第105話魔道船

「うわー、凄い光景だなぁ」


 360度の視界全てが青で埋め尽くされ見上げると雲一つない空に太陽が眩しく輝いている。

 船首の方からは気持ちよい風と共にどこか心がわくわくするような甘い潮の香りが漂ってくる。


 前世で一度だけ親族の結婚式で海外旅行に行った際に嗅いだ匂いと似ている。


『最高の旅行ですねマスター。イブはマスターが楽しそうでなによりです』


「南の島でバカンスだぞ。テンションが上がらない方がおかしい」


 前世と今世を含めて随分久しぶりの旅行なのだ。期待しないわけがない。


「なんせ、世界中の各国から優秀生徒を集めてやる招待旅行だからな。豪華なホテルでパーティーだったり、カジノやバーでの娯楽だったり。他にもリゾートならではの店がいっぱいあるはずだぞ」


『マスターはまだ未成年ですからバーは駄目ですからね?』


 イブがきっちり釘をさしてくる。

 とにかく今から向かうのは南の島ということで僕は興奮して期待に胸を膨らませるのだった。


「なんだ坊主。お前さんは部屋で倒れてなくていいのか?」


「ええ、こんな光景初めてですから。少しでも目に焼き付けておきたくて」


 声を掛けてきたのはこの魔道船の船長さん。

 今から2日前、僕らアスタナ島への招待客は魔道船に乗り込んだ。


 その際に挨拶をしたのが目の前の人物だ。


「たいしたもんだな。ここの波は荒くてな、余程海に慣れている人間も船酔いするんだぜ。もしかして漁師の息子か?」


「いえ、父親は元探索者ですけど」


 生まれつきなのか、鋭い眼つきで聞いてくる。


「お前を除くと大半の学生さんは船室で倒れてるな」


 そうなのだ。あてがわれた船室は4人部屋なのだが、僕と同室の男子生徒達もうめき声をあげており、時々つぼに向かって「うえぇっー」と叫んでいる。

 そんな状況なので僕としても部屋に居辛くこうして出てきたのだ。


「順調に進んでもあと数日掛かるんですよね?」


「そうだな、波によって前後するが予定通りにアスタナ島へと到着できるだろうよ」


 そうなると、僕はあと数日の間あの酸っぱさ漂う船室に寝泊まりしなければならないということか…………。


「酔いを止めるいい方法とかないですかね?」


 ただでさえザ・ワールドにしばらく泊まっていないのだ、いい加減嫌にもなってくる。


「これでも多少はましな方なんだぞ。うちで仕入れている酔い止め薬を飲ませてるからよ」


 できる手は打っているらしい、それならば仕方ないのか……。

 僕は船長さんにそろそろ戻ると告げると内部へと戻っていった。



「よぉ、エリクじゃねえか」


 することも無いのでレストランフロアで読書でもしていようと考えた僕をタックが見つけて声を掛けてきた。


「タックは平気そうですね」


「あん? ああ、船酔いな。俺ぐらいになると感覚を切り離すこともできるからな。俺の学園の他の連中は船室で唸ってるよ」


 どうやらタックの学校もらしい。

 僕の学校ではかろうじて平気なのはセレーヌさんぐらい。

 彼女は治療魔法を体内で循環させることで酔いを緩和させているとのこと。


 治癒魔法ができれば防げるということではないらしく、現に他の学校から参加している治癒士は倒れているのだ。


「あら、こちらにいらっしゃったのですね」


 続いて現れたのはマリナさんとルナさんだった。2国を代表する宝石姫だ。


「ええ、船室にいても気が滅入るのでここで本でも読んでいようかと思いまして」


「俺は単に腹が減ったから食ってるだけだがな」


 タックのテーブルには食べ終えた食器が並んでいる。この量を食べたのなら普通に気持ち悪くなりそうなんだけど……。


「マリナさんとルナさんは平気なんですか?」


「ええ、私は仮にも【剣聖】です。多少足元が浮いているような違和感がありますが、この程度は問題ありません」


「…………辛い」


 右手を胸元に持っていき問題ないと主張するマリナさんとは裏腹にルナさんは顔を青ざめさせている。


「……薬作ったの下手くそ。魔力の籠め方なってない……もっと腕が良ければ……」


「ほらほら、無理してしゃべらないの」


 口元を抑えるルナさんの背中をマリナさんがさする。

 ルナさんは余程元気がないのかツインテールも適当に結んでいるようで余裕がなさそうだ。


「へぇ……それってどんな薬なんですかね?」


「……ん。これ」


 僕が聞くと彼女はスカートのポケットから取り出した薬を僕に渡してくれる。その際に冷たく震えている指が僕に触れた。渡されたのは5粒の丸薬だ。


『ふーん、標準的な腕前の錬金術士さんが作った酔い止め薬ですね。効果は数値で言うと15ぐらいでしょうかね?』


 それが高いのか低いのかよくわからない。


(ルナさんが完治するのに必要な数値はどのぐらい?)


『そうですねぇ……多分ですけど100あれば問題ないかと』


「………………エリク?」


 完全に弱っているようで見上げてくる瞳に力がない。

 僕はその様子を見て決断をすることにした。


「ちょっとこれ貸してください」


「え? どうするんですか?」


「なんだよ。お前も酔ったのか?」


 眉を寄せるマリナさんとからかいの言葉を口にするタック。

 僕はルナさんに向きあうと。


「もう少しだけ辛抱してくださいね」


 笑顔を見せるのだった。







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