第180話前線

「レックス。ファイアを撃つから離れてっ!」


「わかったっ!」


 返事とともにレックスは剣を振りモンスターを牽制するとミランダの魔法の邪魔にならないように距離を取った。



「ファイア!」


 杖から火炎がほどばしり目の前のモンスターに向かう。



「ギャアアアアアアアアアアアアアア」


 放たれた魔法はモンスターを直撃し、火だるまにするとその命を奪う。


「ったく、なんで俺らまでこんなところに駆り出されてるんだか……」


 1人の男が汗をぬぐいながらそうぼやく。


「仕方ないわよ、押し寄せてくるモンスターのせいで人手が足りないんだから。これも私たちが優秀な証なんだからここで活躍しないとね」


 今回のスタンピードで王国側は戦力が足りていなかった。

 騎士や兵士は山脈から押し寄せる中級モンスターの相手で手が一杯だった。

 そのせいで一部の成績優秀な生徒達を低級モンスターの掃討に駆り出さざるを得なかった。


「それにしても私もう魔力がないよ」


 無理はしないようにと言われているが、平原を歩き回ると短時間でモンスターと遭遇する。そのせいでペース配分を考える猶予無く魔法を連発するはめになったのだが……。


「ここらが引き際か……」


 リーダーを任されているレックスはアゴに手をやり考える。

 前線は騎士や兵士が抑えているし、自分たちはあくまで彼らの背中を守るのが仕事。


 中級モンスターとの戦闘中に背後を突かれてはまずいからだ。これだけ戦って注意をひきつければ役目は果たしているだろう。


「待てよ! 俺たちはまだ戦えるぞ」


 だがパーティーメンバーの1人が異を唱えた。


「でも、疲れてくるとミスが増えるよ。ここは兵士さんたちに任せた方がよくない?」


「兵士さんたちはもっと前線で強いモンスターを抑えているんだ。ここで俺達が引いたらこのモンスター達は街まで追いかけてくるかもしれない。街には戦えない人がいっぱいいるんだ。被害がでるかもしれないんだぞ」


 その訴えに街をモンスターに蹂躙された想像をする。

 戦える人間がすべて前線に出ている以上、迂闊にモンスターを街に引っ張るかもしれないのだ。そうなると守る戦いを強いられることになる。


「ギャアオオオオオオオ」


 悩んでいるとモンスターの雄たけびが聞こえてくる。


「ちっ、また新手が現れたぞ。あいつらを倒さなきゃ離脱もできねえ」


 レックスは剣を握りなおすと、モンスターへと突っ込んでいった。






「くそっ! 囲まれた!」


 あれからどれだけの時間が経ったのか?

 レックスたちパーティーは退路を塞がれ平原で孤立していた。


 草が生えているとはいえそれなりに見通しが良く、ぐるりと見渡すと視界にモンスターが映る。


「どうしよう! もう魔法の1つだって出せないよぉ」


 ミランダは泣きそうな声でそう言った。


「こうなったら俺が道を切り開く。街の方向のモンスターを引き付けるからミランダたちは全力で走って街まで逃げるんだ」


「そんなの駄目だよっ!」


 だが、ミランダはレックスを睨みつけた。


「レックスを犠牲にして生き延びて、それでエリクに会ったら何て言えばいいのよっ!」


「だったら、2人揃ってここで死ぬのか? どちらかが生き延びてあいつに会わなきゃいけないんだ。あいつの味方は俺たちだけなんだから!」


 レックスやミランダがここまで深追いしてしまったのは将来の為だ。

 自分たちが周囲から一目を置かれるような探索者になれば誰にも文句を言わせることなくエリクとパーティーを組むことができる。


 エリクは現在、王都のアカデミーで勉強をしているはずだ。だからエリクが戻ってくるまで自分たちは頑張らなければならない。


「お、おいっ! もめてる間にも敵が近寄ってきてるんだからなっ! レックスの案でいこう! ミランダは俺が引きずってでも――」


 パーティーメンバーの1人がそう口にしようとしたのだが……。


 ――ズドンッ! ズドンッ!――


「な、何の足音だよ……?」


 パーティーメンバーの1人が声を震わせる。


「あっ、あっちの森を見て……」


 メンバーの女の子が震えた指を森に向ける。


「嘘……だろ……?」


「こんなの……ありかよ」


 金色の瞳に赤い鱗。そこに現れたのは……。


「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


「ランクAモンスター……レッドドラゴン」


 およそこのような場所に現れるはずのない上級モンスターだ。

 レッドドラゴンの出現にレックスたちを襲おうとしていた低級モンスターは散って行く。


「ああああ……あああ」


 レッドドラゴンの瞳がレックスたちに向く。

 その眼光に射抜かれた彼らは恐怖により完全に動けなくなる。


 ――ズシンッ! ズシンッ!――


 レッドドラゴンが近づき、最初に目についたミランダへと近寄って行く。


「…………ひっ!」


 至近距離からその眼光を受けて思わず叫びそうになったミランダ。だが、大声をあげると相手を刺激してしまうと思ったのか目に涙を溜めながらも両手で口を塞いだ。


「GURURURU!!」


 だが、レッドドラゴンはそんなミランダの心情なぞ知る由も無しとばかりに口を大きく開く。

 ミランダの視界にレッドドラゴンの牙が迫る……。


「いやっ……こないで……助けてっ! エリクっ!」


 恐怖で目をつぶったミランダ。その場の全員がミランダの死を覚悟したのだが……。


「させないですよっ!」


「GYAAAAAAAAAAAAAA!!?」


 次の瞬間、空から何かが降ってきた。それはレッドドラゴンの身体を貫通すると地面へと突き立つ。


 そしてその上に一人の少女が降り立った。


 金髪に青眼。血なまぐさい戦場に似つかわしくない青いリボンをちりばめた白のドレスを身に着けている。

 染み一つない薄い肌にこの世のものとは思えない整った容姿をみてその場の全員が女神を前にしたように見惚れてしまった。


 彼女はレッドドラゴンに突き刺さったそれを引き抜く。どうやら彼女が乗っていたのは振り回すのが難しそうな大型の槍だった。


「GYAAAAAAAAAAAAA!!?」


 痛みでレッドドラゴンが叫び声をあげる。


 少女はレッドドラゴンから飛びのくとレックスたちの前に降りる。そして全員が無事なのを確認すると。


「どうやら間一髪だったみたいですね。無事でよかったです」


 微笑みかけるのだった。


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