第146話二人目の敗北者

「あー、君たちに集まってもらったのは他でもない」


 翌日の朝、僕らは議員の一人に呼び出されていた。

 先日僕らに対して「学生たちの授業を受け持って欲しい」と依頼してきた人物で、アスタナ島の広報活動を担当している。


「先日、B級ライセンス持ちが招待学生に敗れるという事態が起きてしまった」


 タックのことだ。マリナやルナ、セレーヌさんも横に並び話を聞いている。


「この島でB級ライセンスというのは一介の探索者に比べて大きな権限を有している。それが一流探索者や冒険者ではなくただの学生に負けたとなると困るのだ」


 恐らく今回の件はアスタナ島運営に大きな打撃を与えかねない事件なのだろう。

 復興の目途が立たないうちに急所となる資格保有者の実力を疑われてしまったのだ。


「油断もあったのだろうが、今後君達には気を引き締めてあたってもらいたい。私からは以上だ」


 そういって話を締めくくると解散となった。




「元々依頼してきたのはあちらなのに酷い話です」


 セレーヌさんが憤慨してみせる。どうも先程の議員の言い方が気に入らなかったようだ。


「でも、タックが負けたのは事実」


 ルナがありのままに伝えると……。


「恐らくタック王子は油断していたのでしょう。彼の悪い癖です」


 セレーヌさんはタックの負けを認めたくないのかそう言った。


「ちょっと油断しただけで負けるのでしょうかね?」


 マリナが首を傾げる。それと言うのもアカデミーでタックと一番戦っているのはマリナだからだ。


「確かにね、タックは不真面目そうに見えるけど訓練では手を抜かないからね。常に上を目指して鍛錬しているし、今のあいつに勝てる人間はそうはいないと思う」


 アルカナダンジョンで敗れて以来、自分の不甲斐なさを噛みしめて訓練していたのだ。ちょっと油断した程度で足元をすくわれるとは思わない。


「いずれにせよこれ以上の汚名は不味いです。私達は上位者として気を引き締めて挑む必要があるでしょう」


 ここで次々とB級ライセンス持ちが敗れるような事があれば学生達もアスタナ島探索者というブランドを軽く見るだろう。


 それはこれまで保っていたイメージを大きく損なう事になってしまう。


「うん。頑張ろう」


 ルナとマリナは気合を入れなおして頷くのだが……。


「まあ、僕が受け持ってるのは料理だからあまり関係ないけど」


「私も治癒魔法なので比べる物でもありませんからね」


 僕とセレーヌさんは普段通りの講義を心掛けるのだった。





「今日の講義はここまで」


 授業が終わり、学生達が出て行く。

 昨日と違って学生達の間にもどこか白けたムードが漂っていた。


 同じように講義をしたのだが、どこか信頼されていないというか反応が薄いのだ。

 午後の料理試験も僕に質問をしてくる生徒があまりおらず、何度持ってきても合格点に達する生徒はいなかった。


「こりゃ思ってたより深刻かもな……」


 教師と生徒というのは教える者と教わる者の信頼関係が重要だ。

 相手が自分にはない知識や経験を持っているから教えを乞うのであって、同格もしくは格下と認識されたらお終いだ。


 誰だって自分より劣る相手に教わりたくはないのだ。

 昨日のタックの負けを引きずってか、講義そのものの信頼まで損なわれているようだ。


「取り敢えず明日以降のやり方を考えてみるか」


 僕は退屈しのぎに作っていたお菓子をしまうと部屋を出た。







「あっ、先輩だ!」


 いつものメンバーと夕食をとる約束をしていたので歩いていると、ソフィアが現れた。


「やあ、ソフィア。授業終わったところかな?」


 僕は無難な挨拶を返す。


「そうなんですよぉ。今日の授業の人が結構厳しくて……って先輩その美味しそうなの何ですか?」


「これ? 料理の授業で作ったお菓子だよ」


「へぇ、料理の授業かぁ。いいなーいいなぁ。美味しそうだなぁ。食べたいです」


 目を輝かせて僕の手にあるお菓子を見続ける。


「はい、あげるよ」


「えっ? 良いんですか先輩!?」


 蒼い瞳がこれでもかというぐらい見開かれている。


「余ったものだからね。知り合いに上げようかと思ったけど、あいつらにはいつも上げてるから」


 何よりもこんなに物欲しそうな顔をされては流石に断り辛い。


「やった! では早速…………。美味しいですっ!」


 何とも感情豊かな事で、心の底からの声だとわかるので嬉しくなる。


「じゃあ僕はいくからね。明日からも頑張って」


「ふぁいっ! あふぃふぁほうふぉふぉあいまふ」


 口の中にお菓子を詰め込む姿が可笑しく僕はついつい笑ってしまうのだった。








「えっ? マリナが負けた?」


 レストランに行くとルナが待っていてその事実を僕へと告げた。


「得意の剣技で戦ったけど手も足も出なかったらしい」


「嘘だろ?」


 マリナの剣技は【剣聖】によって大幅に強化されている。自身でバフを掛ける事ができるし。多様な剣技スキルを持つので、彼女を倒すには遠距離攻撃などを織り交ぜての戦法が有効だ。


「本当に剣だけで負けたのか?」


 タックですら彼女と正面からの打ち合いは極力避けているのだ。そんな彼女に対し真っ向から打ち合える存在など僕が知る限り片手で数える程だ。


「私も聞いた話だけど間違いなく剣で負けたらしい」


 そういえばルナも魔法の講義を受け持っていたのだ。その場に居合わせるのは不可能だった。


「それにしてもマリナとタックを圧倒できる実力者か……。どんな男なのかな?」


 二人を下した以上、そいつの実力は紛れもないのだろう。アスタナ島にしてみれば不幸かもしれないがそれ程の実力者なら味方に引き入れて将来パーティーを組むメンバーの候補にしたい。


「そこまではわからない。ただ、その相手は鮮やかな金髪らしい」


 その手の情報は実際に参加した者なら知っているのだろうが、今のところ噂でしか聞いていない。

 マリナやタックに聞けば解るが、二人は負けのショックで引き籠っているのだ。


「そういえば明日の朝、また会議室に来るように言われている」


「今回の件についてかな?」


 ルナからの伝言に僕は面倒ごとの予感がするのだった。

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