第118話星降りの夜3日目
「次の方を連れてきてください」
白のカーテンが引かれる治療室に鎧を脱がされた神殿騎士が入ってくる。
「それでは治癒魔法を掛けますので動かないでくださいね」
「は、はいっ!」
身体に触れると神殿騎士が顔を赤くして硬直する。無理もない。彼の目の前に立つ女性は【聖女】の恩恵を持つ神殿のトップなのだから。
【聖女】とは治癒魔法を扱う恩恵の中で最高峰にあたり、この恩恵が発現した人間は神殿に囲われ崇められることになる。
フローラはそんな神殿騎士を気にする様子も見せずに治療を続けると、元々軽傷だったこともあってかみるみる間に傷口が塞がり始める。
「ありがとうございます。助かりました」
やがて傷口が完全に塞がると、神殿騎士は感謝を述べると治療室を出て行った。
「ふぅ……さて次をお願いします」
一息吐くとフローラは気を引き締めて次の怪我人を求めるのだが……。
「この周期での怪我人は今ので最後です」
「えっ? もう終わりですか?」
その言葉が意外だったのかフローラは目を大きく開いた。
現在は星降りの夜から数えて3日目。明け方に壁が動いたのでベースを再設営してモンスター討伐をしている。
出てくるモンスターは1日経って更にランクが上がったので忙しくなると思っていたのだが……。
「フローラ様。どうかなさいましたか?」
目の前の少女を見る。年は自分より3つ下で自分と同じく【聖女】の恩恵を持っている。幼少の頃より神殿にて奉仕活動を行ってきた商家の娘で、フローラも長い付き合いだ。
もともと使えた治癒魔法を恩恵を得てから伸ばしているので、この暇な状況は彼女の手によるものだとフローラは判断した。
「いいえなんでもないわ。それよりもセレーヌ。次の怪我人が運ばれてくるまで時間がありそうだから少し休憩にしましょうか」
魔法陣からモンスターが湧き出すのは約60分に1度。現在は先ほどモンスターが湧いてから40分程なので自分たちのベースを含めて余裕がある状態だ。
初日は15分おき。2日目は30分おきにモンスターが湧いていたことから考えても日をまたぐことにクールタイムは増える仕組みに違いない。
「わかりました。それではお茶を用意しますね」
柔らかな笑みを浮かべて紅茶を淹れ始めるセレーヌをフローラはつぶさに観察してみる。
もともと聖女としての呼び名が高く、様々な王族貴族から交際を迫られてきたフローラからしても美しいと思わせる容姿を持っている。
実家が大商人ということもあり、育ちの良さが所作に現れている。さらに柔らかい物腰で常に他人を立てるように接してくれるので、このベースでも彼女に好意を寄せる人間が多い。
「それで、あなた疲れていない?」
紅茶のカップを手に向かいに座ったセレーヌにフローラは質問をする。
「ええ大丈夫です。外の皆さんが頑張っているのに治療しかしていない私が根を上げるなんてできません」
その言葉にフローラは眉をひそめる。
「治療しかと自分を卑下するのは良くありませんよ。私達は怪我をした人々を癒し、彼らはモンスターから私達を守ってくれているのです。その言葉は身体を張って守ってくれている彼らに失礼です」
自分達が守っている存在がくだらないと貶めているようなもの。
「も、申し訳ありません」
叱責にセレーヌは首をすくめる。フローラは生真面目すぎる少女をしばらく見てから表情を和らげると。
「あなたがいるおかげで私の負担が減っているの。だからもっと自信を持っていいのよ」
事実、こうして休む時間があるぐらいに余裕が生まれているのだ。セレーヌはその言葉に嬉しそうな顔をすると。
「そういえば差し入れにもらったお菓子があるんです。少し待ってください」
アイテムボックスから取り出したケーキを切ると差し出してきた。
「これは……聖国でも食べたことのない素晴らしい味わいね」
口に入れるとフルーツの味わいが際立つ。育つ季節がバラバラのフルーツがまるで旬を閉じ込めたかのような最上級の甘みを放ち舌を刺激するのだ。
「ええ、アカデミーの後輩が作ってくれまして。男の子なんですけどお菓子作りが得意なんですよ」
そういうと嬉しそうに笑って見せた。最近では滅多に見せなくなった子供っぽい表情にフローラはからかいの気持ちが浮かんだ。
「それってもしかしてセレーヌの好きな人だったりする?」
その男の子はまず間違いなくセレーヌに気があるのだろう。そうでなければこんなにも極上のお菓子を用意したりしない。
一見単純なフルーツタルトだが、こめられた手間とコストを考えればそう判断するしかない。
「えっ? 私は別にそんな……可愛い子だとは思いますけどね」
意外な質問だったのか目を丸くして答えるセレーヌに。
(その少年も報われないわね)
フローラは内心で溜息を吐いた。
「じゃあ、あなたの好みはどういう人なの?」
極悪と呼ばれるアルカナダンジョンの真ん中でこんな話をするべきではないかもしれない。だが、このベースに意中の相手がいる可能性もあるのだ。ここは責任者として把握しておいても良いだろう。
「わ、笑わないって約束してもらえますか?」
「神に誓って笑いません」
破壊力の高い上目遣いを駆使したセレーヌの言葉にフローラは即座に頷く。
「私の好みは暗黒騎士クロードです」
「えっ?」
恥ずかしそうに顔をそむけるセレーヌ。だが、フローラは該当する人物が神殿騎士の中に思いつかなかった。そしてしばらく考えたのち、それが当然であることを知る。
「もしかして【星降りの夜の暗黒騎士と姫】に出てきた?」
このアルカナダンジョンを元にした小説がある。
そこではダンジョンに挑んだ暗黒騎士クロードが敵国の姫と恋に落ちる話だ。
最後には二人は島の北の岬より身投げをしたとされている。今から100年前の悲恋物語だ。
「あなたの趣味は解らないわね……」
その小説はフローラも読んだことがある。最初は粗野な態度のクロードだが、セリーヌを守って親しくなるにつれてぶっきらぼうながらも優しさを見せる。そのあたりは理解できなくもないが、もし自分なら最初の段階で近寄りもしない。
(神殿育ちのせいで悪い男にだまされやしないかしらね)
そんな懸念をフローラは抱くのだが……。
「それじゃあ、私は残りのケーキを他の人たちにも差し上げてきます」
そういってセレーヌは出て行った。
自分が心配したところで決めるのはセレーヌ。もし妙な男を連れてきたら聖女の権限で反対しようと思いつつケーキを食べ終え立ち上がると……。
「あら? 調子が良くなってる。休んだ効果かしら?」
先程までに比べて身体が軽く魔力が充実している。
ダンジョンに籠って数日。徐々に疲労が蓄積されていたはずなのだが、それも吹き飛んでいるかのように快適だ。
「なんなのかしらね? これならまだまだ働けるし、支援魔法でも掛けにいきましょうかね」
フローラは首を傾げつつも治療室を出ていくのだった。
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