第136話帰還と別れ

「お帰りなさい、エリク様」


「アンジェリカ? どうしてここに……」


 アスタナ島をでて大型魔道車に揺られること1週間。僕らは王都へと戻ってきた。

 アカデミーに到着して、あとは部屋に戻って旅の疲れを癒すだけなのだが……。


「た、たまたまです! そうっ! たまたま散歩をしていたら魔道車が戻ってきたのです」


 顔を赤くしてそんな言葉を口にするアンジェリカ。


「アンジェリカ王女。随分と汗をかかれているようです。治癒を使わせてくださいね」


「セレーヌ生徒会長。ありがとうございます」


 他の生徒達が荷受けの準備をしている中、僕と同じくアイテムボックスを持つセレーヌさんが横に並んだ。

 セレーヌさんが体力回復の魔法を使うとアンジェリカが元気になる。


 夏もまっただ中なのでここモカ王国もアスタナ島に負けないぐらい暑い。

 そんな中いつから待っていたのかわからないが相当疲れたのだろう。


「そうだ、お土産があるんですよ」


 僕はアスタナ島で作られたペンダントをアンジェリカに渡す。


「わぁ……不思議な輝きですね」


 受け取ったアンジェリカは嬉しそうにそれを眺めている。


「アルカナダンジョンに落ちる星屑を加工して作ったペンダントです。恋が成就するという言い伝えがあるせいか女性の間で人気のアイテムらしいですよ」


「こっ……」


 僕の説明にアンジェリカは口をパクパクさせて固まってしまった。


「エリクさん、よく手に入りましたね。あれって希少な星屑を使っているので余程の人間でないと手に入らないはずではないですか?」


 セレーヌさんの疑問に僕は頷くと。


「パーティーでデザートを担当することで議長から融通してもらったんです。一応B級ライセンス保持者なのでそこらへんは我儘がとおるらしくて」


 星屑は魔道具や魔法具への装飾に使うと効果が絶大らしく、アスタナ島の有力者達が独占している。

 恋の成就とかが気になったが、王女に土産として渡すのだ。生半可な物では喜ばないだろうと思ったのでこれにした。


「アンジェリカ?」


「あ、あぅ……こ、こんな……プレゼントを……」


 暑さのせいで茹っているようだ。


「くすくす。どうやらアンジェリカ王女もお疲れのようですから本日はお開きにしましょうか」


 セレーヌさんはそう言うとアンジェリカをどこかへと連れて行く。

 まあ彼女に任せておけば平気だろう。


「さて、時間もあることだしアカデミーにいる友人に挨拶でもしてまわるかな」


 特に疲れてもいない僕は友人を探し回ることにするのだった。





 あれから数日が経過し、僕は街に赴いては『銀の盾』のトーマスさんに挨拶をしたり、毛皮骨肉店のイザベラさんに挨拶をしたり。


 その他にも王城に赴いてはアレスさんやエクレアさんと旅行の話をして盛り上がったりと日常生活への復帰の為に様々な人に挨拶をして回った。


 アスタナ島でB級ライセンスを取得して勧誘を受けた話をしたら二人揃って縋りついてきたのはかなり驚いた。

 僕としてもエクレアさんの病気を治すまではこの地に滞在すると決めている。

 不義理を働くようなことは無いので安心して欲しいと言うと。


 アレスさんが号涙し、エクレアさんが「流石私達の息子ね」と感激し始めた。

 僕の親は田舎で畑を耕しているのだが…………。

 僕は首を傾げるのだった……。



「うーん、疲れたぁ」


「クエェクエェ!」


「キャルルン」


 僕はザ・ワールド内の温泉で足を延ばすとこのところの疲労を癒していた。


「カイザーとキャロルもお疲れさん」


「クエェェ~」


「キャルゥゥゥ」


 身を寄せてくる二匹の顎の下を撫でてやると気持ちよさそうに鳴き声をあげる。

 この二匹にもここ数日頑張ってもらったから労わないとね。


「マスター湯加減はいかがですか?」


 イブがひょっこりと顔を出す。今日は湯もみをするような着物を着て腕をまくっている。


「ちょっと熱いかな?」


「わかりました、かき混ぜますね」


 そう言うと温泉をかき混ぜて温度を適温にしてくれる。

 その際に足元をころころと石が転がってくる。


 これは最近色んな所で集めてきた使用済みのダンジョンコアだ。

 僕が温泉に入っている間にも魔石を作っているのだ。


「ん。丁度いい温度になったからもういいよ」


 適温まで下がってきたのでイブを止めると。


「えへへ、じゃあ私も失礼しますね」


 タオルを巻いて入ってきた。


 しばらく静かな時間が流れる。こうしてゆっくりするのは本当に久しぶりで、僕はついついイブを眺めてしまう。

 頬を紅潮させて汗を掻いているような姿。凝り性なせいなのか暇をみては幻惑魔法で姿を作っているらしく、今ではこの容姿をみるとイブだと認識してしまっている。そんな艶やかな姿を見ているとイブがこちらを向いた。


「どうかしましたかマスター?」


「いや、別になんでもないぞ」


 イブは「そうですか?」と首を傾げる。


「今日でようやく旅行関連の清算も終わったな。友人知人にはお土産を渡し終えたし、アイテムボックスにも積み込めるだけの荷物を運んだ」


「これで、全ての準備は整いましたねマスター」


「ああ、そうだな」


 僕はイブの言葉に同意する。


「イブがいないからって不摂生をしないでくださいよ。アイテムボックスには十分な量の食糧がありますけど、それでも他人に振舞ったら足りなくなりますから、お人好しもたいがいにしてくださいよ」


「わかってるって。お前は最後まで心配性なんだな」


 軽くあしらって見せるのだが、こうして不安そうな瞳を僕に向けてくる。


「カイザーとキャロルはザ・ワールドで大丈夫なんだよな?」


「ええ、ザ・ワールドの機能の9割が停止しますが、それでも【畑】と【牧場】は維持するようにしますから」


「コアの解析が終わるまで約一年か……長いよなぁ」


 アルカナダンジョンを攻略した翌日。

 イブが僕に言ったのはアルカナダンジョンコアの解析に掛かる時間だった。


 正確なところは解らないが、最低でも1年間は解析に専念する必要がある。

 そして、その間はザ・ワールドの全ての機能を最小限の維持に向ける必要があるとのことで、その為にアイテムボックスの恩恵が有用だと言われたのだ。


「イブからするとずっと解析をしているのであっという間の感覚ですが、マスターにしてみればそうなんですね」


 僕はこの話を聞いた時から自分の正体を打ち明けるのをやめる方向に切り替えた。

 能力が制限されてしまう以上は不測の事態に陥る可能性があるからだ。


「やっぱり……一年もマスターの安穏を見守れないのは不安ですよ」


 そんな不安そうな声を出すイブに。


「安心しろって。僕だって自分の身の回りのことぐらい片付けられるって」


「ちゃんと洗濯できます?」


「できるさ」


「料理も好きな物ばかり食べたらだめですよ?」


「バランスを大事にするよ」


「怪我するような危険なダンジョンに入らないで下さいよ?」


「注意するよ」


 次々としてくる注意に僕は苦笑いを浮かべると。今までいかにイブに面倒を見て貰っていたのかを実感した。


「安心して解析にあたってくれて構わないからさ、一年後の僕を見てろ。凄く成長してるだろうからきっと驚くぞ」


 あえて元気に振舞って見せると。


「ふふふ、それはこっちのセリフです。きっとマスターをあっと言わせて見せますから」


 イブもそういって笑って見せてくれた。




「それじゃあ、次に会う時には彼女の一人ぐらい捕まえておいてくださいね」


「余計なお世話だ。そっちこそ無理はするなよ?」


 あれから温泉から魔石を回収し全ての必需品をアイテムボックスに収めた僕は、カイザーとキャロルを小屋に戻してザ・ワールドをでた。


 そして、狭い寮の部屋でイブと向き直る。


「それではマスター。しばしお暇を頂きます」


「ん、宜しく頼むぞ」


 しんみりした空気が似合わないのか、僕らはあっさりとした挨拶を交わすとイブの姿が掻き消えた。そして…………。


「…………一年か」


 僕の声だけが室内に響くのだった。

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