第121話星降りの夜6日目



「落ち着いてっ! 距離を取るんだっ!」


 アークの怒鳴り声とともに団員たちは剣を構えつつモンスターから距離を取る。


 禍々しい赤い液体でできた身体が地面にどっしりと立っている。

 その高さは2メートルほどで、伸ばされてる手と思われる部位は獲物を求めて動いている。


 ランクAモンスターの【カオスブラッドエレメント】だ。

 ダンジョン滞在も6日目。前日の物資の補給もあったからか団員達は久しぶりに満足な食事にありつくことができた。

 そのおかげで6日目の最初を大した怪我人を出すことなく乗り切ってこれたのだが……。


「ここでレアモンスターとはな」


 これまでの法則だとモンスターは4時間ごとに召喚されていた。

 6日目に現れたのはエレメントシリーズという魔力で狂ってしまった精霊モンスターだった。

 このアルカナダンジョン以外では【精霊回廊】でしか遭遇できない強敵だが、Sランク探索者ともなれば討伐経験はある。

 フリーズエレメントやフレアエレメントなどを反属性の武器や魔法で攻略していった。


 だが、5度目の召喚で状況が変わる。現れたのはカオスブラッドエレメント。

 精霊回廊でも滅多に登場しないレアモンスターで精霊石というレアアイテムを確定ドロップする。

 その液体は血でできているのだが、物理攻撃に対して硬く変幻自在。魔法耐性も高く、ダメージは通るのだが倒すためには剣や槍などの物理攻撃と魔法攻撃を連続で叩き込んで仕留める必要がある。

 これまでのエレメンタルシリーズは倒すまでに2時間あれば足りたのだが、今回のカオスブラッドエレメントは出現からもうすぐ4時間経過するが倒しきれていない。


 アークは珍しく焦りを浮かべると周囲に激励を飛ばすのだった。



   ★




「落ち着いてください。毒を受けたものは即座に解毒魔法を掛けますので私かセレーヌの元まで戻ってきてください。騎士は前線を維持して決してモンスターが近寄らないように注意をしてください」


 フローラの指揮の元、全員が目の前のモンスターと相対している。

 緑の気体でできた身体は物理攻撃を無効にするので、スカウトした付与士に武器に魔法を付与させて戦っている。

 【デッドリーポイズンエレメント】。猛毒の霧の集合体で、少し吸い込むだけで毒を受けてしまい、大量に吸い込めば死は免れない。

 遠距離から攻略するのがセオリーの厄介なモンスターだ。


 通常の戦闘であれば距離を確保して戦うのだが、ダンジョンが狭まり隣のベースとの距離が近い現在。離れてしまうと他のベースにモンスターが進行してしまう可能性がある。

 お互いの受け持ちを決めているわけでは無いが、予想外の背後からの攻撃で他のクランが全滅してしまうのは不味い。尚且つ、テンプルウォーリアには魔道士がいないので遠距離からの攻撃もできないのだ。

フローラたちは優位な立ち回りを捨ててでも距離を維持するしかなかった。


「ダメですっ! 解毒が追い付きませんっ!」


 騎士の一人が叫ぶ。

 切り付けるたびに毒を受ける上、後方に行かせないためには下がることもできない。

 順番に解毒をしていたフローラとセレーヌだったが、ローテーションが回らず戻る途中で膝をつく騎士も出始めてしまった。


「私が行きますっ!」


 このままでは途中で倒れている騎士は助からない。セレーヌはベースを飛び出すと騎士の元へ駆けつける。


「も、申し訳ありません」


 セレーヌが解毒魔法を掛けると騎士が意識を取り戻す。


「ここは危険です。一度引きましょう」


 そういって騎士に肩を貸して引っ張ろうとしたのだが――。


「セレーヌ逃げなさい!!」


「えっ?」


 気が付くと背後にデッドリーポイズンエレメントがいた。

 そしてその生理的嫌悪を呼び起こす気体がセレーヌへと延びてくる。


「せ、セレーヌ様。私を置いてお逃げください」


 青い顔をした騎士が訴える。


「そんなことできるわけありません。立ち上がって! 距離をとるのです」


 何とか引っ張ろうとするが、鎧を身に着けた男を引っ張るにはセレーヌは非力だった。その場から動くことができずいよいよ毒が届くかと思ったところ――。




「はっはっー! 死にやがれっ!」


 突然の爆炎魔法によりデッドリーポイズンエレメントが後退する。そして追撃するように暴風の魔法が放たれ周囲に充満していた毒を空へと吹き飛ばした。


「えっ? あなたは……?」


 赤髪の角を持つ少年――タックの登場にその場の全員が唖然とする。


「てめえら邪魔だからどいてなっ!」


 呆然としているセレーヌを無視するとタックは魔法を放つ。気が付けば周囲には大勢の魔道士が展開していて魔法でモンスターを攻撃し始めた。


 先程までの苦戦が嘘のようにデッドリーポイズンエレメントが弱っていく。


「ロレンス様の指示で援護に来ました」


 フローラに抱き起されつつもセレーヌは前線の光景を見る。いや……正しくはその中心で魔法を使いながら剣をふるう少年の姿を……。


 それからどれだけの時間が経ったのか、いつしか戦闘は終わっていた。


   ★


 窓の外の遠く輝く山へと星が落ちていく。


 その様子をワインを片手に見ている者達がいた。

 毎年この時期に行われる星降り祭りは盛大で、ここでしか見られない光景を一度は見ておこうと近隣から貴族や王族、大商人などの有力者が観光に訪れる。


 彼らはこの幻想的な光景をバックにプロポーズをしたり、あるいは肩を寄せ合って愛を語る。


「全く……。ダンジョンに挑んでいる者達のことを考えると不憫だが……」


 島の議長を務める男はその光景をどこか申し訳なく思っていた。

 探索者達は命がけでアルカナダンジョンに挑み、ここでしか手に入らない物資を持ち帰ってくる。

 貴族や王族は観光目的で訪れて多額の滞在費を置いていく。


 このアスタナ島にとって星降りの夜は年に1度の興行イベントなのだ。

 そんな感慨にふけりながらワインを飲んでいた議長だが……。


 ――コンコンコン――


「入れ」


 許可を出すとドアが開く。


「夜分遅くに申し訳ありません。少し耳に入れておきたい事がありまして……」


 今は6日目の星降りが始まったばかりの時刻。ダンジョンの入口が開かれ、例年であればこのタイミングで探索者達が引き上げてくる。今年も度肝を抜かされるようなレアドロップでもでたのだろうか?


 そんな風に議長が思っていたのだが……。

 若手議員は説明を始めると議長は静かに聞きいった。そして……。


「その者をここへ呼ぶのだ。私が話をするとしよう」


 顔をぎらつかせるとそう言うのだった。


   ★

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