第117話星降りの夜2日目

「…………くぁっ。うるせえな」


 外では魔法による爆発音と振動が伝わってきてくる。仮眠をとるように言われていたタックは、シーツ一枚しか敷かれていない固い床から身体を起こすとそうぼやいた。


 そんな中欠伸をするタックにロレンスは鋭い目付きを向けた。


「育ちの良い坊主にはこたえるか? モンスターが近くて怖いというのならいつ帰ってもらっても構わぬぞ」


 マリナやルナがアークに付いたのと同様にタックはロレンスの勧誘を受けていた。


「冗談だろ? 魔国じゃあこんな程度の戦場は日常茶飯事だったからな」


 人族の土地に比べると魔国はモンスターが強く数も多い。

 こうした戦いは年中どこかで行われており、タック自身も経験の為に参加したこともある。


「なあ、ひと暴れしてきてもいいか? あまりにも身体を動かさねえとなまっちまうからよ」


 そう言うとタックは剣を身に着けて出て行ってしまう。

 現在は2日目の明け方を迎えた頃。


 先程、ダンジョン内の外壁が動いたせいで外周の魔法陣が消え、出現するモンスターの数が減少した。

 だが、モンスターを召喚する魔法陣が減ったからと言って楽になったわけではない。

 出現するモンスターのランクはDへと上がっており、討伐するのに時間が掛るので決して楽な状況ではない。


 ――ドォオオオーーン――


 近くからこれまでよりも大きな振動が伝わってくる。

 やったのはタックだろう。彼は魔剣を振るうだけでは飽き足らず魔法も使いこなすことができる【魔剣士】の恩恵を持つ。


 全体的に魔法よりなメンバー構成のロストマジックにおいてどちらでも戦える戦力と言うのは貴重だ。ロレンスの戦局を読む力と合わせればクランの力を何倍にも引き上げることができる。


 だからこそロレンスはタックを優先して口説いた。


「それにしても少し派手にやりすぎだ」


 魔力は有限で、魔法の使い手は貴重だ。序盤で力を見せつけることは他のクランや野良参加者達に対して必要だが、それで魔力を使い切ってしまっては意味がない。

 剣で戦う騎士や戦士と違って魔法は1発で戦局を傾ける力がある。だからこそ放つタイミングを見極める必要があるのだ。


 先日の突入の際に放たれた広範囲の魔法はタイミングも威力も申し分なかった。


「グランドクロスかテンプルウォーリアかは知らないが良い魔法使いを呼び込んだものだ」


 もしかするとかの噂の【大賢者】の一撃の可能性も高い。

 剣聖と大賢者にも一応声を掛けたのだが、既にグランドクロスに決めていたため引き下がったが、あれほどの魔法を扱えるのなら自分の元で有効に使いたかった。


 ロレンスの思考は獲得できなかった戦力への未練にそれる。


「まあよい。たとえ大賢者が使えるにしてもまだ経験不足。これを手に入れた私の前には霞む」


 ロレンスが懐から取り出したのは透明な石。よく見るととてつもな魔力を宿している魔石だった。


「胡散臭い商人だと思ってみれば中々。高額を支払ってしまったが、そんなのはこのダンジョンを攻略すれば余裕で回収できる」


 渡された魔石の説明を受けたロレンスは驚いた。

 それというのもこの魔石。魔道士100人分の魔力を有しており、魔力の扱いに長けている者ならば自在に魔力を取り出すことができるのだ。


 ロレンスは半信半疑になり試してみたところ、問題なく魔力を取り出すことができた。


「巨大な魔法を使える魔道士の存在は貴重だ。だが、1人の魔道士が保有する魔力には限りがある」


 強力な魔法を使えば目の前のモンスター達を一掃できる。だが、そうすると魔力が消費されてしまい休まなければならない。

 魔道士は魔力が尽きてしまえば戦闘力を失ってしまう。戦場においてのそれは死へと直結するので、魔道士は常に撤退も視野に入れて魔力の3割は残すように立ち回る。


「そのせいで、ダンジョン攻略に時間が掛るのだがな……」


 常にリスク管理をするので危機に陥る事は滅多にないが、攻め時を逃すことも少なくない。


「だが、私が魔法を全開で使えるのなら話は別だ」


 見習い魔道士を10人揃えるぐらいなら熟練魔道士1人の方が役に立つ。

 そして全ての魔道士の頂点たる自分が魔法を使い続ければこのランクのモンスターなど一瞬で片付けることができるのだ。


「この魔石にはそれだけの価値がある」


 これまではマナポーションなどの回復アイテムに頼っていたが戦闘時にタイムラグ無しで回復できる利便性には及ぶ余地も無い。


「ここをでたらどのような仕組みか解き明かしてみせようぞ」


 気が付けば外の騒音も止んでいる。

 タックがモンスターを壊滅させたのだろう。


「全く。順調すぎて退屈じゃな」


 予定外の優勢にロレンスは珍しく笑みを浮かべるのだった。

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