第120話星降りの夜5日目

「いつもにこにこクリブイ商店ここにオープンでーす」


 アルカナダンジョン内に場違いな空気が流れる。

 その場に居合わせた探索者達は大きく口を開くと信じられないものを見るように目の前の光景を眺めていた。

 無理もない。この危険度MAXのアルカナダンジョンの中央に突如露店を広げ、そこで鎧の上からエプロンを身に着けた絶世の美少女が笑顔で接客しているのだ。


 ダンジョンの入口が開かれて5日目という熟練の探索者でも苦戦を免れないこのタイミング。外から入ってきたとしたら相当な度胸だ。そして店を開く場所なのだが……。


 このアルカナダンジョンは日を追うごとに外周が狭まって行く。5日目の現在は元の広さの3分の1程度になっている。


 なので互いのベースが近づいてきたので、モンスターが召喚される魔法陣を除くと空きスペースがあまりなかった。

 だが、この美少女は普通ならばあり得ない場所に店を構えた。

 ダンジョンの中央に最初から描かれている特大魔法陣。そこはこれまでの期間に1度もモンスターが召喚されておらず、ただ不気味に赤く輝いている。


 どうみても何かありそうなので、熟練の探索者達はそこにベースを構えるのを避けてきた。そんな場所に商品を並べあまつさえ笑って見せるのだから怖いもの知らずというか……。


 そんな中、3人の人間が彼女の前に立った。


「えっと……君が店の主でいいのかな?」


 まず話し掛けたのアーク。


「はい! クリブイ商店の店長のクリです! もっとも、私しかいないんですけどね」


 何とも明るい口調で答えるクリに続けてロレンスが言う。



「こんなダンジョンの、しかも真ん中で商売を始めるとはずいぶんと豪胆な人間だが、品物はしっかりしておるようだな」


 アイテムボックスか何かの恩恵を持っているのは間違いなく、そこには今ダンジョン攻略に必要なアイテムがずらりと並んでいた。


「はい。武器や防具から回復ポーションに採れたて新鮮野菜に熟れた果物まで多く取り揃えていますよ」


 鋭い眼光で睨みつけるロレンスになんら気負うことなくニコニコと笑って見せるクリ。Sランク探索者の睨みに常人ならば平静を失うところだが、流石こんなダンジョン中央に店を構えるだけあって肝が据わっている。


「確かにこれは素晴らしい品物ですね……。攻略も半ばを過ぎて携帯食料や消耗している武器も多い。ここで補充が出来るのは正直ありがたいです」


 フローラが何気なく手に取った果物が何とも甘そうなこと。

 ダンジョン籠りで不安と緊張のストレスを抱えている戦士達に食べさせれば良いストレス解消になるかもしれない。


 3人の代表はそれぞれこの商品の購入を決意する。

 ダンジョン攻略も残すところ3日となっており、それぞれ武器や防具。魔力などが尽き始めており、翌日には人員をダンジョンから出さなければならないと考えていた。

 そうすると攻略する人数がへり個人にかかる負担も大きくなり、目標のアルカナダンジョン攻略が遠のいてしまう。

 今回の攻略は最終日のボスまで最高戦力をいかに残せるかが重要なので、ここで回復ポーションやマナポーション。豊富な食糧を手に入れることができれば自分達のメンバーを多く残すことができるのだ。


 そんなわけでこの場の共通認識はいかに自分達の陣地に多くを持っていくかという資源の確保にかわる。


「どれもこれも素晴らしい商品だ。是非うちのクランで購入したいんだが相談がある」


 まず電光石火とばかりに甘いマスクで微笑みかけたアークはクリの手を取った。

 女性に対しては百戦錬磨のアークだ。自分が微笑みかければ交渉を有利に働かせられると知っていた。


「はい? なんでしょうか?」


 だが、クリは特に照れもしなければ気にした様子もなく大粒の瞳でアークを見つめ返す。逆にその瞳に吸い込まれそうになったアークだったが続きを口にする。


「ここの支払いに関してなんだけど、ダンジョンを出た後では駄目だろうか? 支払おうにもライセンスカードでの支払いは不可能だ。その分高値で買い取らせて貰うからさ」


 ここは世界で最も危険と言われているアルカナダンジョン。潜る者は当然死ぬ可能性を考慮しているので金貨などは荷物にしかならないので持ってきてはいない。

 カードでの支払いにしても取引用の魔道具を通す必要がるのでこの場では出来ない。

 なので、アークの持ち掛けた話はこの場において至極まっとうな話だったのだが……。


「えーと……お断りしますね」


 ところが、クリは首を傾げると笑顔でその提案を拒絶する。

 そして失礼にならない程度の速さでそそくさと手を外して距離をとってしまう。


「むっ……」


 これまで対してきた女性とは明らかに違う反応にアークは言葉を詰まらせると、クリは指を立てて説明をしてきた。


「以前に大手クランさん相手に商売をしたところ踏み倒されたことがあるんですよ。その時は約束をした人がダンジョンで死んで戻らなくなっちゃって。なのでこういう取引は現物でしかしない事にしているんですよね」


「なるほど……」


 確かにそのような取引を反故にする大手も存在する。

 自分の所の規模を嵩にかけて相手に圧力をかけるのだ。クリの言葉ももっともなのだが……。


「しかし、私達は現金を持ちわせていないのだ。このままでは誰とも取引出来ないということになるぞ?」


 形勢悪しと見て取ったロレンスがかわりに交渉に入る。彼らにしてもせっかく商品がきているのに手に入らなかったでは堪らない。

 既に各ベースには情報が回っているはず。人間は物資が無いと覚悟すれば我慢することが出来るが、一度でもそれが手に入ると思ってしまえば気が緩む。


 これで手に入れる事ができなければそれはベース全体の……。いやこの場の攻略者全体の士気が大いに下がるだろう。

 そして士気が下がったことにより意識が散漫となり不意打ちをくらって脱落者がでることも考えられる。

 つまり、ここで物資を買えるかどうかがこの後の攻略難易度に大きな影響を与えることになってしまったのだ。


「ふむぅ。それは困りましたねぇ」


 クリが自分の頬を突いて考える。その仕草も美しくこんな時だというのに周囲の人間は見惚れているのだが、困っているようには見えない。周囲との空気に明らかな温度差があった。


「でしたら神殿に所属して頂けませんか?」


 フローラは形の良い胸に手をやりながら前に出てくる。


「神殿に……所属?」


 フローラの言葉にクリは頭に疑問符を浮かべる。


「ええ。クリさんと申しましたか? あなたを神殿御用達の商人へと取り立てたいと思います。その地位があれば今後全ての商品を神殿に卸す権利ができます。勿論聖女としての私の名で誓いますので反故にされる心配はありません。この場の全員が証人となりますので」


 これはフローラが切れる中でも最も強力な手札だった。


「そんな事誓って大丈夫なんですか? 後から権限が無いからそんなのは無効だって可能性もあるじゃないですか?」


「安心してください。私の【聖女】の恩恵には神殿の支部と同等の権利が神から与えられております。信徒への祝福や寄進の受付。婚儀や葬儀の取り仕切りまで。そうですねもしあなたが望まれるのでしたら結婚式も取り仕切らせていただきましょう。どうですか?」


 神殿との強力なパイプに各儀式を聖女に受け持ってもらえる。

 商人ならば箔付けの重要性が理解出来るはず。

 アークもロレンスも歯噛みをした。もしクリが要請に応じた場合、彼女は神殿付きの商人となる。この場の物資は全て彼女の裁量になってしまうだろう。


 誰しもが断らないであろうと思われたこの提案だが……。


「うーーん。結婚とかは好きな人がいないので特にいらないですかね」


 傾国の美少女と呼んでも差し支えのない美貌を持つクリは太陽のような眩しい笑顔を向けるとその提案を一蹴した。


「あっはい……」


 これにはフローラも目を丸くして黙るしかない。厳密に言うとこの場の全員が彼女のその笑顔に見惚れていたのだ。


 決め手に欠けてしまった3人をよそにクリは右手で自分の髪をくるくると巻き付けて考え込むと。


「あっ! そうだっ!」


 何かを思いついたように手をパンッと叩くと皆の意識が戻ってくる。


「だったら交換にしましょう。皆さんもダンジョンで収集したアイテムとか持ってるはずですよね? それと交換すればいいんじゃないですか?」


 その提案は意外なものだった。

 少なくともアークやロレンスのクランは約束を反故にしたりはしない。例え自分が死んだとしてもきちんと支払いをさせるつもりだ。

 フローラにしても神殿内部に関する約束なのでそれなりに踏み込んだつもりなのだ。


 それに対してこの提案は3人にとってはメリットしかない。

 荷物として抱えていてもこのダンジョン攻略には何ら役に立たないドロップアイテム。それを現物交換で応じてくれるというのだ。


「いいのか?」


「それだとお主にあまり得が無いのでは?」


「我々は助かりますけど……」


 3人の言葉にクリは頷くと。


「ええ。それがお互いにとって一番良い取引ですからね」


 そう笑顔で応じるのだった。


   ★


「ふぅ……疲れたぁ」


 ぐったりした様子でベッドに身体を預ける僕。何せ今日は普段やらないような行動をとったからだ。


「お疲れ様ですマスター。とても可愛かったですよ」


 いつもながらの美貌を携えたイブが楚々としてお茶を持ってくる。

 僕はお茶を受け取るとそれを飲みながらぼやいた。


「仕方ないだろ……。油断ならないダンジョンの中心で取引する以上、肉体がなければ話にならないし」


 本当ならイブを表に立たせたいところだったが、その場での戦闘も想定した結果幻惑魔法を使って自分で出るしかなかった。


「取り敢えず無難に演技したけど、皆の目がどう考えても変だったよなぁ」


 女性の真似をしたのは初めての経験だ。ぎこちない演技だったりしなかったか?

 そんな不安が浮かぶのだが…………。


「記録として残してありますけど見ます?」


「ちょっとまて! 何故そんなものを残した?」


「滅多にみられないマスターの勇姿ですもん。イブの個人観賞用に残してたんですよ」


「いいから消せよ! 恥ずかしいだろっ!」


 思わず慌てる僕に対しイブは頑なだった。

 結局、個人で楽しむということで了承したのだが、そもそも誰かに見せることは無いだろうから一方的に譲っただけとなる。


「それに特殊のコアを一杯手に入れたんだから喜びましょう」


 イブが上機嫌で解析をしていく様子をみながら僕は……。


「まあいいけどな……」


 そんなイブを見ているとどうでも良くなってきて眠りに落ちるのだった。



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