第103話2人の女の子……その正体は

 港町レーベ。ここに来るのは今回が初めてだ。

 魔国の学園に入学して以来、魔王の息子として高い魔力と武技を身に着けていた俺はあっという間に頭角を現し、学園1の優秀者になった。


 そのせいで、この招待旅行に呼ばれる始末だ。

 


「ちっ。どいつもこいつも浮かれてやがる」


 こちとら頭が痛い問題を抱えているせいで気が滅入っているというのに、観光ガイドを片手にうろつく人間がそこら中にいやがる。


「あーくそっ! むしゃくしゃするぜ」


 こんな時は身体でも動かせればいいんだが、引率の教師から「むやみに喧嘩をふっかけるな」と言われている。

 教師なんぞは怖くもないが、親父の耳に入ると厄介だからな。


 浮かれた連中を避けるように歩いていると段々と人気のない道へと進んでいた。

 どうやらこの辺は荒くれた連中がたむろしている気配を感じる。


 俺は口の端をつり上げて何とも言えぬ予感を感じていると…………。


「ビンゴだな」


 女が2人絡まれてやがった。見た目はかなり整っていて服装もどこか高貴な雰囲気を漂わせている。

 そしてその奥にはそこそこ実力がありそうな冒険者風の男が数人。


 俺は、はやる気持ちを解放しながらその場へと急行するのだった。




「くらいやがれっ!」


 男4人に女が2人俺の乱入に口をポカーンと開けて驚いてやがる。

 俺はまず数を減らすために魔力の塊を前にいた男達に叩きつけた。


 これは魔力の扱いに長けた魔族だからこそできる力技だ。

 普通の人間は魔力を魔法に変換してから使っているが、魔族の中でも実力が備わっている人間はこうした戦い方が可能だ。


「「「ぎゃあああああああああああ」」」


 男3人が醜い悲鳴を上げてぶっ倒れやがった。


「ちっ! 軟弱な……」


 装備の質と雰囲気からもう少し楽しめると思ったが、買い被りだったらしい。

 残るのは明らかに弱っちそうな男が1人だけ、これじゃあ運動にもなりゃしねえ……。


「ちょっと。落ち着いてください」


 男は手を上げて戦意がないことをアピールしてくるが、こうして俺の前に現れたんだ。容赦するつもりはねえ。


「ナンパなんかするやつの言葉なんて聞かねえよっ! とりあえず沈んどけや」


 俺は剣を抜くと、一足飛びに距離を詰めると薙ぎ払った。

 重傷を負わせるつもりはねえ、刃をねかせて側面で当てるだけだ。

 ナンパから助けるという大義名分はあるが、やり過ぎると教師に目をつけられちまうからな。


 次の瞬間、俺の剣が男の腹に吸い込まれ振り抜くために力を込めたのだが…………。


「えっ!?」


 その攻撃は当たることなく、俺の腕にはなんの感触も伝わってこなかった。


「危ないですね、もう。僕は無関係ですから剣を引いてください」


 離れたところから声がする。こいつは驚くほどの速度で後ろに飛び、攻撃を避けたのだ。


 自分が斬りかかられたというのにこの惚けた反応っぷり。俺の斬撃なんぞ脅威にも感じていないというのか?


「しるかっ! ナンパ野郎は皆そう言うんだ。今のは手加減してやったんだ。調子に乗るんじゃねえぞ」


 俺は学園では剣も魔法もトップに君臨している。

 親父が治める魔国でもそれぞれの分野で俺より上の人間はそれなりにいるが、両方揃って俺より上の実力を持つ者は片手で数える程しかいねえ。


「ちょ、ちょっと! やめなさいよっ!」


 何やら雑音が聞こえる。俺は意識を目の前の男へと集中するとその呼吸を感じ取る。

 こうしてみると無造作にしているようで隙がねえ。

 まるで親父と対峙しているかのような威圧感すら感じる。


 頬を汗が伝うのがわかる、だが一度抜いた以上は後には引けねえ。なによりもこんな戦意すらだしていない奴に圧倒されているのが気に入らなかった。


「行くぞっおらっ!」


 俺は不可視の魔力の塊を放つと地を蹴って男に肉薄する。

 魔力を視認できない人間に効果的な2重攻撃。


 黙って立っていれば魔力の塊が当たりダメージを受ける。

 視認できないまでも避けたらバランスを崩して俺の突進でやられる。


 ただの人間相手ならこれでとれる。俺は勝利を確信するのだが…………。


「ほんとうに話を聞かない人だね。ナンパ師から助けようとした所は好意的に思えるからいいけどさ」


 何やら余裕を持っているのかぶつぶつと呟いている。無防備に受けるつもりならこのまま剣を叩きこんでやる。そう考えていたのだが…………。


「なっ!」


 次の瞬間、俺は攻撃を止めて立ち止まってしまった。それと言うのも…………。


「はい僕の勝ち」


 背中に何かが押し当てられる。そしてのんきな声で話しかけられるのだった。



   ★


「……ふぅ」


 何とか襲い掛かってきた魔族の男をいなした。

 恐ろしい程の魔力と鋭い攻撃で、同世代にここまでの実力者がいるのかと驚いたものだ。


『流石にあの魔力波はマスターでもダメージ受けますからね』


 僕には見えなかったが、イブが教えてくれたおかげで攻撃が来ることがわかった。

 2種類の同時攻撃をかわすには状況が厳しかったので、僕は転移魔法を使って彼の背後をついたのだ。

 そして持っている武器を背中に押し当てて勝利宣言をすれば相手の戦意も挫けるだろう。


 離れたところでは2人の女の子が事態を見守っている。

 ウェーブ掛った金髪の女の子は凄みのある剣を腰に差している。

 ツインテールの銀髪の女の子はローブに身を包み魔力の篭った杖を持っている。

 どちらもかなりの美人さんで男達がナンパをしてしまう気持ちも若干わからないでもない。


 僕がそんなことを考えていると…………。


「ふっ、ふざけんなっ! こんなところでナンパ野郎に負けてたまるかっ!」


 どうやら誤解はまだ解けていないようだ。ここで引くと僕が彼女たちをどうにかすると考えているのだろうか?


「まだやる気?」


 言葉での説得は通じないだろう。僕も目の前の相手に少し本気を出そうと気配を漂わせる。


「当たり前だっ!」


 その返事に僕は剣を取り寄せると…………。


「今度はこっちから仕掛けるよっ!」


 勢いをつけて突進していった。




「はぁはぁっ!」


 百を超える斬撃の音が響いたあと、お互いに距離をとる。

 僕は剣技については我流になるのだが、目の前の男との打ち合いは存外に楽しかった。

 大抵の相手なら力で押しつぶしたり、速度で振り回したりできるのだが、彼は相当の実力者なのか、力を受け流し、速度にも反応して見せる。


 チャンバラごっこでギリギリ当たらないかのような楽しさがそこにあった。


「そろそろ、終わりにしようか?」


 だけど、彼の体力も残っていないようでこれでお終いだろう。僕はせめて楽にしてやろうと飛び込んでいく。一撃で意識を刈り取ろうとその剣を振るうと――。


 ――ギギンッ――


「はい。そこまでよ」


 金髪の女の子が僕の斬撃を受け止めていた。

 飛び込みの速度といい、それなりに威力を込めた斬撃を受け止めた力といい只者ではなさそうだ。


「まあいいけどさ……」


 僕があっさりと剣を引くと。


「今だっ!」


 どうやら男はカウンターを狙っていたのかひそかに込めていた魔力で魔法を放とうとした。だが…………。


 ――バチバチバチバチッ――


 僕と男の間を一条の光が走り抜ける。これは基本4属性の上位に位置する雷魔法?


「……それ以上は。駄目」


 放ったのは銀髪の女の子。彼女もどうやら規格外の存在のようだ。


「お前ら……一体なんなんだ……?」


 ナンパから救ったと思った女の子達の力を見て魔族の男は信じられない表情を作る。その問いに僕は答えるつもりは無かったのだが…………。


「アナスタシア王国第一王女で【剣聖】マリナ=アナスタシアよ」


「シルバーロード王国第一王女の【大賢者】ルナ=シルバーロード」


「「はっ?」」


 僕と男の言葉が重なった。



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