第145話大豆発見
翌日になり、僕は一つの授業を受け持っていた。
それというのも学生達からB級ライセンス持ちの実力を知りたいと要望がでたらしく、運営側がそれに配慮した結果だ。
僕としても、島の改善案を出させられるよりは慣れてる仕事をする方が楽ということで引き受けた。
マリナやルナにタック、セレーヌさんも引き受けていたので、それぞれの科目で活躍していることだろう。
「じゃあ、ここにある材料を使って料理を作ってきてくれるかな。気になる点とかがあれば質問は随時受け付けるからね。今日一日で合格点に達する料理を出せたら単位をあげるよ」
僕が受け持ったのは料理だ。美味しいものについての判断は可能だし、ある程度のアドバイスもできる。
何より、黙って待っていれば美味しい物を食べられるので仕事というよりはお料理教室の味見係みたいなもの。僕は高みの見物を決め込んでいたのだが……。
「先生、ここの味付けについてなんですけど」
「ああ、それならこっちに柑橘系の果物を使った方がサッパリして合うと思うよ」
「先生、泡立ちのきめ細かさってどうやれば上手くいきますかね?」
「それはこうやって、全体にたいして円を描くように混ぜると……」
「先生、肉を焼く温度ってこのぐらいでしょうか?」
「うんいいね。上下に焦げ目をつけた後はこうして包み込むことで余熱で中まで火を通すんだ」
気が付けばどんどんと質問が飛んできた。僕はその一つ一つに丁寧に答えを返していくのだった。
「さて、全員の料理が並んだわけだが……」
途中からどんどん突っ込んでしまったので、どれも僕好みの美味しい料理に違いない。
食べるまでもなく合格なのはわかるのだが、一応試験も兼ねているので一つずつ味見をしていく。
「うん、このステーキは良い味付けだね。付け合わせの木の実は砕いて塩を振っているのがまた何とも言えない香ばしさだ」
アスタナ島で精製された塩をあく抜きして使っているようだ。この手間が嬉しい。
「こっちのムースもいい。丁寧に泡立てて裏ごしをしてあるから舌触りも滑らかだ。だけど、熱を掛ける時間がちょっと足りないかな。中に半ナマの部分があるので後1分あれば完璧に仕上がってたね。でも、これはこれで風味が楽しめるから合格」
「あ、ありがとうございます」
合否の判定をドキドキして聞いていたのか、生徒さんが笑顔を浮かべる隣の女生徒に抱き着いて喜びあっている。
僕は次々に料理を食べては合格を告げていくのだが……。
「ん、これは?」
一見すると地味な料理がでてきた。
ヒジキと何かのマメを煮て柔らかくしたものだろうか?
僕は一口食べると目を大きく見開いた。
「この皿を作ったのは誰だぁ!!」
器を持ち上げるなり全員に向かって怒鳴りつける。すると……。
「は、はいっ……私、です」
恐る恐るといった様子で一人の女生徒が名乗りを上げて前に出てきた。
「君が作ったのか、これはヒジキとマメを魚の干物からとった出汁で煮込んだものだね?」
「そ、その通りです」
ビクビクとしている彼女に僕は質問をする。
「そのマメってどこにある?」
「えっと、今日の授業は持ち込みも出来るという話でしたので、昨日この島の市場で仕入れてきたんです。これです」
彼女は僕の前にマメを差し出してきた。僕はそれを見ると…………。
「大豆だ。こんなところで見つかるなんて…………」
興奮が止まらない。これがあればあの調味料やあの食品が再現できるのだ。
「えっと……何か不味かったでしょうか?」
僕の態度が気になったのか自信なさげに俯く生徒さん。僕は彼女の肩を抱くと……。
「いや、この材料でこの組み合わせは見事だ。合格です」
繊細な味わいを再現してくれたので前世で食べた味を思い出した。
「あ、ありがとうございます」
顔を赤らめて背ける女生徒さん。
「あっ、ごめん。悪かったね」
僕はそういって肩から手を離す。
それからは授業終了までの時間は自習として、生徒達はお互いの料理を食べては品評会を開いているのだった。
「取り敢えず大豆を仕入れる目途はたったことだし、これを使ってやれば日本の食事を再現できるな」
その日の僕は上機嫌になっていた。まだ前世の記憶が定着して二年にも満たないが、醤油や味噌という調味料に焦がれていたのだ。
アカデミーを卒業して各国のダンジョンを巡る時に探すつもりだったが、アスタナ島で発見できるとは想定外だった。
「お疲れ様ですエリクさん。機嫌が良さそうですね」
「ええ、実は長年焦がれていた物がようやく手に入りそうなんです。あとは米が手に入れば完璧なんですけどね……」
セレーヌさんについ話をしてしまう。彼女にわかるはずのない事なのだが、久しぶりに興奮しているので浮かれているのだ。
「コメ……ですか? それはどのようなものですか?」
口元に手をやり首を傾げるセレーヌさん。
僕は紙に絵を描くと説明して見せる。
「こういう植物の穂先から手に入るこのぐらいの白い粒ですね。あっ、でも最初は白く無くて、殻をむいていくと最後にこのぐらいの白い粒になるんですよ」
想像しただけで前世の記憶が蘇る。炊き立ての白米に生卵を落としてそこに醤油を垂らして………………。
反射的に生唾を飲み込んで自制すると…………。
「なるほど、キリマン聖国でみたことありますね」
「なん……だ……と……?」
「城壁の南側で畑を作って育てている植物ですね。一応食べられるんですけど、味があまり良くないのでそれ程人気はありませんけど」
「ほ、本当ですかっ! それって普通に買えるんですか?」
申し訳なさそうな顔をしているセレーヌさんに僕は食いつくと。
「えっ、ええ。何でしたら実家に帰省する際にお持ちしましょうか?」
「宜しくお願いします」
僕は彼女の手を掴むと懇願した。それまでに仕込みをすれば和食を再現することが可能になる。僕は計画を立てると顔が緩むのだった。
「一体何を盛り上がってるんです?」
そんな状況でマリナが現れた。
「…………口説いてるの?」
僕がセレーヌさんの手を握っているのでルナが首を傾げていた。
「いや、そう言うんじゃないから。それよりもタックは?」
今日の講義が終わったらこのレストランに集合となっていたはずなのだが一向に姿を現さない。僕が不思議に思って聞いてみるのだが……。
「あー、タックは多分きませんね」
マリナが何かを知っている様子で口を濁した。
「ん、どうしたの? 食べ過ぎて身体でも壊したとか?」
「実は今日の講義で彼は…………」
チラリとセレーヌさんを見た。そして続きを口にした。
「実技で生徒に負けてしまったので」
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