第167話リゾートホテル体験その⑥

「赤字にならない……だと?」


「ええ、副議長の心配は嬉しいですが、問題なく経営できるかと思いますよ」


 エリクはあっさりと言ってのけた。


「一体どうやって!」


 副議長は焦りを浮かべるとエリクへと向き直った。


「まず費用についてですが、実はそれほど掛かっていません。物資類に関してはソフィアの実家から格安で仕入れることができましたから」


 勿論そんな実家は存在しないのだが、費用が殆ど掛かっていないのは事実だ。

 食材はゴッド・ワールドから収穫しているし、魔法具に関しても自作している。


「だとしてもっ! 宿泊料の問題があるだろう? 高級ホテルともなればそれなりの金額を払わなければならないはず。一体いくらで宿泊させるのかね?」


 値段が高ければだれも利用しないのだ。副議長は二つ目の懸念事項をエリクにぶつけた。


「先程の副議長の計算はとても参考になりますね。だけど、僕個人としては多くのお客様に滞在して欲しいのでそこまで高い金額を設定するつもりはありません」


 全員が注目しているのを確認したエリクは指を2本立てる。


「なので、このホテルの宿泊料金は一部のVIPルームを除けば銀貨20枚にします」


「なっ!」


「そ、それだと普通のホテルより若干高い程度じゃないか」


「これ程のサービスがその金額で受けられるならむしろ格安」


「一体どうしてそのような価格設定を?」


 副議長が驚き、他の議員達も口を開く中、エリクは更に爆弾を投げつける。


「更にライセンス持ちの探索者の場合は半額にします。これはこの島のライセンスというブランド価値を高めるためでもありますね」


「それだと、普段探索者達が泊まっている宿より少し高いぐらいだ。そのぐらいの差分ならば探索者達は喜んでこちらのホテルに泊まることになる」


 議員達に動揺が広がっていく。

 誰もがエリクの発言にショックを隠し切れなかったのだ。


「本当にそれで採算がとれるのか? たとえ経費があまり掛かっていないにしてもそれはやり過ぎというもの。私には無謀な価格設定に見えるぞ」


 ショックから立ち直った副議長は計算を終えると再びエリクに疑問をぶつけた。


「ここで話していても仕方ないですね。少しお付き合いいただけますか?」







 目の前には【ラビットレース】で賭け札を握りしめた探索者が興奮して野次を飛ばしている。

 左を向けば他の探索者が真剣な顔で卓を囲み牌を握っている。


 右を向けばトランプ片手に相手の表情を読み取ろうとしている探索者がいる。


「このフロアはホテルに宿泊していない人間にも利用できるように開放してあります」


 エリクは事前にこの島の探索者達にお試しでコインを配っていた。

 探索者達はダンジョンを切り上げると本日オープンのこのフロアを訪れて遊びに興じている。


「なるほど、確かにここには探索者が大勢いるようだ。だが彼らは何故こんなにも必死な顔でいるのかね?」


 副議長はその場の異様な雰囲気を感じ取るとエリクに聞いてみた。


「それはですね、ここがカジノフロアで、彼らはコインを賭けて増やそうとしているからですよ」


「カジノ……だと?」


 聞き覚えのない単語だった。

 この世界でも賭博は存在しているが、せいぜいがギルドなどのテーブルで行われる個人でのやり取りだ。


 だが、ここでは経営者のエリクが胴元になりギャンブルを仕掛けている。


「ええ、個人同士のやり取りでも構いませんが、大半は僕らが運営するゲームに参加してもらう形になっています」


「し、しかし……。いくらコインを増やしたところで、このフロア以外では使い道がないはずではないか?」


 コインを購入するカウンターにもきっちりと説明が書いてあるのだが、コインは換金できないことになっている。


 なので、一度購入したコインは使い切るしかないということになるのだが、そんなものを集めてどうするのか?


「あちらをご覧ください」


 エリクが視線を誘導した先には大きなスロットが何台も並んでいる。


「これはスロットという魔導具です。レバーを引くことで中の図柄が回転します。それから暫くすると自動的に図柄が止まります。その時に図柄が揃えば当たりになります」


 そう言うとエリクは実際にコインを入れてレバーを引く。すると全部で5つあるリールが回転を始めた。


「余ったコインは次回まで持っていても構いませんが、このスロットで消費するのをお勧めします。実際、彼等の目的はこのスロットを回すことなのでああしてコインを集めているのですけど」


「一体、どうして彼らはこのスロットをやろうとしているのかね?」


 副議長の質問にエリクはスロットの後ろを指差した。


「こちらはスロットで当たりを引いた時の景品になります。外れた場合は先程レストランで食べた野菜などを残念賞に。他にはポーション各種や便利な魔導具などもそろえてあります」


 揃う図柄の難易度によって景品がランク分けされている。

 それらの景品は、本日ホテルのサービスを体感した人間たちにとっては魅力的に見えた。


「残念賞でもこの素晴らしい野菜が手にはいるのか……」


 それだとあまり損をした気がしない。その場の何人かは手持ちのコインを試したくスロットを見ていた。


「ちなみに最高商品は中央に飾られている3つです。今回は【クリーン】の魔法具。【ミストラルソード】【シルフィード】です。魔法具に関しては皆様も体験済みかと思いますが、これがあれば長期間の探索で身体の汚れを気にすることが無くなり非常に便利です。家で使っても良いですし、生活が一段向上するのは間違いありません。他にもミストラルソードは高名な鍛冶士にミスリルを材料に打ってもらった剣で軽量にて斬れ味抜群。シルフィードは風魔法を纏わせた弓ですね」


 エリクの説明を聞くとその場の全員が驚く。

 クリーンが何処でも使えるのは大変魅力的だが、二つの武器にしても中々お目にかかれない高級品だ。


「なるほど、宿泊費を抑えたのはここで散財をさせるためだったのか」


 実に上手いやり方だ。誰もがお得と思うような価格帯で客を引っ張り込み、魅力的な景品を用意することでギャンブルに嵌める。

 結果としてみればただ宿泊させるよりも大金を短時間で稼ぐことが可能だろう。


「だが、探索者達の財布事情はどうかな? 彼等とて日々の探索で消耗するのだ。こんな所で散財する余裕があるのか?」


 副議長の問いかけにエリクは笑うと。


「最近、探索者の間で割りの良いダンジョンが話題なのを副議長は知っていますか?」


「勿論だ。そのおかげで市場に高品質のポーションが出回っている。あれだけの品質ならば島外に持っていけば高値で売れるからな。今傾いている島の状況を好転させる良いニュースだ」


「そのポーションはダンジョンで取得でき、探索者達はそれを売ったおかげで羽振りが良いはずです。そうするとおのずと財布の紐も緩くなるのは当然ではないですか?」


「ま、まさかそこまで計算して?」


 背筋を汗が伝う。副議長は信じられないものを見るような視線をエリクにおくった。


「更に比較的当たり易い景品は探索に役立つポーションなんかの消耗品ですから。普通に店で買うのとここで高級景品ゲットに賭けて手に入れるのはどちらがお得でしょうかね?」


 探索者がダンジョンに潜り高品質のポーションを持って帰る。そしてそれを市場に売ることで島外に卸せる商品が手に入る。探索者は得たお金をカジノに落とすことで次の探索に有利な武器などを手に入れられるチャンスを得られる。


 決して誰も損をしない巡回サークルが出来上がっていた。


「し、しかしだな……。結局今のままでは島内の人間だけで通貨のやり取りをしていることになる。この島の発展の為にはどうしたって外とのやり取りは必要になるはずだ」


 その時。エリクの元に従業員が駆け寄ってきた。そして耳打ちをするといなくなった。


「ど、どうしたのかね?」


 話の腰を折られてにもかかわらず、副議長は恐る恐る聞いてみた。

 この時点で何やら気配を感じ取っていたのかもしれない。


 事実、エリクは笑顔を向けると副議長に……いや、その場の全員に向かって言った。


「ただいまレーベの港に大勢の観光客が到着したようです。順次受け入れることになるので忙しくなりますよ」


 それが副議長が残した最後の課題がクリアされた瞬間だった。


「なっ! 一体どうして?」


 島外から客を呼ぶにしてもあまりにもタイミングが良すぎる。一体どのようは手品を使ったのか?


「今回の招待旅行で王族もいましたからね。彼女に頼んでコールリングを借りたんです。それで祖国の王様と大商会の人に招待状を出したんですよ」


 アレス国王にお願いしてモカ王国の貴族に旅行を勧めてもらったのだ。

 他にもセレーヌ経由でハワード商会に呼び掛けたり、イブも買い付けを行った先で招待をしまくった。


 結果として、エリク達のホテルは十分な集客を見込める事になったのだ。


「さて、他になにか欠点はありますかね?」


 全員を見渡して質問するエリクに反論する者は誰もいなかった。

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