第135話唯一の切れ者
「えー、今回の招待旅行で様々な知識や技術を学んだかと思いますが――」
広場では議長が挨拶をしている。
先日の仮面の男乱入事件のせいで寝ていないのか目には隈を作っている。
彼は僕が単位を12取得した際に呼び出して熱心な勧誘を行った。
僕が断った時にとても寂しそうにしていたのを覚えている。
「聞いたぞ、お前ひとりで12単位も取得したらしいじゃねえか」
そんなことを考えていると、3年のアーク先輩が声を掛けてきた。
彼も剣技が優秀でタックやマリナさんには及ばないが5位内の実力で単位を取得したと聞いている。
「エリク君って本当に万能なのよね……、文武両道で料理もできるなんて……探索者になるなら一緒にパーティー組みたいわよ」
そこにレイラ先輩も交じってくる。
アーク先輩とレイラ先輩は単位を取り終えた後はアスタナ島の生活を満喫したようでその表情には充実感が現れていた。
「お前達最後ぐらい静かにしたらどうだ?」
引率のトリスタン先生の言葉に二人は黙り込む。そしてお互いの目を見てはアイコンタクトをして笑い合う……。
『お二人は青春したみたいですね。それに比べてマスターは……』
イブの同情の言葉が胸に刺さる。
何故なら、アリバイ工作のために昼間は講義を受けて単位を取得し、夜中はアルカナダンジョンでモンスターの討伐する。などと、せわしなく動き回っていたのだ。
アルカナダンジョンが攻略された後は、ライセンス持ちということもあってか島の仕事を幾つか回されて働いていたので、南の島のビーチでパラソルの下でトロピカルジュースを飲んだり、可愛い女の子と泳いだりなど青春を思わせるような行動は何一つしていないのだ。
(一体どうしてこんなことに……?)
もしかしてアルカナダンジョン攻略を来年に回せばよかったのだろうか?
『でもそうしてたら皆さん全滅してたので嫌な気分で帰ることになりましたよね』
僕の思考を読んだのかイブがぽそりと言う。
確かにあの場に駆け付けなかったら全滅していたのは間違いない。仮に遊ぶ相手が見つかってビーチで遊んでいたとして、あとから友人の訃報を聞かされたと考えると……。
(……ま。他に選択肢は無かったってことだね)
そう納得していると、どうやら挨拶が終わったみたいで間もなく移動を開始する。
帰りの船に関しては、今回星降りの夜で観光に訪れた客がいるので、その分船の数も増えている。よって帰国場所により幾つかの航路が決められているので行きとはちがってばらばらに乗る事になる。
僕とセレーヌさんはモカ王国に戻るためにアーク先輩やレイラ先輩と共に船へと移動をするのだが…………。
「エリク……ちょっといい?」
アカデミーの他の生徒達も驚く。何故ならば宝石姫と呼ばれるルナさんがこちらを訪ねてきたからだ。
「えっと……。僕ですか?」
ルナさんは稀にみる美少女なので注目される。
周囲の人間に見られていると察したルナさんは僕の裾を掴むと。
「ここでは不味いからついてきてほしい」
そう言って引っ張る。
「出発まではまだ時間がありますから私達は先に行ってますね」
僕がどうしようか悩んでいると、セレーヌさんが何かを察したらしく笑顔で僕とルナさんを見つめて他の人間を追い立てて船へと上がって行く。
そして本人は楽しいことでもあったかのように「頑張ってくださいね」と、僕の肩に手を置いて応援をしていった。
何を頑張ればいいのか?
周囲には他の学生の姿はなく、積み荷を運ぶ人間が残っている。
「ついていくってどこにですか?」
「…………人気のない場所がいい」
『わぉっ! ルナさん大胆!』
イブが感心した声を漏らす。僕はルナさんに引っ張られると路地裏へと連れ込まれた。
「ここなら誰も見ていない」
ルナさんはそう言うと杖を掲げる。そして先日の魔法による膜を張って見せた。
「えっと、これから何をするんですか?」
わざわざ人払いまでしてこんな場所に呼び出した訳がわからない。
「解ってるくせに……。こっちから言わせる気?」
恨めしそうな視線が妙に新鮮だった。
『ううう。マスターにとうとう春が来ました。イブは嬉しいですよ』
イブがなにやら騒々しくしているのだが、僕にはルナさんが何をしたいのか理解できないでいた。
もしかすると女性特有の何かだろうか?
「エリクお願い……頂戴」
するとルナさんは瞳を潤ませると僕に詰め寄ってきた。そして真剣な表情で手を握ると何かを要望した。
「『頂戴』って……?」
普段の無表情に隠れた憂いを帯びた少女の素顔とでも言うべきか。
これは世の少年がみたら一発で恋に落ちるのではないかと考える。
『これはもう決定です! ルナさんはマスターに恋をしてるんですよっ!」
イブの興奮が収まらない。僕はうーんと首を傾げる。そしてルナさんの言葉を振り返って遠回りな推理をしてみると一つの答えが出る。
「もしかして…………酔い止め薬ですか?」
「そう。お金は払うから本当にお願いしたい」
謎が解けた。行きの船の時もルナさんに酔い止め薬を作ってあげたのだった。
彼女はこの島に降りるなり酔い止め薬を探して回ったらしいが、僕が作る特製の酔い止め薬に効果が届いていないのでこうして接触してきたのだ。
「でもあれ、作るにはちょっと…………」
流石にあまり人に見られたくはないのだけど。
「大丈夫、エリクのことは秘密にするから」
苦しんでいるルナさんの様子も見ているし、こんなに必死に頼まれたら断り辛い。
「解りました。船の時間もあるからさっさとやりますか」
「これ宜しく」
ルナさんは予め用意していた酔い止め薬と報酬が入った袋を渡してくる。
金額にすると結構な物なので、どれだけ船酔いが嫌かが良く分かる。
「念のために言いますけど、このことはマリナさんにも内緒ですよ?」
「うん、命に代えても守る」
決意が重い。そこまでは求めていないのだが……。
「よし【追加効果】発動。酔い止めの効果を追加する」
「おおー」
輝きだす酔い止め薬を珍しそうに見るルナさん。やがて輝きが収まると手には効果を追加された酔い止め薬が残った。
「ありがとうエリク。感謝する」
「いえいえ、こちらもお金は貰いましたから。それでは気を付けて帰ってくださいね」
そろそろ船の時間もあるので移動しようと思っていると…………。
「うんわかった。約束通りエリクが仮面の男だったことは内緒にするね」
「ちょっと待ってください」
「ん。何?」
歩き去ろうとしているルナさんを僕は呼び止めた。
「仮面の男はあの時暴れて魔法を使っていたあいつですよね?」
見ていなかったのかと確認をする。だがルナさんは首を傾げると……。
「あれはダンジョンでボスを倒した仮面の男じゃない」
「何故そんなことが断言できるんですか?」
「私の目は魔力の流れを見ることが出来る。相手が魔法を使えばその痕跡から個人を特定することができる。あの魔道士は別な人間」
断定している以上どうやら本当らしい。
「僕が仮面の男だという証拠は?」
「さっき魔法を使った時とダンジョンで仮面の男が戦ってた時。その魔力が同じだったから間違いない」
「ダンジョンにいながら単位を取得したトリックに関しては?」
「天井が開いてた。仮面の男は空を飛んで見せたから出入りは自由なはず。昼間は授業を受けて夜はダンジョンに潜ればいい」
完璧に正解だ。僕は彼女が何処まで読み切れるのかが気になったので、否定するのを止めて問題を投げかけることにした。
「セレーヌさんを助けた時、空から仮面の男は現れなかったと思うけどそのトリックは?」
その瞬間、ルナさんは大きく目を見開いた。そして…………。
「多分エリクは様々な魔法を使える。そして前代未聞の飛行魔法を使えたのなら他にも持っている可能性は否定できない。多分転移魔法か何かで現れた?」
想像以上に頭が切れる。およそ手掛かりがないところから状況を鑑みて最適解を導き出す。僕はルナさんを見ていると自然と笑みが浮かんだ。
『マスター……始末しますか?』
イブの声色が変わる。これまで僕に脅威を与える存在がいなかったが、ルナさんは既に秘密の相当奥まで踏み込んできた。
(いや、それは無しだ)
僕には疑問がある。彼女は何故一人で来たのか。また、感づいていながら何故それをあの場で指摘しなかったのか……。
僕はいったん心を落ち着けると。
「凄いですねルナさん。完敗です」
「別に大したことじゃない」
「それよりも、何故僕に要求をしてこないんですか? ルナさんはアルカナダンジョンを攻略できなければ望まぬ相手と結婚させられるんですよね?」
そこまで突き止めておきながら僕を利用しようとしないのには裏がある。僕はその真偽を見極めようとルナさんの瞳を見る。すると……。
「別に達成できなくても問題ないよ?」
「どういうことですか?」
ルナさんの真意がわからない。僕が聞き返すと彼女は答えた。
「もし仮に、望まぬ相手と結婚した場合……」
「した場合?」
「魔法で不能にして放り出す。そうすれば問題ない」
『マスターこの人危険ですよ!?』
この破天荒さはイブに通じるものがある。僕は今の一言でルナさんという人物のことが理解できた。
彼女は自由なのだ。大賢者の恩恵を持ち、自分の思うままに振舞う。つまりは僕と同じ存在……。
「どうして笑うの?」
いつの間にか笑みを浮かべていたらしい。
「どうしてですかね。ルナさんを気に入ったからでしょうか?」
「ん。良く分からない」
自分でも笑っている理由が曖昧だ。だけど、こういう裏表のない人間は嫌いじゃない。
ルナさんは気にすることなく歩いていく。取引が終わったので船に戻るのだろう。
だが、彼女は途中で立ち止まると振り返り僕をみる。
「私もエリクのことは気に入っている」
そして笑顔を見せるとそんな言葉を口にするのだった。
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