第161話準備万端

     ★


「何っ! 君達にも招待状が?」


「ええ、まさかとは思ったのですが……」


 議長はある封筒を前に腕を組んでいた。


「これ程の大仕掛けをした上で我々を招待するとは……」


 余程できに自信があるのだろう。これまでは進捗を聞いてもうんともすんとも言わなかったが、こうして招待状を送ってきたからには完成が近いらしい。


「話によると、副議長一派にも招待状が届いているとか」


「馬鹿なっ! けちをつけられて台なしになる可能性が高いぞ!」


 副議長はともかく、他の議員はどのような手段をとってくるかわからない。

 エリク達がどれほど素晴らしいものを用意しても印象操作をされては仕方がない。

 彼ら声を大きくして悪く言えば他の招待客もあらに目を向けてしまうだろう。

 そうなると、結果としてこの事業は破綻してしまう。


「盛り上げ役ならばこちらの陣営で用意するものを……」


 事前に話をしておかなかった自分のミスだ。議長がそう考えていると……。


「まあ、こうなっては仕方ありません。我々も出来る限りフォローをするということで。最初から完璧なものなどありませぬから。彼らは厄介なクレーム客として処理すればより良いものができるのではないでしょうか」


「そうじゃな、どのようなものができたかじっくりと視察させてもらうとしよう」


 議員の言葉に議長はそう頷くのだった。


     ★



「さて、大分形にはなってきたかな」


 僕は目の前を見ると自分の施した仕掛けに満足する。


「それにしても結構な資金を投入しましたからね。大変でしたよ、いろんなところで変装しつつオリハルコンを売り払いましたからね」


「ご苦労さん。イブにしかお願いできないことだからね」


「またそんなこと言って……。後でお礼を請求しちゃいますからね。せーんぱい?」


 他にも人間がいるので目を気にしてかイブは悪戯っぽい流し目を送ってくる。


「まあ、僕にできることでよければ聞くけどさ」


 これまでの手伝いでタックやマリナにルナ。それにセレーヌさんにはそれなりの報酬を支払う約束をしている。


 労働の対価に報酬を支払うのは間違いではない。

 特にイブは秘密を共有している気楽さもあってか、僕のやりたいことをすべて話している。


 そのせいで、その全てに応えるべく動き回っていたので、肉体的疲労も精神的疲労も他の比ではないのだ。

 そんな彼女だからこそ労う必要があると思って了承したのだが…………。


「冗談です。イブにとってはマスターの健康が第一なので。無理だけはしないでいただければ結構ですよ」


「僕は別に無理はしてないけど……」


 そう答えるとイブは僕と距離を詰めてきた。


「疑わしいです。アンジェリカさんのお母様の病気を治すときだって無茶してましたし。マスターはもっと自分を大事にしてほしいですよ」


 そう言うと鼻が触れそうになるぐらい顔を近づける。そして青い瞳で僕を観察する。

 整ったまつ毛が、染み一つない白い肌が、そして潤った唇が順に僕の視界に飛び込んでくる。

 男ならこれ程の美少女に至近距離まで迫られたらよからぬことの一つもするだろう。


「うーん、肌の色と発熱は少し高いですけど、確かにそれ程無理はしていないみたいですね」


「まあね、今回は他人の命が掛かってるわけでもなければ、どちらかといえば好き放題にやらせてもらってるから」


 人間、好きな作業をしているときは疲労に鈍感になるもの。

 今回の仕事だが、僕は完全にやりたい放題をして見せた。


「それにしてもこれ……多分ですけど、度肝を抜くことになりますよね」


「やっぱりそう思う?」


 これまで小出しにしていたつもりだったが、今回は大盤振る舞いをしたから。生半可なインパクトでは集客は見込めないと思った結果なのだが、確かにこうしてみると凄い。


「でもまあ、今回の手柄はイブに押し付けるつもりだし」


「まあ、その方が良いでしょうね」


 主導したのは僕だが、名目上の責任者はイブにしてある。

 魔道具や魔法具の調達から、施設の仕切りにかんしても。


 僕は裏方に徹しているので、周囲の人間もイブこそが支配人だと認識しているはずだ。


「さて、明日からのプレオープンだけど、関係者に招待状は送ったよね?」


「もちろんです、特にこの島に籍を置く人間に重点を置いて送りました」


 その言葉に僕は満足げに頷くと。


「よし、それじゃあ始めようか」


「はい。マスター」


 僕は目の前にそびえたつ建物を見ると言った。


「世界初の超高級リゾートホテルを……」

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