第166話リゾートホテル体験その⑤

「それじゃあ最後のフロアをごらんいただきますね」


 ディナーが終わり、招待客達が満足したところでイブは皆をまだ案内していないフロアへと連れてきた。


「ではどうぞ、入場ください」


 パチンと指を鳴らすと、ドアが両側から開かれる。


「おおっ! これは……」


「なんと豪華で眩しい」


「城のパーティーのようだ」


 入場した招待客達はきょろきょろと周りを見渡した。

 床に敷かれたレッドカーペット。壁際に用意されたカウンターバーには高級酒がずらりと並んでいる。


 天井のシャンデリアは虹水晶と呼ばれる世界で5本の指に入る石で作られている。


「ここはパーティー会場なのか?」


 誰かがそんな疑問を口にすると、イブは全員の注目を集めて説明を始めた。


「皆さんが宿泊される部屋にはもう行かれましたか? その部屋にこのようなコインが置いてあったかと思います」


 そういうとイブは皆に見えるようにコインを取り出した。


「ああ、メッセージカードに『ディナーの際にお持ちください』と書いてあったからな。持ってきているよ」


 議長が5枚のコインを見せると、他の招待客達もそれに習った。


「これはこのフロアでのみ使うことができるコインです。偽装防止の魔法を組み込んでありますが、特に価値があるわけではないので持ち帰っていただいても意味はありません」


 それなりにしっかりした作りではあるが、確かにそこまでの価値はない。

 誰もが納得しつつ説明の続きを待つ。


「このコインは宿泊して頂きましたお客様にサービスで配っています。例えばカウンターバーで使って頂ければ1ドリンクと交換することができたり、ここでしか出さない軽食であったり遊戯に使うこともできます」


 そう言うとカウンターのメニューを皆に見せてきた。

 どのメニューも支払い単位がコインになっている。


「すると、このフロアで楽しめるのは一人につき5コイン分までと言うことかね? それでは十分にフロアを堪能できないのではないか?」


 フロアは広大で、見るからに楽しそうなゲームが溢れている。

 1ゲームが1コインだとして5回で終わりというのは物足りないだろう。


「いいえ、あくまで最初の5枚はサービスですので、もし足りない方がいらっしゃいましたらカウンターで追加購入いただければと思います」


「そ、そうか。それならよい」


 既に楽しみたくて仕方ない招待客達はほっとした。


「ここは世界中で親しまれているゲームが多数存在します。ルール説明にはスタッフがおりますので、是非楽しんで頂けたらと思います」


 イブが指差す方向にはエリクが導入した様々なゲームが用意されている。

 ポーカーやルーレットなどのオーソドックスなものから、トルチェなどのこの世界で親しまれてきたゲーム。


 中にはモンスターを使ったゲームなどもあり、その種類の多さに誰もが圧倒されていた。

 イブがそう締めくくると招待客達はフロアへと散って行った。









「とりあえず大きな問題はなさそうだな?」


 エリクは周囲を見渡すと特にトラブルが発生していないのを確認した。


 スタッフたちは招待客にゲームのルールを説明しており、誰も興奮しつつもゲームを楽しんでいるようだ。


「随分と盛り上がっているようだな」


 暫く観察していると副議長が話し掛けてきた。後ろには議長とそれぞれの取り巻きもいる。


「お陰様で、これも副議長を含めたこの島の議員の方々の力添えがあればこそだと思っています」


 エリクは皆に向かってうやうやしく頭を下げた。


「帝国ホテルと比べても遜色のない豪華さ、旬を過ぎているのにも関わらず極上の味わいを出す食材。屋内で身体を動かしたりゆったりと風呂に浸かり贅沢な時間を過ごせる。一つ一つをとっても世界中でここまでのサービスを提供する施設はそれほど無いだろう」


「なんだかそこまで手放しで褒められると照れますね」


 思っていたよりも持ち上げてくる副議長の言葉にエリクは照れる仕草をした。


「だが、このホテルには欠点があるようだ」


 副議長の目つきが鋭くなる。

 周囲の人間達も副議長の声色が変わったことで動揺を見せた。


「……これまでの案内で不満の声は特になかったと思うのですが?」


 ここまで招待客達は満足している。エリクは副議長の質問の意味を問い返すと。


「入場して身綺麗にする魔法具。空間拡張の魔道具。超高級家具に超高級食材。確かに素晴らしい物が揃っている。だが、エリク君は経営というものをわかっていないようだな」


「というと?」


「確かに満足度で言うならば世界中のどのホテルよりも上だ。だが、このホテルは維持費がかかる。エリク君はこのホテルの宿泊費をいくらにするつもりなのかな?」


 副議長派そういうとエリクの反応を見るが、エリクは特に返事をしなかった。


「ここにこのホテルの費用を私なりに計算した資料がある」


 副議長はその資料をエリクへと渡した。


「私が計算したところ、前年通りの観光客を呼び込めた場合で収支が横ばいになるのは1名あたりの宿泊費で銀貨75枚というところ。利益を出すのなら金貨1枚が必要になる」


「き、金貨1枚じゃと?」


 議長が焦り声で叫んだ。

 その声を聞いた他の人間達もざわめき始める。


「帝国の一流ホテルは平均して1部屋あたりは銀貨50枚。他国もこのクラスのホテルは同じようなものだ」


 実際にその手のホテルに泊まったことのある人間が頷く。


「どうでしょうか? 皆さんの中に金貨1枚を払ってこのホテルに宿泊する方はいらっしゃいますか?」


 確認をしてみるが、その表情は先程までと違い険しい。金貨1枚といえばこの場の人間たちにとってもそれなりに大金だからだ。


「このホテルを維持するには今言ったとおりの金額を徴収しなければならない。だが、現実問題としてこの島の人間もそれだけ支払うのは不可能だ」


「確かに。値段設定が高ければいくらサービスがよかろうが利用できない。もし出来たとしても頻度は下がるだろう」


 議長が顎に手をやり副議長の言葉を検討した。


「更にもう一つある」


 副議長はエリクに対し、自分が気づいた点を遠慮なく指摘した。


「現在、星降りの夜が終わってしまいこの島はアピールポイントが無くなっている。金銭面をクリアした観光客が訪れるにしてもホテルの良さを知ってもらうタイミングが無いのだ」


 一度泊まってもらえればこのホテルのサービスが最上級だということは伝わるだろう。

 だが、今は周辺各国から訪ねてくる観光客がいないのだ。


「長く経営していくには島外からの来客は不可欠。だが、島外の人間を呼ぶ方法がない」


「た、確かに……集客できなければこの施設に意味はない」


 次第に動揺が広がっていく。完璧かと思われたこのホテルだが、客に滞在してもらわないことには意味がない。副議長の指摘で全員がそのことを認識した。


「つ、つまりこのホテルは……」


 議長がゴクリと唾を飲み込むと。


「おそらくオープンと同時に赤字がかさみ閉鎖になるかと。そしてその借金を彼は背負うことになる」


 全員の視線がエリクへと集中する。その表情は先程まで称賛を称えていたものではなくはれ物に触るようだった。


 やがて、一人の議員がぽつりと漏らす。


「全く、どれだけのものを作るかと思えば所詮は学生の浅知恵か」


「肝心の金勘定が抜けているとはなんと愚かな……」


「この責任は重いですな」


 否定的な言葉が漏れる。副議長派が主なのだが、中には議長派からもそのような言葉が投げ出されていた。


 エリクは冷めた様子でそれらを見ていた。

 非難が広がり、とうとう議長までもがこの企画を見限ろうとしたところ……。


「この愚か者どもがっ!」


「えっ?」


 副議長の言葉に驚き声が漏れる。


「貴様らは恥ずかしくないのか、努力した者をあざ笑いおって!」


「し、しかし使えぬホテルに意味はありますまい。エリク君にはこの責任を取ってもらうしか……」


 一人の議員が副議長にそういうと……。


「責任だ? 少年少女に事を押し付けておいてそのようなことを。恥を知れっ!」


「ひいっ!」


「一体どれだけの人間がここまでやれるというのだ。計画に甘さがあったのは責任がある。だが、彼等は誰よりもこの島のために奮闘したのだぞ」


 実際、ここまで用意できる人間がどれだけいるのか、副議長は今回の件でエリクとイブの力量を認めた。そして……。


「ここからは全員で知恵を出し合うのだ。なんとかこのホテルを生かす方向で検討をすればまだ間に合う」


 必死の形相でエリクに助け舟を出そうとする副議長。

 そんな熱い思いをぶつける副議長にエリクは……。


「あの……ちょっといいですか?」


「何かね? 今こいつらから予算をふんだくるから、エリク君との打ち合わせはそのあとにでも」


 周囲の人間を掌握して金を集めようとしている副議長にエリクは言った。


「僕の計算だと赤字にならないんで平気ですよ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る