラゴンなどの巣窟になっている。
あそこはキリマン聖国との道があるので監視がされていたはず。デーモンなんかを見かけたのなら両国にとっくに報告が上がっているはずなのだ。
「我々にとっては人間の恐怖こそが御馳走なのだ。その為に獣を追い立てたというのに一向に恐怖が集まってこぬ。それどころか倒されてしまう始末。なのでこれ以上は無駄と判断し、我ら自ら集落を潰してまわることにしたのだ」
「なっ!」
実に三流の悪役らしい話しっぷりだ。お蔭で聞き出す手間が省けた。僕はもう少し情報が引き出せないかと思い会話を続けることにする。
「つまり、今回のスタンピードの原因はお前で、理由は自分たちの食事。それで一向に恐怖を食べられないから自分で出てきたということ?」
僕が要約するとグレーターデーモンは鋭い牙がある口を開いて笑って見せる。
「いかにも。我らの食事を邪魔してくれた愚かな人間を排除しにきたのだ」
それはまあ、多分僕のことを言っているのだろう。
戦闘員に対する手厚い支援のおかげで戦力が何倍にも膨れ上がった。そのお蔭でこちらの被害はほぼなく、送り込まれたモンスターだけを全滅させたのだ。
デーモンにしてみればレッドドラゴンまでけしかけてきて何の恐怖も得られないとすれば首を傾げるしかなかったに違いない。
デーモンの目的もわかったし、原因についてアレスさんに報告してから調査すれば良いと考え、取り敢えずこいつを倒そうと思ったのだが……。
「待て! 今『我ら』と言ったか?」
ガイルさんが青ざめた顔でグレーターデーモンに確認した。
「いかにも。この周辺にはここを含めて4つ程の集落があるだろう? 他の集落にはハイデーモンを含めた眷属を向かわせておるのだ」
「な、なんだとっ!?」
ガイルさんは驚き声を上げた。
それは不味い。デーモンは魔法の武器でなければ倒せない。
この場所にはガイルさんを含め魔法の武器を持つ人間が揃っているので問題はないが、他の街にはそれを想定した戦闘員がいないのだ。ハイデーモンを相手にするのは厳しい。
(イブっ! すぐに他の街に援軍として向かってくれっ!)
僕は待機しているイブにゴッド・ワールドから出て救援に向かうように指示をする。
『えっ? で、でもっ! レックスさんとミランダさんは……この場の人たちはどうするんですか?』
「くっ!」
そうだった、イブの支援により死人が出ないようにコントロールできているが、イブが離れてしまったらどうなるかわからない。
実戦は取り返しがつかない。万が一ということがあってはならないのだ。
「どうやら状況が分かったようだな。貴様たちは既に詰んでいるのだよ」
グレーターデーモンは己の有利を確信してか笑みを浮かべて見せる。それもそのはずだ。おそらくデーモンの襲撃はタイミングを合わせているはず。
仮に僕が目の前のこいつを瞬殺して救援に向かうにしても既に戦いは始まっている。少なくない被害が既に発生しているのだ。
「くそぅ……」
僕は剣を強く握りしめる。味方に被害が出ていると思うと後悔が沸き起こる。
だが、次の瞬間声がした。
『『『安心してエリク。他の街は守ってるから』』』
「えっ?」
それは久しぶりに聞く友人たちの声だった。
「ど、どういうこと? なんでタックたちの声が聞こえるんだ?」
まるでイブと会話をしている時のように声が伝わってくる。
『私の魔法の力によるもの』
誇らしげな声を出しているのはルナだった。
『私の恩恵は【大賢者】一度見た魔法を再現できる。私は【コール】の魔法を使える。この魔法は遠く離れた相手と会話をすることができる。今は私の魔法によって4人が繋がっている』
なるほど、大概チートだとは思っていたが、そんな魔法を持っていたのか。僕はルナに質問を続ける。
「大丈夫ってどういうことなの?」
目の前にはAランク以上のグレーターデーモン。それぞれの街にはBランクのハイデーモンとCランクのレッサーデーモンがそれぞれ向かっているのだ。絶望的な状況しか見えない。
『私たちは現在、それぞれ違う街にいます。そしてそこでデーモンを迎え撃っています』
「なんだって!?」
マリナの言葉に僕は驚き声を上げてしまった。
『俺たちは国の指示もなしに勝手に動けねぇからな。エリクが出て行ったあとで自国に連絡を取ったんだ。それで国の許可を得たうえでそれぞれが街を守護することにしたんだよ』
なぜそんなことになっているのかタックが説明をしてくれる。
「いったいなぜ……。どうしてそこまでしてくれたんだ?」
彼らにしてみれば国を動かしてまでモカ王国を助けるメリットがないはずなのだ。僕はそんな疑問をタックたちに投げかけたのだが……。
『私たちはエリクを友人だと思っている。だからエリクの苦境には力を貸す。当然のこと』
ルナが普段通りの口調で淡々と答えた。
『ここにいるのは私たちの国でも最高の戦力です。デーモン相手とはいえ後れを取ることはありません』
マリナが自信を持ってはっきりと。
そして、3人はタイミングを合わせるとはっきりと言った。
『『『つまり、俺(私)たちは大丈夫だから安心して目の前の敵を倒(せ)(しなさい)(して)』』』
僕は最高の仲間の言葉を聞くと力が溢れてきた。そして…………。
「ありがとう! 戦いが終わった後にまた話そう!」
僕は気分を高揚させると目の前のグレーターデーモンに剣を突き付けるのだった。
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