第158話クラーケン

「……なるほど、実績ですか」


「ああ、君の提案を断るのは申し訳ないが会議で決定してしまったのだ」


 議長の元を訪れた僕に彼はそうそうにそう言った。

 イブにライセンスを与えるためには何らかの実績が必要らしい。


 具体的に言えば僕らB級ライセンスが託された島の発展に貢献する。

 それが出来ればライセンスを与えられるという言質を取ってくれたのだ。


「そういう訳なので今回の話は無かったことに――」


「別に構わないんじゃないですか?」


「――は?」


「逆に言えば実績さえあれば他のお偉いさん達も了承してくれるんですよね?」


 口を大きく開いた議長に僕は笑顔で話しかける。


「あ、ああ。それが難しいというか、不可能だから私はこうして謝っているのだが……」


「今日は元々別件でお願いがあったんですけど、そういう事なら丁度いい。協力して貰いましょうかね」


 戸惑う議長をよそに僕はあるお願いをするのだった。







「それで、なんで俺らまで釣りをしなきゃならねえんだよ?」


 波の音が耳を打つ港にて僕とタックは釣りをしていた。

 濡れても良いようにラフなシャツに短パン姿と防具は身に着けていない。


 基本的に海で重い鎧は厳禁だ。万が一落ちた時に泳ぐことができないからだ。

 ましてやこの日差しである。温度管理の魔法が掛かっている防具ならともかく暑くて身に着けていられないというのが正直なところ。


「島の発展は僕らの仕事だからね。ここの釣りもその一環だから協力してもらおうかと思って」


 釣り糸に餌を垂らして海に向かって竿を振る。

 遠くでぽちゃんと音がするとまた静けさとともに風が吹き頬を撫でてくる。


 日頃のダンジョン漬けの生活とは違い、なんとも穏やかな空気だ。


 浜辺の方では水着に着替えたイブとセレーヌさん。それにマリナとルナが潮干狩りをしている。あちらは華があると言うか、可愛い女の子たちが笑顔で作業をしているのを見るのは何ともほほえましいと感じる。


「ときにタック」


「あん。なんだよ?」


 魚に餌を盗られてしまったのか、タックが餌を付け直しながら返事をした。


「この島に足りないものってなんだと思う?」


「……挑戦できるダンジョンは揃ってるし、訓練施設や授業なんかの施設も揃ってる。他に何かいるか?」


 首を傾げられた。どうやら不満はないらしい。


「というか答えを言え。どうせエリクの事だからもうわかってるんだろ?」


 タックからそう促されると僕は戯れる彼女たちから視線を外して浜全体を見た。


「この島に足りないのは【娯楽】だよ」


「娯楽だぁ? 充実した訓練施設とダンジョンがあるだろうが?」


「いやいやいや、ダンジョンも訓練施設も娯楽では無いからね」


 前世の記憶を持つ僕と違ってこちらの世界で生まれた人間はどうにも生き急いでいる感じがする。

 モンスターやダンジョンが存在するせいか、とにかくストイックに強さを追及して、貯めたお金も装備につぎ込むのだ。


 そんな生活をしているせいもあってか、娯楽と言ってもトルチェなどのボードゲームを嗜む程度で基本的にはずっと仕事や勉強ばかりしているのだ。


 もう一度浜辺を見る。閑散としている上に出店の一つすら見当たらない。

 これ程綺麗な海は前の世界のテレビでだって見たことが無いのに勿体ない。


「この前教えたビーチバレーは楽しかっただろ?」


「ああ、まあな。直接剣を交えた方が楽なんだが、ああいう柔らかいボールを使って戦うのは思い通りにならない部分もあって中々楽しめたな」


 タックが言う様に娯楽があれば楽しめなくはないのだ。なのでその辺を刺激してやればきっと観光客を取り戻すことができ…………。


「きゃあああああああああああ」


 女性たちの悲鳴を聞くと思考が途切れた。





「はっ、こりゃまた大物が掛ったもんだな」


 浜辺に駆け付けるなりタックが軽口を叩く。

 目の前には吸盤が付いた脚を動かしながら進んでくるモンスターがいた。


「クラーケンか……こんなのがいるとおちおち出店も開けないよな」


 あらかじめ知っておいてよかった。剣を抜くと僕は前を見る。

 前では水着姿の4人が武器を構えてクラーケンと戦っている。


 マリナは剣を使うので相性が悪く、クラーケンの触手に斬り込むタイミングがつかめない。

 セレーヌさんは補助魔法をかけた後は後方待機。イブはひとまず剣を構えて様子を見ていた。


「ルナ! 魔法は使うなっ!」


「えっ?」


 そんな中、火の魔法を使おうとしていたルナに僕は待ったをかける。


 その言葉がまずかったのか意識がそれたせいでマリナとルナが隙を見せた。


「ちょっ!」


 そしてその隙にクラーケンは触手を伸ばしマリナとルナを捕らえてしまう。


「やっ、やだっ!」


「うっ……ぬるぬるする」


 二人の悲鳴が聞こえる。


「お、おいエリクどうすんだよあれ?」


 二人の身体に触手を巻き付けているクラーケンをみたタックが動揺して僕に聞いてくる。


「相手は海のモンスタークラーケン。あの柔軟な身体のせいで剣や打撃で倒すのは不可能と言われているんですよ。エリクさんどうするつもりですか?」


 セレーヌさんから問われる。


「せんぱーい。どうして魔法使っちゃダメなんですか?」


 イブが近寄ってくるとそう問いかけた。


「そりゃ、火の魔法なんて使ったら鮮度が落ちるだろ?」


「なるほど……あれを食べるんですね?」


 流石はイブだ。僕の言いたい事が解ったようだ。


「それにしてもどうしますか? 海にいる以上、このままだと踏み込むのに十分な力は得られません。そうすると倒すのに時間がかかるので彼女たちは暫く触手に嬲られ続けることになるんですけど」


 目の前では今もマリナとルナがキャーキャーと悲鳴を上げているのだが、クラーケンもすぐに食べるつもりはないのか触手を動かしている。


「それなんだけど、ソフィアはバットとボールどっちの役をやりたい?」


「……そういう事ならバット役にします。ソフィアもあの触手にとらわれたくはないので」


「そう? それはそれでいい絵になると思うけどね」


 軽口を叩きつつ準備を開始する。


「お前らも早く手伝えっ!」


 浜辺で剣をふるうタックが怒鳴ってくる。


「タック。そこに立ってないでいったん離れろっ!」


 僕はタックに警告をすると。


「ソフィア行くぞっ!」


「はい。せんぱい」


 ソフィアがワールドから取り出した特大バットを振りかぶった。


「一撃必殺! エリクストライク!!!」


 なにやらよくわからない技名が叫ばれた。


 僕が飛び上がり足を後ろに向けると、イブはフルスイングでそれを足に合わせてきた。

 足とバットの面が合ったと感じた次の瞬間、衝撃を受けると僕はものすごい速度でクラーケンへと打ち出されていた。


「きゃあああああ……えっ?」


 マリナは悲鳴を上げるのを止めて信じられないものを見るように瞳を開かせる。

 僕は彼女と一瞬目が合うのだが、会話をしている余裕はない。

 なんせ敵が眼前まで迫っていたらからだ。


 チャンスは一度きりで一瞬の時間しか無いだろう。


 僕は衝突までの間合いを測ると剣を振った。


 すると次の瞬間、クラーケンの身体は真っ二つになる。


「よしっ!」


 確かな手応えに思わず声を漏らす。次の瞬間落下が始まる。


 僕はクラーケンを倒すとそのまま海に落ちるのだった。






「本当に信じられない戦い方ですね。まさかクラーケンを一刀両断にするなんて」


 あれから触手に絡まって溺れていたマリナを助けて浜辺へと戻った。

 ルナは近くにいたタックが助けたようで既に浜辺に上がっており海水をプルプルと払っている。


「まあ、上手くいって良かったよ」


 咄嗟のアイデアにしては良かったかもしれない。


「それにしても絶妙なコンビネーションでしたね」


 セレーヌさんが僕とイブの動きをそう評してきた。


「普通。あんな短時間で意思の疎通出来ない」


 ルナもじっとりとした視線を向けてくる。


「ソフィアとせんぱいの仲ですから当然です」


 何故か勝ち誇っているイブ。ひとまず目的を達成した僕は皆に向けて言った。


「とりあえずここでの目的は達成したから次の仕事に向かおうか」






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