第132話包囲網4
「ぼ、僕が仮面の男?」
僕は動揺した声を出すと皆を見渡す。
その表情は真剣で、ドッキリを仕掛けている様子はない。
「順を追って説明しますね」
「お願いします」
「まず現れた仮面の男ですが名前をブイと呼ばれていました。恐らくこれは偽名なのだと思います。事実、このアスタナ島に登録されているライセンス持ちにそのような名前の人物は存在しておりませんから」
「なるほど。良く調べられましたね」
セレーヌさんの勤勉さに感心する。彼女は地道な作業もいとわずアカデミーの生徒会を頑張っていた。
「B級ライセンス以上なら閲覧可能なリストがあるからな、二人でチェックしたから間違いねえ」
「それで、そのことに何の関係が?」
「その話は後にしておきましょう。最終日、私達は伝説の巨人ダイダブラを前に手も足も出ずに全滅寸前まで追い詰められたのです」
セレーヌさんは肩をギュッと抱くと当時の恐怖を抑え込もうとした。
「ですが、私が殺される直前で仮面の男ブイが現れて巨人を退けました」
「それは凄いですね、でもそれと僕に何の関係があるんでしょう?」
ここまでの話だと特定できる要素はないように思えるのだが?
セレーヌさんは視線を動かすとマリナさんを見る。
「その男は現れると同時に私を救出したのよ」
突然マリナさんが話し始めた。
「あの時はいきなりの出来事だったので気が回らなかったけど、よくよく思い出してみれば彼は正体を探るヒントになる言葉を口にしていたのよ」
「それは何という言葉なんですか? マリナさん」
「ええ、今あなたが言った言葉よ」
「えっ?」
僕は意味が解らずに聞き返すとマリナさんは補足してくれた。
「私はこう見えても王国では敬われていたの。身分が下の者には『王女』と呼ばれていたし、同格の相手には呼び捨てを許していたわ」
「なるほど、ルナさんとは呼び捨てで呼び合ってますからね」
タックなんかも呼び捨てにしているが、お互いに王族なので良いのだろう。僕が納得していると……。
「なので、私のことを『さん』づけで呼ぶものはこれまで存在していなかったのよ…………エリク。あなたを除いてね」
鋭い視線が突き刺さる。僕はそんなマリナさんに向かって笑みを浮かべて見せると……。
「それは偶然じゃないですかね? マリナさんは王族で有名人ですから。当然名前も知られているでしょうし、そうやってミスリードをするために使ったのかもしれませんよ」
僕は表情を崩すことなく笑顔で反論して見せる。
「そういうことも確かになくは無いでしょうね。だけどそれだけじゃないのよね……。セレーヌさん」
マリナさんから話を振られたのかセレーヌさんが続ける。
「実は仮面の男には私も名前を呼ばれたんです」
「セレーヌさんはそれこそ聖女様なのだから名前が知られているのは当然では無いですか?」
結局同じ言葉を使えば封じられる。僕は首を傾げて見せるのだが……。
「いいえ、実は言ってませんでしたが私が聖女であることは一部の人間しか知らないのです」
その言葉に僕は目を大きく開く。
「知っているのはあの場に参加していたメンバーとアカデミーの生徒会の人間。そしてエリクさんあなただけです」
「それは、何とも光栄なことですね。セレーヌさんの秘密を教えて貰っていたなんて」
アルカナダンジョンに挑む前に差し入れをしたのだが、その時には教えて貰っていた。だから僕はバフ効果があるケーキを渡して戦力の底上げをはかったのだ。
「私とセレーヌさんの身分を知っていてかつ「さん」付けで呼べる人間はあなただけ。つまり仮面の男はあなたということになるのよ」
マリナさんはそう断言すると瞳を潤ませて僕を見た。その瞳は何かを訴え掛けてくるようで、僕はマリナさんがどうしてそのような顔を見せたのか気になった。だが……。
「でも、その仮面の男が僕だというのは無茶じゃないですか? だって、ダンジョンの入り口は日に1回しか開かない。さらに言うと、日付が変わると壁が動いて狭まるはずでしょう?」
もし仮に僕がダンジョン内にいたというのなら誰かが目撃していなければおかしいのだ。
「なるほど、確かにその通りね。私達は初日からダンジョンに潜っていましたが、誰かエリクを見た人はいるかしら?」
マリナさんの問いかけにセレーヌさんもルナさんもタックも首を横に振る。
「ほらやっぱり。皆の目があるのだから僕がダンジョンにいたというのは無理がありません?」
これで先程の名前呼びも信憑性を失う。
「確かに仮面の男が二人の名前を呼んだのかもしれません。だけど、僕がダンジョン内にいた可能性が示されなければ成り立たないはずですよ」
「うっ…………」
僕の問いかけにマリナさんは悔しそうに引き下がった。どうやらこれ以上の追及は難しいようだ。僕が拍子抜けしているとセレーヌさんが言った。
「その方法はありますよエリクさん」
「えっ?」
僕はセレーヌさんの方を向く。
「エリクさんが誰にもバレずにダンジョン内に潜伏する方法は存在します」
「思いつくのは共犯者がいてそいつのベースに匿われていたってところか?」
タックの言葉にセレーヌさんは首を横に振ると。
「いいえそんな手間はいりません。エリクさんあなたはかつてその恩恵でデュアルダンジョンを生き延びたことがあったはずですね?」
セレーヌさんが言っているのはザ・ワールドのことだ。
彼女だけは僕の恩恵について知っている。確かに僕はザ・ワールドを利用して潜伏していた。
「ここにダンジョンの入場ログがあります。エリクさんは初日に入場をしていますよね?」
用意周到なようで逃げ道を塞ぎにきたようだ。
「ええ、アルカナダンジョンがどんな場所か興味があったので、初日に最後尾で並んで入ったんです」
なんのことはない。僕だってライセンスを持っているのだ。好奇心がうずいて参加したと言っても疑う余地はない。そして初日に参加している人数からして遭遇しなくても不思議はないのだ。
セレーヌさんは口元に手をやり追撃をするかどうかで悩んでいる様子。そこは即座に畳みかけるべきだと思うのだが、言わないのならこちらから切り出してみよう。
「仮に、僕がその仮面の男で潜伏していたとしてですが、本当にそんな戦闘力を備えてると思います? 【武芸】で幾つか単位を取得してますけど、ギリギリでの取得なのは教官に聞いてもらえればはっきりします。それとも何か実績があると?」
ザ・ワールドに引き籠れば最終日までの潜伏は可能だ。だが、倒せるだけの実力を示したことが無いのでこれ以上の追及は不可能だろう。
これで逃げきった。そう確信をしたのだが……。
「実績ならありますね、それもとびっきりの実績が」
「それは……なんですか?」
「そのことについてはタック王子がお話になります」
そう言うとセレーヌさんはタックと交代する。そしてテーブルの上に貴金属を並べた。
「こいつは仮面の男からセレーヌに贈られた物だ」
「へぇ、綺麗ですね。それにとても高価そうだ。これがどうかしたんですか?」
「こいつはとあるダンジョンに置かれていた物なんだよ」
「とあるダンジョン?」
「俺が管理していたランクⅦのダンジョンだ。そこの攻略報酬の財宝の中に確かにこれはあった」
「はっ?」
あまりにも唐突な言葉に僕は口を大きく開いてタックを見る。
「えっと……まじ?」
タックがランクⅦのダンジョンを管理していたこともさながらこの宝飾から追及をしてくるとは、流石に予想外過ぎた。
「ランクⅦのダンジョンは普通に攻略したらかなりの日数を要する。だが、侵入者は3日で攻略して財宝を持ち去った。そして持ち去られたはずの宝飾の一部が仮面の男からセレーヌの手に渡った。つまり、仮面の男は少なくともランクⅦのダンジョンを軽々と攻略できる程度の実力を備えてるってこった。仮面の男はセレーヌとマリナを『さん』つけで呼んだ二人の知り合いで、その中でもダンジョンに潜伏できる人物。先程から皆言っているが仮面の男がエリクだとするとエリクはランクⅦダンジョンを単独攻略した実績がある」
タックの推論に僕は唸りそうになる。
セレーヌさんとマリナさんの呼び方については試すためにあえてやったのだが、そんな面白いルートで追い込みに来るなんて。
僕の口の端に笑みが浮かぶ。
僕が言葉を失っているとセレーヌさんは話し続ける。
「一応言っておきますが、ここにいるメンバーはエリクさんのことを外部に漏らさないと約束してくれています。その上で聞いて欲しいのですが…………」
セレーヌさんが僕を論破したと思い説得に入ろうとする。
なるほど……秘密を漏らさないと……。僕が想定していた中でもっともよい対応を彼女たちは選択したようだ。だが…………。
「皆さん。言い忘れていたことがあるんです」
「はい?」
「何かしら?」
「ん?」
「なんだよ?」
既に正体を暴き終えたのか締めに入ってもらっているところ申し訳ないけど、それだとまだ足りない。
僕は懐からライセンスカードを取り出すと皆の前に提示する。
「これって……」
「嘘だろ?」
「えっ? あり得ない」
「…………」
四人はそれを見るとこれまでと一転、驚愕の表情を見せた。
「実は僕もB級ライセンスを取得したんですよ。皆さんと違ってアルカナダンジョンではなく、単位をコツコツと貯めたんですけどね」
毎日講義にでては取得できるギリギリを狙って実技を頑張った。
「僕がB級ライセンスを得たのは皆さんがダンジョンに潜って6日目です。つまりは――」
僕はいったん言葉を止めると、皆が言葉の意味を理解できるように時間を置くと。
「――一度ダンジョンから出たら入れない以上、僕がその仮面の男というのは無理があるんですよね」
笑顔を向けるのだった。
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