第163話リゾートホテル体験その②

「こちらがレストランフロアです」


 招待客全員をクリーンで清潔にしてから、イブは意識を取り戻した皆を引き連れてホテルの目玉の一つ、レストランフロアへと案内した。


「これは……一度に大量の客に対応できるぐらい広いな」


 その場には多くのテーブルと椅子が並べられており、大規模パーティーを開けるほどに広いスペースが確保されていた。


「この施設の利用方法を説明しますのでどうぞお座りください」


 イブに促されると議長も副議長もそれぞれの派閥の人間を引き連れて椅子へと座った。


「メニューが無いようだな」


 椅子に座りテーブルを見てみるがそこにはメニューが置かれていない。

 レストランというからには注文を受けなければならないのではないか?


「当ホテルはビュッフェスタイルを採用しています」


 言葉を聞き取ったからなのか、イブは早速説明を開始した。


「ビュッフェスタイル?」


 議員の一人が首を傾げる。


「そちらの壁の方をご覧ください」


 イブは手を傾けると壁の一角を指す。

 すると招待客もそちらへと視線を向けた。


「おおっ! あれは!」


 誰かの驚きの声が漏れる。

 何故ならフロアの壁に面する場所にはずらりと料理が並んでいたからだ。


「あちらには世界中で作られる料理が用意してあります。ビュッフェとはあらかじめ用意されている料理をお客様が自由に好きなだけ取ってきて食べる方法のことです」


「なるほど、これならば給仕にそれ程人数を裂く必要がないわけか」


 給仕の教育もメニューに対する知識も最小限で済む。プレオープンとはいえ結構な人数を招待しているので良い訓練になるだろう。


 議長の称賛の声に周囲も納得し掛けるのだが……。


「しかしどうかな?」


「何か気になることでも? バンハーグ議員?」


 副議長派の議員のバンハーグが水を差す。


「いえいえ、確かに画期的な方法だと思いますよ。ですが、肝心の味が良くなければ意味はない。このアスタナ島でどれほどの料理でもてなすことができるのか。私は気になるのですよ」


 バンハーグ議員は食通ということで有名だ。

 探索者を引退してからは定期的に色んな国へと赴いてはその土地の食べ物を楽しんでいる。


 そんな彼の言葉だからこそ、周囲も耳を傾けた。


「知っての通り、アスタナ島は大陸から隔離された場所。山に入れば野菜や肉も手に入るだろうが、その素材の味は保証されていない。私を含めここにいる何名かは国外の料理を食べつくしている。そんな我々を満足できる料理が果たして提供できるのか?」


 元々バンハーグはここでケチをつけるつもりだったので、用意していた言葉が饒舌に出る。周囲も「確かに」といった空気を醸し出し始めた。


 いよいよ議長が苦い顔をし始めた時。


「ええ、きっと満足いただけるとおもいますよ」


 イブはなんら気負うことなく言ってのけた。




 




「なるほど、確かに料理の種類は多いようだ」


 バンハーグが代表して料理を取りにいく。

 そして獲物を物色するように並んでいる料理を嘗め回すように見ると……。


「肉類に関しては恐らく輸入した中で高級品を使っているのだな。味に関してもまあ保証できる範囲だ。だが、農産物に関してはこの島の土地柄鮮度を期待できない。更に言うならミルクやバターなんかもごく普通の品質だろう」


 流通に詳しいのか、即座にこの島の弱点をあげつらねるバンハーグ議員。彼らもこの島での日ごろの食生活に不満があるのだ。


「そんな食材で作った料理や菓子が美味いはずがない。なにせ私は国外で本物の味を知っているのだからな」


 他の議員達ならば騙せたかもしれない。そんな落胆を浮かべながらもバンハーグはそこにある料理を皿に盛りつけて席に戻る。


「まあ、皆が私の評価を待っているようだ。こんなありふれた料理で腹を満たさねばならないのは残念だがあまり待たせては他の招待客を餓死させてしまう。さっさと評価するとしようか」


 その嫌味ともとれる言葉にイブは微笑みを絶やさず見ていると、バンハーグ議員は料理を口にした。すると…………。


「……………………………………」


「バンハーグ議員よ。どうしたのだ?」


 完全に固まっているバンハーグ議員の肩を副議長が揺する。


 次第に汗が噴き出し口を動かしたバンハーグ議員。


「これはっ!!!! 美味すぎる!!!!!!」


 ものすごい勢いでフォークを突き出すと皿に盛りつけられた料理を食べ始めた。


「まずこの野菜だが、一体どうして。収穫のタイミングが完璧すぎる。野菜が育ちきった瞬間に収穫したかのような鮮度で、これまで食べた中で間違いなく最高の野菜だ。更にこのお菓子。バターもミルクもただの品質ではない。これは……恐らくだがゴールデンシープから採れた乳を使っているのだな? そして極めつけはこの肉だ。品質そのものはそこそこ高い物を使っているのだろうが、ソースに感じるこの風味……。未だかつてこのような味は体験したことが無い。私が知らない特別な調味料でソースを作っている?」


 周囲の人間もバンハーグ議員が美味しそうに食べる様子を見て生唾を飲み込む。


「そこの支配人。このソースの秘密はなんなのだ?」


 イブは微笑むと給仕に合図をしてあるものを持ってこさせる。


「うん、この黒い水はなんだ?」


「こちらはショウユという調味料です」


 バンハーグは小指をつけるとショウユを舐めてみた。


「これは……なんとも深い味わいだな。そうか、ソースを作る時に混ぜ込んだのだな?」


「正解です。こちらのショウユですが、最近開発したものでこの島に自生しているダイズを元に作っております」


「なんと……そのような植物があったとは……」


 長年この島に住んでいたのに新しい味の可能性に気付いていなかった。バンハーグ議員は驚きを露にすると……。


「どうぞこちらもお試しください」


 イブはトレイに幾つかの料理を持ってきてテーブルに並べた。


「これは?」


「ダイズを調理したトウフと言う料理と、クラーケンの身を切ったものです。どちらもショウユをかけて召し上がり下さい


「馬鹿なっ! 生で食えというのか?」


 海鮮類は塩漬けにすると決まっている。生の海鮮類なんぞは一部を除いて生臭くて食えたものではないからだ。だが……。


「なん……だ……と……」


 バンハーグ議員も出された皿に手を付けないわけにはいかなかった。彼にも食通としてのプライドがある。そしてトウフと刺身を食べた時、評価が変わった。


「これは……トウフはほのかに甘く、クラーケンの身はしゃっきりとした歯ごたえに噛みしめるたびに豊かな海の味わいが口いっぱいに広がる。こんな食べ方があったとは……」


 感動に酔いしれているバンハーグ議員をよそに。


「くっ、もう我慢できないっ!」


 あまりにも美味しそうに食事をするバンハーグ議員の姿に我慢できず、他の招待客達も我先にと料理を取りに駆け出して行った。






「君。一つ良いかな?」


 食事を終え、賢者のごとく悟りを開いたバンハーグはお茶を飲みながらイブに話し掛けた。


「はい、なんでしょうか?」


「野菜も果物もショウユも素晴らしかった。私がこれまで生きてきた中で最上の素材を味あわせてもらったよ」


「お褒めにあずかり光栄です」


「だが、素材が素晴らしすぎて隠れがちだが、料理人の腕が素材に対して負けている」


 今の料理の評価はあくまで素材の良さによるところが大きい。普通の人間では気付けないがバンハーグはそのことを指摘した。


「そうですね、こればかりは料理スキルを持つ人間を探すのに時間が足りませんでしたから」


 スカウトしようにも島内では限界がある。

 現在の料理はイブとエリクが雇った人間に一から教え込んだものだ。


 副議長派のバンハーグ議員はそこを突いてきた。イブはどう切り返そうか悩んでいる。

 うすうすだが議長と副議長が対立していてその抗争に巻き込まれているのを感じていたからだ。


 バンハーグが副議長派でこのホテルの失敗を願っているのは知っている。なので早急に手を打つ必要があると考えていると……。


「もしよかったら私の知り合いの料理人を紹介しよう」


「えっ? 宜しいのですか?」


 思わぬ提案にイブは目を丸くした。バンハーグは副議長派。失脚を願っているんではなかったのか?


「勿論だ、島の未来に投資する可能性が見えたのにそこで手を差し伸べぬのはそれこそ裏切りになる。もっとも、これ程の手回しができる君のことだ、既に準備は整っているのかもしれぬがな」


「いえ、そんな……。その申し出ありがたくお受けします」


 実際、国外の料理人を引っ張ってくる話も出ていたが、島内に協力者がいるのならそれに越したことはない。


「そうか、こちらとしても美味しい料理を毎日食べられるならそれに越したことはないからな」


 先程までとは違って笑って見せるバンハーグ議員。その姿はどこにでもいる恰幅の良いおじさんだった。

 食後のなだらかな雰囲気が二人に流れ始めたのだが…………。


「おっとソフィア。まだ最後の一皿を出していないじゃないか」


 そこに現れたのはエリクだった。本来彼の出番はもう少し先になるはずだったのだが、何やら藁を持っている。


「せ、先輩っ! ここは立ち入り禁止にしましたよね?」


 慌てた様子のイブにバンハーグは興味を持つ。


「君は……?」


「このホテルの副支配人のエリクです」


「せ、先輩何をっ!」


 自己紹介をするエリクをイブは慌てて止める。


「なに。このバンハーグ議員は食通で有名らしいからさ、ぜひこれを食べてもらって評価を聞きたかったんだ」


「それはこの国の人達にはまだ早いって言ったじゃないですか! イ……私だって苦手なんですからここでお披露目はやめた方が……」


 必死な様子でどうにかエリクを引かせようとするイブだったが…………。


「ふむ、まだ味わったことが無い料理があるのか? 君、構わないから出してくれたまえ」


 バンハーグの興味を前にその意見は一蹴された。


「さすがバンハーグ議員様、話がわかる。これは画期的ですよ?」


 皿の上に藁を置くと藁を広げて中を見せる。


「き、君……。これは?」


 冷や汗をだらだらと流し始めたバンハーグ。なぜならその中身はどう見ても腐っていてねばねばと糸を引いていたからだ。


「ナットウという食べ物です。美味しいですからさあ召し上がってください」


 この世界の人間には明らかに腐っている食材は受け入れられない。

 前世の知識があるエリクは平気にしても、イブにしたって食べるのに抵抗があるのだ。


 知識がないバンハーグ議員には毒を出されたようにしかみえない。

 エリクはスプーンでナットウを掬うと議員の口元へと持っていく。


「さあ、おあがりよ」


 目の前に迫る糸引く恐怖の物体それを前にバンハーグ議員は今日一番の悲鳴を上げるのだった。

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