第162話リゾートホテル体験その①

「それじゃあ、今から超高級リゾートホテルをプレオープンしますね」


 皆の前に立つのは満面の笑みを浮かべたイブだった。

 彼女は本日オープンするホテルのオーナーで、招待客をもてなすホステスとしてこの場にいる。


「今日こうしてお披露目できるのは、エリク先輩を筆頭に多くの方に手伝ってもらったからです。是非是非楽しんでいってくださいね」


 普通ならだれもが見惚れる笑顔なのだが、今日に限ってはそうはならなかった。


 なぜなら……。


「嘘……だろ?」


「なんだこの建物は。豪華な建築材料を惜しみもせずに……」


「一体いくらかかってる? 島の運営費の何割だ?」


 何故なら招待客達はオープンとともに取り払われたカーテンから現れた建物に驚いていたからだ。


 建築材料は魔力を吸収して淡く光る【魔理石】だ。鉱山などから採れるレア鉱石で、城など権威を示すような場所で好んで使われる材料なのだ。


「それにあの意匠が施されたドアはオリハルコンだぞ……」


 入り口前には両開きになる大きなオリハルコン製のドアが設置されている。よからぬことを企む輩が強行突破をしようとしても魔法はおろか、物理的に破壊するのも困難だ。


「本日はプレオープンということで、かってが解らないかと思いますので施設を一つ一つ案内させていただきます。まずは中へどうぞ」


 動揺が耳に入らないのか、イブは大量の汗を流す議員達を中へと招き入れた。





「おおっ! これは……天井が高いな?」


 建物の中に入ると招待客は違和感を覚えた。

 ドアを潜り抜ける際、よくわからない感覚が刺激された気がしたのだ。


「もしかして……拡張の魔道具を使っている?」


 この世界に存在する魔道具の中でかなり高価なアイテムで、空間を拡張することができる。

 魔導列車や魔導車などの乗り物全般に使われていて、外観から想像がつかないような快適な空間を作り上げることができる。


 貴族や王族の移動は内装や調度品、召使などが同乗するので必須アイテムだ。


 イブは周囲を見渡す招待客に声を掛けると自分へと注目させた。


「まずここがロビーになります。当ホテルは全部で4つの施設にわかれていて、各施設へはこのロビーから行くことができます。それぞれの施設名は通路に案内が出ておりますので、そちらを参照してくださいね」


 言われてみれば確かに、ロビーを中心として通路は4つにわかれている。

 それぞれの施設へ繋がる通路の壁には【レストランフロア】【宿泊フロア】【アミューズメントフロア】と書かれている。もう一つはまだ見せるつもりがないのか隠されていて何と書かれているのかはわからない。


「まずはカウンターでチェックインをしていただきたいと思います。その際にライセンスをお持ちの方はライセンスカードの提示をお願いします。お持ちでない方はゲストカードを発行いたします。こちらのカードは各施設を利用する際に必要ですので、失くさないように注意してください」


 イブの説明を聞くと、招待客達はカウンターへと向かう。

 その中には議長一派や副議長一派の姿もあったが、その表情は全て驚愕に染まっていた。

 しょせんは学生のお遊び程度とたかを括っていた。いや、そうでなくとも自分達が口出ししなければならない程度に未完成のものができあがると思っていたのだ。


「調度品は超一流。かの帝国にある上流階級のみに宿泊を許されているホテルクラスですな」


 議長派の議員がそっと耳打ちをする。

 絨毯や照明器具、その他の装飾に至るまで最高級品なのだ。


 しかもそれらの調度品は主張し過ぎることなく配置されていて、この空間に調和している。


「ふ、ふん。まあ内装は中々見事だが、肝心なサービスはどうだかな?」


 副議長派の議員がこれ見よがしに周りに聞こえるように言ってみる。


「よしておけ……」

 

 だが、それを嗜めたのは副議長だった。


「なっ!」


 副議長は議員の耳に顔を近づけると……。


「ここはどう見ても完璧だ。付け入る隙がないものに噛みつけばこちらの品位が疑われる」


「くっ!」


 悔しそうな顔をする議員。だが、はき違えてしまっては意味がない。

 今おこなっているのは視察だ。綻びがあるのなら指摘してやればよいが、批判ありきで考えては発展性がない。それに……。


「欠点ならもう見つけてある」


 副議長は苦い顔をするとそう言った。





「それでは、全員チェックインが済んだようなので次に案内させて貰います。本日の招待客の皆さまは、アスタナ島に住んでいる方のみです。なので手荷物はありませんので宿泊部屋には後程案内します。最初は他の施設を見ていただきます。まずはこちらへとお進みください」


 イブの案内の元、全員がぞろぞろとついていく。そこには一人掛け用のソファーがあった。

 イブはソファーに手を置くと皆に向かって説明を始める。


「当ホテルは清潔さを保つことを心掛けております。なので、チェックインを済ませましたらこちらの魔法具の利用をお願いしております」


「これが……魔法具?」


 一見すると高級品のソファーにしか見えない。そんな戸惑いが広がるとイブは笑みを浮かべた。


「どなたか説明のために協力していただけませんか?」


 まず誰かに使わせてそれから説明した方が早いと判断したイブは協力者を募ると。


「私が協力しよう」


 議長が率先して手を挙げる。


「ありがとうございます。ではそちらのソファーにお座りください」


 イブに促されるままにソファーへと座る議長。


「これで良いのかな?」


 議長はソファーに座るとイブに確認した。


「なるべく深く腰掛けて背中をあずけてください」


 イブの言葉に議長は従うと。


「さて、この魔法具の説明をします。これは【クリーン】の魔法が使える魔法具になります。【クリーン】とは着ているものも含めて身体を綺麗にしてくれる魔法です」


「そんな魔法具初めて聞くぞ」


「最近、ある国で発掘された魔法具らしくてまだ市場にそれ程出回っていませんから」


 疑問を浮かべた招待客に、イブは丁寧に説明をした。


「にしても、たかが身体を綺麗にするだけの魔法具? そんなものに金をかける必要があるのか?」


 魔法具は高価なものなのだ。ソファーは全部で12個あり、その全てにクリーンの魔法具が使われている。


 いくら超高級ホテルだからといって資金をかけすぎだろう。


「ふむ、この目の前の石が起動装置かな? それにしても、別に深く腰掛けんでも良いのではないか?」


 話の通りなら身体を小奇麗にするだけの効果らしい。議長が疑問を口にすると……。


「慣れない人の場合、あまりの気持ちよさに力が抜けて倒れてしまいますから」


「ハハハ……そんなバカな」


 冗談で言っていると思ったのか、議長は場を和ませるためにおどけて見せた。

 この時ばかりは議長派も副議長派も同調して笑って見せる。


 わざわざ目新しい魔法具を取り寄せてアピールしているイブが普通の学生のように見えたからだ。


「とりあえずここで綺麗にしてもらってからレストラン施設に案内しますから。順番にお願いしますね」


「わかったよ。それじゃあ早速…………な、なんだこれは……くぅっ!」


「議長っ!?」


 議員が声を上げる。それと言うのも、議長の身体から湯気のようなものが上がり始めたからだ。


「き、君っ! すぐに魔法具を止めるんだ!」


 ただごとではない議長の様子に議員はイブへと詰め寄った。


「いや、待て!」


 それを止めたのは副議長。彼は冷静に議長を観察していると……。


「なんだこの気持ちよさは……身体中から悪いものが抜けていく……天にも昇る心地ちよさだ……」


 恍惚とした表情を浮かべる議長。それを見た招待客達は目を大きく見開いた。

 先程までと違い、議長の肌や髪、服に至るまでまるで新品のようになっていたからだ。


「これは……凄い」


 思わず唸る副議長。

 イブはふと思い出したようにポンと手を叩くと。


「それでは他の人も利用をお願いします。なお、表情を見られたくない方は仕切りで囲ってある左半分を利用してください」


 クリーンの魔法は気持ちよすぎて恍惚とした表情になってしまいがちだ。

 招待客の中には女性もいるのでブラインドは当然の配慮だ。


 それから招待客は順番にクリーンの魔法を体験していくのだが、そのたびに艶めかしい声と身体が緩んでしまい、次の施設に案内するまでに多少の時間を要するのだった。








 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る