第141話野外授業


「よーし、それじゃあ予定していた班に分かれてくれ」


 僕の声が平原に響く。


「はっ! エリク生徒会長、愚民どもの整列が完了しました」


「エリク生徒会長、物資の配給が終わりましたわ」


「エリク生徒会長、ベースキャンプの設営が終わりました」


 僕の前には新入生の三人が並び、膝をついて報告をおこなっている。

 彼らは2か月前に僕を呼び出して友好を結んできた貴族の子息と息女だ。


 身分も公爵に侯爵と高く、将来の生徒会候補としてこれ以上の適任はないので、こうして鍛えている。

 僕も自分の時間が欲しかったので、新入生に関しては任せて色々やってもらっているのだが……。


「君達相変わらず固いよ。もっと笑顔で接してほしいんだけど……あと愚民っていっちゃだめだよ?」


 年下にどう接してよいか分からなかった僕は、先輩として強い姿を見せようと力を示し続けたのだが、結果としてこのような上下関係が生まれてしまったようだ。


「はっ! も、申し訳ありません生徒会長。俺は平民だからと生徒会長を貶めるつもりは無く…………」


 何故か突然に震え始める。やんわりと注意してこれなのだ……。


「いや、僕は気にしないけど、アカデミーでは生徒は平等だからね。他人を見下げる行為は自分を下げることだからさ、やらない方が良い。それに君達のおかげで新入生がまとまって助かってるのは本当だからありがとう」


 付け加えるようにそう礼を言うと……。


「あっ、ありがたき幸せっ!」


 一糸乱れぬ敬礼をする三人に僕はあきらめると。


「…………今後ともよろしく頼むよ」


 ため息を吐くのだった……。




 さて、ここはモカ王国西にあるアルギニン平原。

 ここは他国へと続く街道がなく、近隣にはぽつぽつと村が点在している、いわゆる田舎の地域だ。


 なぜこのような場所にキャンプを構えているかというとアカデミーの授業の一環である。

 アカデミーは実力主義の学校だが、学年をまたぐ縦関係の繋がりが薄い。


 僕はそんな閉鎖的なアカデミーの学風に風穴を開けるべく新しい授業としてこれを提案したのだ。


 一つのパーティーに一年生から三年生までの混成10名でパーティーを組ませる。

 そして、平原に生息しているモンスターを狩らせるのだ。


 ここは中央街道から外れているので、王国の騎士団も滅多に派遣されてこない。

 そのおかげでゴブリンやコボルトなどの雑魚モンスターが繁殖しており、近隣の村に迷惑をかけているのだ。


 学生の身ながら三年生はそれなりに訓練を積んできている。

 今回は一年生という戦闘経験が足りていない者を加えたうえで訓練に参加してもらい、将来探索者や冒険者になるための糧としてもらう。


「エリク。1~21班までスタートしたけどどうするんだ?」


 ロベルトが話しかけてきた。僕は今回選抜したメンバーが全員出発したことを確認する。

 アカデミーの全校生徒数は1000人程なのだが、今回参加させたのはそのうちの2Ⅰ0名。

 各学年から成績の良かった生徒70名ずつを選抜したのだ。


 それ以上ともなると流石に統率を取るのが厳しいし、トラブルがあった時に把握できない。


「僕とタックとマリナさんは適当に平原を駆け回って苦戦している学生がいたら援護をする」


 僕はキャンプに残った生徒会のメンバーに指示を与える。

 そこにはロベルトやアンジェリカに書記さん、他には治癒士の先生やトリスタン先生にメリダ先生などが同行している。


 キャンプの防御はこの人達がいれば問題ないので、僕を含む戦闘特化組は遊撃として見回りをしつつ強そうなモンスターを間引いてまわるつもりだ。


「エリク。私は?」


 そんな中、名前を呼ばれなかったルナさんが僕の制服を引っ張ってくる。


「ルナさんは治癒士の先生と一緒にキャンプで待機して怪我人が来たら治療してください」


 彼女は何かをやらかしそうな雰囲気があるので自由に行動させるのは怖い。

 考えて行動していないわけでは無いのだが、その行動原理が解析できないので野に放つのに慎重になるのだ。


「退屈?」


 じっとりとした目を向けてくる。こうなると彼女を説得するのは難しいのだが……。


「戻ったら魔法の訓練に付き合いますから」


「ん。ならいい」


 何とか引き下がってくれた。

 僕は周囲を見渡すと全員に聞こえるように宣言をする。


「それじゃあ、誰も死なないように細心の注意を払って訓練を開始しようか」


 僕がそういうとその場の全員が頷くのだった。



     ★


「ひと段落しましたわね」


 アンジェリカは椅子に腰を下ろすと息をついた。


「討伐も順調みたいだし、問題はなさそうですね」


 ロベルトが話かける。


「そりゃそうだろう、何せアスタナ島のライセンス持ちが見て回ってる上、討伐に出ているのはアカデミーでも優秀な部類の生徒達だからな」


 アカデミー上位の成績を収めているものは現時点でそこらの冒険者や探索者よりも実力が上だ。

 その上、エリクやマリナにタックと豪華なメンバーが見回りをしているのだから早々に危険が及ぶはずもない。


「皆さん少し休憩にしましょう。エリク君が差し入れてくれたお菓子があるのよ」


 メリダ先生が紅茶とケーキを用意してくれたので全員で食べる。


「それにしても驚くほど順調でトラブルの気配もないな。流石はエリク生徒会長。万全な準備だ」


 今回の授業は全てエリクの発案で行われたので、パーティー編成から近隣の村への通達などを全て手際よく済ませていた。


 アレス国王に話を通したとはいえ、国の余剰戦力を討伐に投入して国力そのものを底上げしようという試みは簡単に実現できる話ではない。


「あとは何事もなく終わればマニュアルを作成して来年以降の行事にすればいいな」


 トリスタン先生は機嫌良さそうにケーキを食べるのだが……。


「それは無理だと思う」


 これまで発言しないで無表情でケーキを突いていたルナが言葉を発した。


「ルナ王女。その無理というのはどういう意味なのでしょうか?」


 これでもアルカナダンジョン攻略を担った大賢者だ。そんな彼女が根拠も無しに言うわけがない。自分達に見えていない何かが彼女には見えている。


 アンジェリカが皆を代表して質問をすると。

 彼女は注目を浴びる中ケーキを紅茶で流し込むと一息ついて言った。


「例え生徒達やキャンプの配置が最善でも、エリクがいるならきっと何かが起こるに違いない」


「「「「「「確かに!」」」」」」


 ルナの言葉にその場の全員が同意をするのだった。


     ★


  

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