第143話再びアスタナ島へ

「よーし、メアいい子だ」


「ブルルル」


 機嫌良さそうな鳴き声を上げると気持ちよさそうに僕のブラシを受け入れる。

 目の前にいるのはナイトメアという育てばAランクになるモンスターらしい。


 魔国ではテイムした人間は魔騎士として取り立てられるらしく、魔族の間でナイトメアを飼いならした人間は尊敬の的らしい。


 僕はそんな話を思い出しながらメアと名付けた仔馬の世話をしている。


「あっ、エリク君こんなところにいた!」


 後ろを振り返るとイザベラさんが立っていた。


「イザベラさんじゃないですか。どうしてこちらに?」


 彼女は春になるとアカデミーを卒業して毛皮骨肉店にそのまま就職していた。


「この前のレッサードラゴンの解体終わったから買取査定を持ってきたんだよ」


 そういって紙を見せてくる。そこに書かれている金額は僕が概算したものとさほど差がなかった。

 僕はペンでサインをすると……。


「信用してるからそのまま通してもらってもいいのに」


 僕が生徒会で忙しい事をしってるので、イザベラさんはこうして足を運んできてくれる。金銭的なやりとりも二度手間になるので構わないと思うのだが……。


「駄目だよっ! 信頼してくれるのは嬉しいけどさ、ちゃんとやらなきゃ」


 生真面目な彼女らしい言葉に笑みがこみあげてくる。


「それにメアにも会いたかったからね」


 そういって手を伸ばして鼻先を触ってやるとメアは喜んだ。

 大体の学生はナイトメアの名を聞くと恐れて近寄らないのだが、日ごろから高ランクモンスターの死体を見ているイザベラさんは割と平気なようだ。

 僕がメアを飼い始めてからというもの、イザベラさんはメアを目当てにここを訪れていた。


「そうだ、イザベラさんにお願いがあるんですけど」


「ん? どうしたの?」


 メアと仲良くやっているところでこちらを向く。


「もう少ししたら夏休みになるんで、僕の代わりにメアの面倒を見て欲しいんですよね」


 誰かに頼むしかないのだが、メアが懐いている彼女が適任だろう。


「いいけどどうして? 旅行にでも行くの?」


 彼女に聞かれると僕は…………。


「ええそうなんですよね、今年も例の招待旅行があるもので」


 そう答えるのだった。








「――多くの国から集まった将来有望な学生である諸君の滞在を歓迎します」


 目の前では議長が去年と変わらない挨拶をしている。さては毎年同じことをいっているなと思ったが、他の学生達は気にしないだろうと思うので放っておく。


 その挨拶が終わると学生達はそれぞれ指定された宿へと向かった。

 去年僕らが辿った道だ。


「エリク、俺らも行こうぜ」


 今年の招待客の中にはロベルトやアンジェリカ。一年の中では公爵や侯爵の子息もいる。

 今年は招待するにあたって何故か優秀な生徒が多かったので選抜する羽目になったのだが、彼らは出会ったころに比べて成長が著しく見事に招待枠を得る事ができたのだ。


「ああ、行こうか」


 僕とタック、それにルナとマリナは連れだって別な場所に向かう。

 そこはB級ライセンス以上の人間しか立ち入れない施設で、僕らは今年はアスタナ島側の人間として参加しているからだ。


「むぅ。お腹すいた」


 ひもじそうにお腹を抱えるルナに。


「ルナ。夜にはパーティーがあるから今は我慢しろよ?」


 僕は注意をする。


「無駄ですよエリク。ルナは部屋に戻ったら絶対食べますから」


「マリナも止めてくれよ……」


 既に諦めているマリナに僕は溜息を吐く。


「別に構わないだろうがよぉ。我慢するとちっこいのが成長しなくなっちまう」


 タックがからかって見せると…………。


「…………カース」


「うおっ! あぶねぇ」


 ルナが放った魔法をタックは避けた。あれを食らうと身体能力に不調をきたすからな。

 この一ヶ月でタックはルナをからかって何度か被害にあっていた。


「とにかく、今日からしばらくはこの島の運営側なんだから、問題行動起こさないようにね」


 僕は三人に向かってそう言うと…………。


「「「その台詞はそっくり返す」」」


 何故かムッとした表情で返されるのだった。







「えー、それでは本日は新しいメンバーも加えて会議を始めたいと思う」


 宿泊施設について荷物を置くなり僕らは会議室に呼び出された。

 そこには若い議員の他に何名かの探索者が席についていた。


 その中に僕はセレーヌさんの姿を発見する。


「セレーヌさん、来てたんですね!」


 実に数ヶ月ぶりなのだが、懐かしさを感じる。


「エリクさん、それに皆さんもお元気そうですね」


「おっ、おう。まあな」


「お久しぶりですセレーヌさん」


「…………」


 顔を赤くするタックに普通に応じるマリナ。ルナは無言で会釈をした。


「セレーヌさんはキリマン聖国の大神殿で働いてたのでは?」


 僕が質問をすると。


「ええ、毎日怪我や病に罹っている方を治療していたのですが、この時期になったのでフローラ様に代わって伺ったのです」


 B級ライセンスから島の中枢に食い込める。キリマン聖国は影響力を拡大すべくセレーヌさんを送り込んできたらしい。

 他にもいくつかの国から送り込まれたライセンス持ちの姿が見える。


 恐らくは彼らの狙いもこの機会に中枢に入り込むことで間違いない。

 去年のアルカナダンジョン攻略を経て実績を得た多くの探索者がB級ライセンスを得た。

 彼らはこの機会を逃すまいと各国に自分を売り込み、商売をしようとこうして乗り込んできたのだろう。

 何せ、B級ライセンスを持つという事は店を持つことが出来、雇った人物にE級ライセンスを与える事が可能になり、商売を始める事が出来る。


 これまで、各国の息が掛った人材は入り込むことが出来なかったので、この場の全員の目の色が違う。

 ここでの成功がそのまま各国のアスタナ島での発言権に変わるのだ。


「それでは議題について話をしよう」


 全員がやる気を見せる中、若い議員が司会を務める。

 恐らくここから激しい議論が巻き起こる。そんな予感がする中、若い議員は議題を発表した。


「まず【星降りの夜】が無くなったせいで観光客が見込めない件について話をしたい」


 だが、僕らB級ライセンス取得者が最初にすることは権力の掌握でもなければ、利権の獲得でもない。


「このままじゃお金を落とす客がいなくなってしまうんだ。誰か何かないか?」


 財政が傾きつつあるアスタナ島の復興案を出すことだった。







「うーん『明日から滞在中に気になる点はどんどん言うように』って言われてもな……」


 例年通りの歓迎パーティーを終えたので部屋に戻った僕は頭を悩ませた。


「せめてザ・ワールドを活用できるならアイデアの出しようもあるんだが……」


 もうすぐ一年が経つ。イブは『約一年程掛かります』と言っていたので、そろそろ解析を終えてもおかしくないのだが…………。


「オープン・ザ・ワールド…………えっ?」


 何気なくザ・ワールドを開こうとして僕は驚愕した。


「手ごたえが……無くなった?」


 これまでは反応があったのに、まるで開け方を忘れてしまったかのようにザ・ワールドから何も伝わってこなかった。


「……一体どうなってるんだ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る