第133話包囲網5

「そんな馬鹿なっ! 偽物じゃねえのかよ?」


 ライセンスカードを取り上げて凝視するタック。


「そんなことはしないですよ。なんならこの島の議長に確認してもらっても良いよ? タック達がアルカナダンジョンに籠っている最終日、僕は議長に呼ばれて会話をしたからね」


 その日の授業を終えたあと呼び出された執務室で勧誘を受けたのだ。

 単位を12取得する人間は今まで存在しなかった。学校を辞めて島に留まって欲しいと。

 色々とやることがあった僕は当然断るのだが、相手も中々に粘るせいで気が付けば予定を大幅に超えていて焦りが生まれた。

 何とか断った上で、本日のデザート作りを引き受けて執務室を後にしたのだ。


「も、もしかしたらアルカナダンジョン攻略後に取得したのかもしれないだろうがよ」


 苦し紛れな言葉だが、その説は即座に否定された。


「タック王子、それは無いかと。エリクさんは間違いなく星降りの夜の期間内でB級ライセンスを取得しています」


「どうしてそう言い切れる、セレーヌ」


「だって私達はアルカナダンジョン攻略の翌日にエリクさんに会ってます。あの場所はB級ライセンス以上の人間しか入れません」


 つまり、彼女達との遭遇が僕の証言を裏付けていた。


「だ、だったら全ては偶然だというの? 私達が名前で呼ばれたことも、エリクに疑いを向ける為のミスリード?」


 マリナさんの表情が揺らいでいる。あまりにも予想外の証拠を突き付けられたせいで混乱して論理的思考が不可能になっているようだ。


「これは……やってくれましたね……」


 セレーヌさんが汗をかきながらも笑って見せる。思考がフル回転しており、どうにか僕の矛盾点を潰せないか考えているのだろうが、甘い。


 僕は一切手を抜くことなく次の手札を切った。


「ところであれって何ですかね?」


「「「「えっ?」」」」


 全員の意識を指差した方向に誘導する。するとそこには…………。


「馬鹿な……なんでっ!」


「嘘……」


「本当に間違っていた?」


「…………」


 防護膜の先、議員達が会議に使っている建物の2階のバルコニーに仮面の男が立っていたからだ。



     ★


「お、お主は一体……」


 議長はワインが入ったコップをこぼすと突如現れた仮面の男を見た。


 仮面の男はマントを翻すとバルコニーから飛び立つ。すると……。


「う、浮いているっ!?」


 周囲のざわめきが大きくなる。無理もない、仮面の男は空を飛んでみせたのだから。


 仮面の男は暫く空中で制止して見せるとやがて議長の前に降り立った。そして…………。


「初めまして、ブイです」


 ともすれば女性のような声で挨拶をした。


「お主はもしや……アルカナダンジョンを攻略したという仮面の男か?」


「いかにもその通りです」


「今までどこにおった? いや、そもそも何故こうして姿を現したのだ?」


 自分達は仮面の男を探し出すために懸賞金をかけていたのだ。当然追いかけてはいたが、まさか当人が現れるなど想像外にも程がある。


 仮面の男は少し間を開けると言った。


「僕に懸賞金を掛けていたそうなので、受けとりに来たんですよ」


「「「「なっ!」」」」


 その場にいる全員が耳を疑った。

 確かに懸賞金を渡す条件は本人を連れてくることなのだが、まさかその本人が受け取りに現れるなど斜め上過ぎる。


「えっと、駄目ですかね? 駄目なら帰りますけど……」


 遠慮気味に伺いをたてる仮面の男。


 ボスモンスターを容赦なく叩き殺したことから、血も涙もない豪傑を想像していた議長は自分の中の仮面の男のイメージが崩れていく。


「いや、帰らんでくれっ! ほれ、これが懸賞金じゃ!」


 本人から訪ねて来てくれたのなら好都合。金を渡して引き留めている間に今後の交渉をすることが出来る。


「受け取らんのか?」


「ちょっと待ってくださいね」


 男は手を差し出すと懸賞金が入った袋に触れたように見える。すると次の瞬間――


「き、消えた!」


 何かに吸い込まれたかのように一瞬で袋が消えうせた。


「ふふふ、確かに受け取りましたよ。それではわた――僕はこれで失礼するとしますね」


 仮面の下から笑みを浮かべた男はそう言って立ち去ろうとするのだが……。


「またんかっ!」


 現れたのはパーティーに招待していた貴族だった。


「何でしょうか?」


 貴族の緊迫した声とは裏腹に抜けた声を出し振り返る。


「貴様が例のアルカナダンジョン攻略者か。丁度良い、家で働かせてやっても構わんぞ」


 あまりにも傲慢な言葉にその場の全員が息をのむ。

 相手はアルカナダンジョンのボスを倒しているのだ……。

 周囲が緊張するなか仮面の男は頬に手をあて少し考えた末に笑顔で答えた。


「えっと……マスターは多分あなたの元では働きたくないかと思いますのでお断りします」


「なんだとっ!?」


 貴族の男は唾を飛ばすと仮面の男を睨みつけた。


「もう帰ってもいいですかね?」


「ここまで姿を現したのだ、そう簡単に帰れると思うなよ? お前達、こいつを捕獲するのだ」


「クレンザー侯爵。ここはパーティーです、争いごとは遠慮を……」


「ふははっは、我が魔道団はアルカナダンジョンを攻略したロストマジックをもしのぐと呼ばれているのだ。例え仮面の男が単独で優れていようとも我が団の前には屈するしかない。良いから黙ってみておれ」


 その言葉と共に杖を構えていた魔道士が10人、一斉に仮面の男へと魔法を放つ。


「これで我が魔道団こそが世界最強の称号を得られる!」


 確信したのか笑みを浮かべてその光景を見守っているのだが……。


「ファイア! ウインド! ウォーター! アース!」


 仮面の男が4属性それぞれの最弱魔法を唱えるとあり得ない規模の魔法が打ち出される。

 それはおよそ最弱とは思えない威力で魔道士10人の魔法を飲み込むと押し戻した。


「なん……だ……と……」


「全く。いきなり攻撃してくるなんて失礼じゃないですかぁ。命は取らないですけど、これ以上は許しませんからね?」


 まるで悪戯を窘めるようにしかりつけると……。


「それじゃあ、私は用事も済んだので帰りますね。それでは……」


 空に浮かび上がると建物の裏へと飛んで行ってしまった。


「あれが、アルカナダンジョン攻略者……」


「4属性を同時に……化け物……」


「浮遊魔法だと……? 前代未聞だぞ」


 残された人間達は目の前で起こった現実を受け入れられずただ茫然としていた。

 それはセレーヌやマリナ、タックも同じらしく。

 彼女らの思考は既にエリクと仮面の男を別人と判断していた。

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