第165話リゾートホテル体験その④

「それにしても凄まじい豪華さですな」


 あれから、アミューズメント施設の案内が終わり、招待客達はいったん宿泊施設へと案内された。

 残りの施設はまだ準備ができていないらしく、ディナーの後になるらしい副議長派はこの機会に話し合いをすべく部屋へと集まっていた。


「この部屋は恐らくVIPを招くための特別な部屋なのだろうが、冷暖房の備わった魔道具。最高級の家具。貴族でも簡単に揃えられない調度品だ」


 この日のためにイブが買い付けてきた家具だ。品の良さを優先しているので副議長が考えているほどには費用はかかっていない。


「本当に、いったいどのような伝手があればここまでホテルを短時間で作り上げることができるのやら……」


「ただの学生ではなかったということか」


 イブの素性に関しては副議長達も調査したが手掛かり一つなかった。

 それも当然。イブという人物はアスタナ島にエリクが来るまで存在していなかったのだから。


「おそらくは大商家の娘あたりでしょう。子供だけでここまで用意することは不可能です」


 これまでの魔道具や魔法具をこれほど揃えるには人と資金が必要だ。あらかじめ用意してあったと疑ってしまうのは当然だ。


「そういえばバンハーグ。お前、レストランに口出ししていたな?」


 先程のイブとの会話を聞いていた議員の一人がバンハーグへと話題を振る。


「もしかして一人だけ抜け駆けするつもりなのか!」


 これほどのホテルだ。成功した際に一枚噛めれば利益は大きい。議員はバンハーグが副議長を裏切って一人だけエリク達に取り入ろうとしているのではないかと非難した。


 だが、バンハーグは真剣な表情をするとその議員に向き合う。


「ここのレストランはな。あと一歩で完成するのだ。俺はこの島の議員であると同時に世界屈指の食通だ。そして食通としての評価が告げている。このままでは勿体ないと。信じられるか? あれほどの食材が集まっているのだぞ。一流の料理人があれを料理した時の味を俺は知りたいのだ」


 先程までの料理の味が思い出される。ただでさえ素晴らしかった味の更に上がある。バンハーグからそう聞かされてそれを味わいたいと全員が思ってしまった。


「そ、そうだ! ガイアスもいたく感激していたようだぞ?」


 このままでは不味いと思ったのか議員は矛先を変える。


「何を言う! 俺はただ客としてここに通うつもりなだけだぞ?」


 憮然として言い返すガイアス。


「ふん、よく言うわ。自分の影響力を知らぬわけでもあるまい。この島で長く探索者として活躍していた貴様が通ってるというのは若手から中堅探索者にとって最高の宣伝になる。おおかたあの若造から賄賂でも受け取ったのであろう?」


 そう探りを入れる議員に。


「馬鹿な……。良いものを良いといって何が悪いと?」


 ガイアスはこれで実直な男。そういった賄賂で動かぬことは副議長が一番よく知っている。


 その場に険悪な空気が流れる。その空気を断ち切ろとしたのは一人の探索者だった。


「まあまあ、落ち着いてください。私たちが争ってもしかたないじゃないですか」


 髪は艶々し、肌はピカピカとしている。全身から良い香りを漂わせながら間に入った女性探索者に女性議員の一人が……。


「あなた……随分と綺麗になったきがするのだけど?」


「えっ? そうですかね? えへへ。実は女性専用フロアでスパ体験をさせてもらったんです。温泉にサウナにマッサージ。ドリンクも凄いんですよ。サキュバスの涙なんて初めて飲みました。おかげで全身の疲れもなくなってすっきりしましたよ」


「ずっ! ずるいじゃないの!」


 あまりにも羨ましい体験に女性議員は怒鳴りつける。それと言うのも、彼女は副議長についていったのでホラー体験をさせられたからだ。


「へっ? でも私にそっちに行けと言ったのは議員さんじゃないですか」


 ルートが分かれると言われたときにそう指示をしたのは女性議員だ。だが、同じ体験でも相手が優遇されているのが気に食わなかった。思わずヒステリックに言い返してしまう。


 部屋中で言い争いが起こる。既に議論どころではなく怒号が飛び交うのだが……。


「お前達その辺にしておけ」


「副議長」


 沈黙を破って副議長が諫める。すると部屋の中はぴたりと静まり返った。


「確かにどれも素晴らしい施設かもしれない。だがこのホテルには欠陥がある」


「おおっ! 流石副議長。我々が圧倒されている間にもそんなところに気づくとは」


「お聞かせ願えますかな? その欠点とは?」


 副議長の言葉を待つ議員達。副議長は全員を見渡すと言った。


「良いか。このホテルの欠点というのは――」








「ああ~、しんどっ!」


 どっかりとソファーに身体を預けたタックは天井を仰ぎながらぼやいた。


「行儀が悪いですよタック王子。他の皆さんみたいに休憩してください」


 マリナの言葉にタックは眉をひそめる。


「仕方ねえだろうがよ。慣れねえことしてるんだからよ」


 タックやマリナを含むこの場のメンバーは先ほどまで招待客の接客をしていたのだ。施設のあまりの好評っぷりに予定をオーバーして働いたため疲れが溜まっていた。


「確かに。タックに接客は難しいかも?」


「それは言えてますね」


 エリクの言葉にマリナが頷く。本人の大雑把っぷりもあってかそう判断するのも無理はない。


「てめぇら。覚えてろよ」


 タックが怨嗟の視線を向けていると。


「せんぱーい。よくそんなことが言えますねぇ?」


 イブのどすの効いた声が聞こえる。


「あん? 何かあったのか?」


 イブは冷めた瞳でエリクを見つめると。


「せんぱいってばお客さんに出しちゃまずいメニューを出したり、予定にない映画を上映して怖がらせたんですよ」


「出しちゃまずいメニューって?」


 ルナが興味深そうに食いついてくると……。


「ほら、これだよ」


 エリクはよくぞ聞いてくれたとばかりにナットウを取り出す。


「これは……ありえないですね」


「うん? 拷問用か?」


 マリナが嫌そうな顔をしてタックはこれを食材とすら見ていなかった。


「その言い方は酷いと思うぞ。ちゃんとした食べ物だし」


「いや、どう見ても腐ってるし」


「こんなの王族に出したら打ち首ですよ?」


 エリクの弁解むなしく二人はおざなりに手を振った。


「ほらせんぱい。やっぱり受け入れられないじゃないですか」


 イブが勝ち誇った顔をすると。エリクは悔しそうな顔をするのだが……。


「はぁ。僕は好きなんだけどな」


 自分が好きな食べ物を受け入れられなかったのでエリクは若干へこんだ様子を見せた。


「エリク」


「ん?」


 ちょいちょいと肘をつつかれたエリクはルナの方を向く。


「それ食べさせて」


「ルナ本気ですかっ!」


「まじかよ……」


「無理しなくていいんですよ?」


 マリナとタックとイブが驚きの声を上げる。


「無理に気を使わなくていいよ」


 エリクもこれほど皆に言われては折れるしかない。若干不貞腐れた様子を見せるのだが……。


「無理していない」


 ルナは首を横に振る。


「じゃあ、どうして?」


 エリクの問いにルナはこう答えた。


「ルナはエリクが好きな物を知りたいだけ」


「「「なっ!」」」


「ルナ……おまえ」


 エリクは感動するとスプーンを取り出しナットウを掬う。

 そしてルナは目を閉じると雛が餌をねだるように口を開けた。


 全員が見守る中、エリクはナットウをルナの口に入れてやる。


「………………………………」


 ルナが咀嚼をする。


「どうかな?」


 エリクが期待交じりの視線を向けるとルナはナットウを飲み込むと答えた。


「うーん、凄く美味しいわけでは無いけど食べられなくはない」


 期待していた評価ではない。だがエリクは嬉しそうな顔をすると。


「そっか……まあ、それでも食べてくれて嬉しいよ」


 そうお礼を言う。他のメンバーからぼろくそに言われたのを救われた気がしたからだ。


「せんぱーい。そろそろディナータイムですけど……」


 イブが何かを言いたそうにエリクへと近づき耳打ちをする。


「副議長があの問題に気付いたようですよ」


「なるほどね。流石は副議長だ」


「どうするんですか?」


 この先の方針を聞いてくるイブにエリクは。


「聞くまでもないだろ? 予定通りに進めよう。例の施設を開放しておいてくれ」


 エリクは不敵に笑うのだった。

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