第164話リゾートホテル体験その③

「まったくっ! なんてことするんですかっ!」


 イブは壁際にエリクを追い詰めると至近距離から非難した。

 上目で睨みつけてくるイブは客観的にみても可愛らしく、大半の人間であれば罪悪感を募らせたことだろう。


「いや、まあ試さないとわからないこともあるかなって。それに最終的に気に入ってくれたから良かったじゃないか」


 だが、エリクは特に動じることなく言葉を返した。実際、バンハーグも最初は驚いたようだが、最終的にはナットウの味を認めたのだから。


「そんな結果論で言わないでください。ここの立ち上げに失敗すると大きな損失なんですよ?」


 投資した金額を考えると普通なら絶対に失敗したくない事業なのだ。


「そうだよな。悪かったよ」


 自分が悪乗りしすぎたことに気づいたのかエリクが頭を下げる。


「マスターのそういう素直なところ、イブは好きですよ」


 エリクが謝ったことでイブも溜飲が下がったのか言葉を引っ込める。


「それに、マスターならこの程度の資金なんてあっという間に用意できますよね。怒鳴ってしまって申し訳ありませんでした」


 たとえ事業に失敗しても資金調達は簡単なのだ。そう考えるとたいしたことではないとイブは思い直した。


 冷静になり深々と頭を下げる。そんなイブの態度にエリクは手を差し出すと頭を撫でた。


「マスター?」


 不思議そうな顔をするイブ。無抵抗でエリクに撫でられていると次第に嬉しそうな顔をする。エリクは暫くそんなイブを撫でてから手を離すと。


「それじゃあ、引き続き案内をしようか。ここからは二手に分かれるんだったよな?」


 招待客たちにはしばらく寛いでもらっている。

 エリクとイブはその様子を見ると次の施設に案内するのだった。



     ★



「ここは女性専用のフロアになります」


 あれから食事を終えた招待客をイブとエリクはアミューズメントフロアへと案内した。


 アミューズメントフロアはこの世界にはない娯楽を多く導入している。

 まずイブが行ったのはそこで女性専用フロアに行く人間の参加を募ることだった。


 そして名乗りを上げた女性陣をここへ連れてきたのだ。


「皆さんにはここでスパ体験をしてもらいたいと思います」


 彼女たちは現在バスローブに身を包んでいる。


「スパ体験?」


 若い女の探索者が首を傾げる。


「ええ。温泉やジャグジーにサウナなど、他にマッサージまで。日頃の疲れを取り除き、体のメンテナンスを行うのが当施設の目的です。温泉は浸かるだけで体力と魔力が回復していく効能から肌もすべすべになります。他にもサウナでは代謝を高めるハーブを噴射していますし。マッサージの際には高級オイルを使用して専属のマッサージ師を配置しております。また飲み物にかんしてもかの有名な【サキュバスの涙】であったり【ラミアの雫】が用意されており汗をかく合間の水分補給としてお飲みいただけます」


 イブの説明に招待客が唖然とする。


 今あげたものは超高級品で、手に入れるのにそれなりのお金を積む必要がある。

 特にサキュバスの涙は催淫作用があるものの、飲めば美しくなれるといわれており女性にとっては垂涎の品なのだ。


「ほ、本当にそんなものまであるのかしら?」


 食いつきの良いその言葉にイブは微笑みを返すと。


「それを知るためにこれから一緒に体験していただきましょうかね」


 自身も身に着けていたバスローブを脱ぐと、招待客達を連れて温泉へと向かうのだった。


     ★


「さて、ここからは僕が案内させて貰いますね」


 一方その頃。エリクは残された招待客を引き連れると別な場所に来ていた。


「皆さん十分に食事を摂られたと思います」


「そうだぞ。ここの料理は美味すぎだ! 腹がパンパンだよっ!」


 何人かの議員が砕けた様子でエリクに声を飛ばす。

 エリクはその人に笑みを返すと。


「食後となると少し体を動かしてみたくなりませんか? ここには色々な遊具を用意してあります。もしよろしければお使いください」


 バスケットやフットサルなどのゴールであったりボーリングやビリヤードにダーツなどなど。

 ここにはエリクが思いつく限りのスポーツ競技が用意されている。


「やり方については各場所にスタッフがおりますので教わってください」


 そう水を向けると、タックやマリナにロベルト。後輩達が手を振って準備ができている返事をした。


 招待客達も初めて見る競技に興味津々で説明を聞いてはそれに興じていく。


 この場の招待客は大体が探索者か元探索者なので身体を動かしながらゲームのルールを聞くことでどんどんとのめりこんでいった。


「コホン。済まないがエリク君。俺は膝をやって探索者を引退したのでな、彼らは楽しめるかもしれないが激しく動けないのだよ」


 そういってきたのは副議長派のガイアスという男。

 今度も施設にけちをつけるために出てきたのだが……。


「ああそれなら、ちょうど良い場所がありますよ」


 エリクはそんな思惑を知らないのか、笑顔でガイアスに返事をした。




「ここは何なのだ?」


 エリクの言葉が気になった副議長。副議長の言動が気になった議長。その他にも運動に興味が無かった招待客がついてきた。


「ここはシアタールームです」


「なんだねそれは?」


 目の前には間をあけてソファーがいくつも並べられている。そしてソファーの横には低めのテーブルが置かれていることからここに座ってくつろぎながら軽食やお酒を楽しむのだろう。


 大抵の人間はそう考えたのだが……。

 

「歓談をするにしては全てのソファーが同じ方向を向いている。これでは話すのには不便だし。何より天井の形がおかしいな」


 天井は斜めになっており、ちょうど腰掛けると正面に天井が来るようになっていた。


「今から皆さんにはここで映画鑑賞をしていただこうかと思っています」


「映画鑑賞?」


「こちらを使ってそちらのスクリーンに映像を出しますので、寛いでお待ちください」


「それは……映像を記録する魔法具だな? また金を掛けたものだ」


 副議長がエリクの手に持つ魔法具を確認した。

 これはこの世界でもかなり貴重な魔法具でその場であったことを記録することができるアイテムだ。


 エリクはイブに頼んでこれを入手してもらった。その理由とは…………。


「お? 部屋が薄暗くなっていくが……」


「映像に集中してもらうためなのでお気になさらずに。あと、最初は驚くかもしれませんが危険は一切ありませんのでご安心くださいね」


 そういうとエリクは昔見た時代劇を流し始めるのだった。





「いや……本当にびっくりだ。まさかあのような気概の人間がいるとは」


「全くですな。身分を隠して市政の不満を聞き悪を討つ。悪が退治された瞬間スカッとしました」


「このインローが目に入らぬか!」


 ひとまず最初の話が終わり、部屋の明かりを調節すると招待客達は堰を切ったように話し始めた。

 話している内容は先ほど見た時代劇のシーンについてだ。


 勧善懲悪の解りやすいストーリーが受けたのか、誰もが興奮を隠せずにいる。


「き、君っ! 続きはあるんだろう?」


 この時代劇映像はエリクの記憶をイブがサルベージして幻惑魔法で再現したものだ。それをそのまま使うと能力がばれるので、記録の魔法具を使って再生している。


 トリミングが甘かったのか、次回予告まで映してしまった為、ガイアスを含めた招待客達は続きを渇望していた。だが……。


「この続きはまだ用意できてません」


「なん……だ……と……?」


 エリクがそういうと絶望の表情を浮かべるガイアス。それと言うのも録画にはそれなりに時間がかかるので今回その時間がとれなかったのだ。


「ですがそうですね……プレオープンが落ち着いた頃には用意できますので、もしよかったら来ていただけたらと」


 だがエリクはふと思いつくとガイアスにそんな提案をする。


「来るっ! 何をおいてもここを利用させてもらうぞ!」


「お、おいっ!」


 妨害のことなど忘れたとばかりに興奮するガイアスに他の議員が窘めるのだが。


「俺は決めた。ここの施設を徹底的にバックアップしてやる。そして毎日ここに泊まってシアタールームに居座るのだ」


「それはありがたい。ご協力よろしくお願いします」


 目の前で陥落した副議長派の議員を議長はポカンと口を開けてみていた。

 堅物で有名でこれまで自分の陣営に引き込もうとしても首を振らなかった男がこうもあっさりとエリクの手に落ちたのだから。


「まさかこの年にしてこのような衝撃を味わうことになるとはな。君には感謝しかない」


 そう手を握ってくるガイアスにエリクは……。


「そう言ってもらえるとこちらも嬉しいです。そうだ、今の続きはまだですが、もう一本流せる映画があったんです。どうせならそちらも見られますか?」


「無論だ!」


 なんだかんだで映画にはまったのはガイアスだけではない。他の招待客達もきっちりとソファーに座り次の映画が流れるのを待っていた。


「それじゃあ、ごゆっくりどうぞ」


 暗くなるシアタールーム。

 期待に目を輝かせる観客達。エリクはそんな観客をしり目に部屋を出る。


 映像を流すのは魔法具なのでその間に休憩をするつもりだ。


「そういえば……」


 部屋を出てから気づく。


「もう一本の内容ってなんだっけ?」


 イブに頼んで記憶からサルベージして録画しておいてもらったので、エリクは内容を知らない。


「まあ、この世界の人なら映画みたいな娯楽はなんでも面白いと思うだろうからいいか」


 絶対にうけることが約束されているのだ。エリクはゆっくり休憩を取りにいく。先程は給仕に専念していたので食事がまだだったからだ。


 それから映画が終わる頃を見計らって戻ったエリクが見たのは…………。




 ホラー映画で恐慌を引き起こしている招待客の姿だった。

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