第179話エリクの故郷

「というわけで、原因不明のモンスターの氾濫が起きようとしているのだ」


 あれから、アンジェリカについてきて欲しいと言われた僕は、一緒にいたタック達と共に魔導車に乗り込むと王城へと案内された。


 そこでは城の騎士団長や宮廷魔道士長、アレスさんなどそうそうたるメンバーが揃っており状況を僕に説明してくれた。


 会議室のテーブルの上にはこの国の地図が大きく広げられていて、その地図には多くの赤い駒が置かれている。


「その山脈の詰め所にいた兵士さんからその後の連絡は?」


 最初の連絡は山脈麓にある詰め所の兵士だった。

 なんでも、ドラゴン種を含むBランクモンスターが多数降りてきたので原因の調査と討伐をするための人員を派遣して欲しいと。


「その後は連絡がつかない。そして騎士団が急行してみたところ、山脈付近の森から平原にかけて低級モンスターが溢れていたというわけだ」


 上級モンスターが奥地から出てくることで中級モンスターが縄張りから追いやられ低級モンスターが氾濫する現象がある。


 俗にいうスタンピードという自然現象だ。

 定期的に冒険者などが依頼を受け、モンスターを間引いたりしていればそれ程危険はないのだが、一度起こってしまうと被害無くして止められない。


「それで、俺らにどうしろってんだ? 一応この国のアカデミーに所属しているとはいえ国の意向もないのに勝手に振舞えねえぞ」


 タックがそう口にする。


「わかっている。他国の王族に俺が命令することは出来ないし、手伝ってもらって何かあれば責任問題で戦争になりかねないからな。君達はこれまで通りアカデミーに通ってもらえれば結構だ」


 アレスさんの言葉にマリナもルナも頷く。

 全員がその場で納得しようとしていたのだが……。


「お父様!?」


 アンジェリカが僕をちらりと見た後でアレスさんに抗議した。


「アンジェリカ。余計な口を挟むんじゃない」


「それではエリク様の……」


 瞳を揺らしながら僕を気遣って見せるアンジェリカ。

 僕は一歩進むとアンジェリカの肩へと触れた。


「え、エリク様?」


「ありがとうアンジェリカ。僕は大丈夫だから」


「で、ですが……」


 僕は現在のスタンピードの進行具合を地図で見る。その地図には多数の赤い点が示されている。赤はモンスターの分布だと先程説明をされた。


「お、おい。どういうことなんだよ?」


 僕が途中で話を切ったせいか、タックが怪訝な顔をする。


「アレス国王。現在平原にモンスターが溢れているせいで騎士団は近隣の村の警護で精一杯ということですね?」


「うむ。その通りだ……」


 苦い顔をしたアレスさんの表情に疲労がたまっているのが分かる。

 僕は地図を改めてみる。


 騎士団が食い止めてくれているのか、かろうじて村への被害は出ていない。だが、モンスターの目撃情報が広がっているせいか、村に被害が出るのは時間の問題だろう。


「ならばその原因の究明を僕に任せてください」


 強い視線をアレスさんにぶつける。


「おいおい、お前だってアカデミーの生徒だろ。こんなのは給料をもらっている騎士の仕事だ。お前が行く理由なんて……」


 僕はタックの言葉を遮った。


「行く理由ならある!」


「どういう理由ですか?」


 マリナが聞いてきた。僕は地図の危険が迫っている村の一つを見ると言った。


「この街が僕の故郷だからだよ」






 大型魔導車が道を走る。僕はぼーっとしながら窓の外の風景を見ている。

 あれから、僕の願いは通った。僕は自分の実家の街に派遣される騎士団と共に運んでもらえることとなり、アカデミーは公務で休みとしてもらった。


 僕は街に着いた後のことを考えていると……。


「あまり思いつめるなよ?」


 顔を上げると壮年の騎士が声を掛けていた。


「ガイルさん?」


 彼は騎士団長のガイル。これまで城を訪れた際に何度か剣を交えたことがある。


 アレスさんが僕の様子を心配したのか顔見知りの人間をつけてくれたようだ。


「大丈夫ですよガイルさん。僕はこの国の騎士を信じていますので」


 そう言って笑って見せる。


「ハハッ。違いない。お前が作った訓練マニュアルのお蔭で練度が上がったしな。おまけに腕利きの鍛冶士から仕入れた武器を卸してくれたお蔭で随分と武器の質もあがっている」


「たまたまですからね。それに皆さんの練度が上がったのは訓練をやり遂げた騎士さんや兵士さんたちの力ですから」


「まったくだ。それにしてもこんな時だというのに落ち着いてやがるな。俺の部下の方が浮足立ってるくらいだ」


 確かにピリピリした雰囲気を感じる。無理もない。地図一面に分布されたモンスターはかなりの脅威だ。前線では今も騎士や兵士が休むことなく戦闘を繰り広げているのだ。


 ――パンッ――


 僕はそんな彼らの様子をみると手を叩いて音を響かせた。


「えっと、皆さん。僕の故郷の為にこうして同行してくださりありがとうございます」


 皆が僕に注目する。隣ではガイルさんが怪訝な顔をしていた。


「日頃から厳しい訓練を積んできた皆さんならどれだけ大量のモンスターが相手でも大丈夫だと思っています」


 僕のその言葉に少し緊張がほぐれた。厳しい訓練をこなしてきたことを思い出し自信が蘇ったのだ。


「僕の街はよいぶどう園がありワインが特産物です。なので、この件が片付いたら皆さんには最上級のワインを振舞うと約束します。なので、どうか街を守ってください」


 真剣な顔をすると身体を傾けお辞儀をする。すると……。


「安心しろ。俺達が行く以上、街の人に指一本触れさせねえからよ。そうだよな! お前らっ!」


 ガイルさんの言葉に騎士さんや兵士さんは手を振ってこたえるのだった。

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