第61話入学式
『……であるからして、学生諸君にはより一層の努力と研鑽を積んで〜』
目の前では僕らが入学するアカデミーの校長が入学の挨拶をしている。
黒の帽子に黒のローブを着た白髭を蓄えた穏やかな老人といった風貌だ。
「……ふぁ~あ」
いつの時代も校長の話は長く、身動きが取れない現状で僕は大きな眠気を感じていた。
「おい、エリク!」
そんな僕を見咎めて隣からロベルトが言葉を発してきた。
入学式の後でパーティが―あるのでパリッとしたタキシード姿に髪をバックに纏めている。
「ごめん、あまり寝て無くてさ」
最近色々やっていたので寝不足なのだ。
『だから寝た方が良いって言ったんですよー』
イブがちゃちゃを入れてくる。
確かに言われたのだが、ポーション作成のための材料について色々調べ始めたところ、興味が湧いてきてしまったのだ。
現在の僕の【錬金術】を試すのには設備が足りずに断念しているのだが、それもアカデミーに入学したことで解消できる。
何せ、アカデミーにはありとあらゆる設備が揃っていて、学生はそれらを無料で利用できるからだ。
僕は早く【錬金術】を試したくてついつい本を読みふけってしまったのだ。
「ふふふ、気持ちはわかりますわ。私もいよいよアカデミーに通うかと思ったらねつけませんでしたから」
もう片側に座っていたアンジェリカは嬉しそうにそう言うと僕に笑いかけた。
胸元を大きく開いたオレンジのドレス。首には真珠のネックレスを掛けて、耳には蒼の石のイヤリング。髪は綺麗に結い上げていてうなじを覗かせている。
普段の姿も綺麗だとは思っていたが、こういて着飾って化粧まで施した姿は一国の姫様だと言われても納得してしまいそうになる。
周囲の人間も、この晴れ舞台に合わせて各々が最上の衣装を用意して挑んでいるのだが、僕の両隣はそれをさらに超えてかがやいていた。
僕は何気なく背後をみる。
すると、こちら側の絢爛豪華な衣装とは違い、地味な制服(アカデミーの制服)に身を包む学生たちが座っている。彼らは平民側の生徒達だ。
本来ならば僕もあちら側で肩を並べて座っているはずだったのだが、前日にロベルトに呼び出され、衣装合わせをされたのだ。
なんでも、パーティーに関しても貴族と平民では別々になるらしく、ロベルトとアンジェリカたっての希望で僕には貴族側の席に居て欲しいらしい。
この席についても同様だ。
入学式を前で聞くためにはアカデミーに多額の寄付を支払う必要がある。
衣装代と席代の金額を聞いて飛び上がりそうになった僕はロベルトとアンジェリカに支払う旨を伝えたのだが……。
「引っ越し手伝ってくれた礼だ」「お野菜のお礼ですわ」
どれだけ支払わせるように訴えかけても聞き入れてくれなかったのだ。
結局折れない二人に「ありがとう」とお礼を言うと照れているのか頬を掻く仕草をされるのだった。
「さて、俺はちょっと外させてもらうな」
入学式が終わり、パーティーまでやや時間が空いてしまい、僕等は所在無さげに控室に入っていた。
そんな中、ロベルトは知人でも見かけたのか1人歩き去ってしまう。
「ふぅ……ようやく堅苦しいのから解放されましたわ」
目のやり場に困りそうな恰好をしているアンジェリカが身体をほぐしていると……。
「アン!」
入り口から女性の声がした。
「お、お母様っ! どうしてっ!」
焦りを浮かべたアンジェリカはその女性に駆け寄る。
「お身体は大丈夫なのですか?」
その女性はよく見ると真っ白な肌をしていた。
化粧でごまかしているようだが、体調が悪いようだ。
「貴女の晴れ舞台ですもの。駆け付けるに決まってます」
「あ、ありがとう……ございます」
母親のその言葉にアンジェリカは肩を震わせ答える。
「ところでアン、そちらの方はどなたかしら?」
母親の視線を受ける。どうやら僕のことを差しているようだ。
「こちらの方はエリク様です。アカデミー試験の際にわたくしやロベルトの命を救ってくださった方ですわ」
「まあ……まぁまぁ…………」
瞳に好奇心を宿らせて母親は僕の傍までくる。
「この度は娘の命を救っていただき誠にありがとうございます。周囲の反対を押し切ってアカデミーに進学すると言った時は寿命が縮みそうでしたが、エリクさんのおかげでこうして無事な姿をみることができるのです」
「いえ、こちらこそアンジェリカにはいつもお世話になってばかりです。今日だってこんな素敵な衣装を用意してもらって、こうして気にかけて頂いてますから。そうでなければ浮いてしまって所在がありませんので」
「あらあら……呼び捨てにするなんて……そう言うことなのかしら? エリクさん。娘を宜しくお願いしますね」
興奮気味に手を掴む母親に。
「も、もうっ! お母様っ! エリク様を困らせないでっ! はやくあっちに行ってよね!」
普段の落ち着きが迷子なのか、顔を真っ赤にして追い出すのだった。
「ううう、みっともない姿をお見せしました……」
母親が去るとアンジェリカは両手で顔を塞いで恥ずかしがる。
「良いお母様じゃないか。アンジェリカの晴れ舞台を見に駆け付けてくれるなんて」
「そ、そう思いますか?」
僕のフォローに顔を上げる。その瞳が潤んでいてその表情にかげりが見えた。
「そう言えば、お母様どこか悪いの?」
その言葉にアンジェリカは呼吸を落ち着けると真剣な眼差しを向けてきた。
「エリク様にはお話しておいた方が良いかもしれませんね」
僕はその表情を見ると聞く体制を作る。
「母は難病にかかっておりまして、身体が良くないのです。今は国家錬金術師が作るスタミナポーションを飲むことで永らえておりますが、段々とポーションの効果が…………」
「追いつかなくなってきてるんだね?」
基本的にポーションを作る工程は上級者でも初心者でも変わりはない。
材料を纏めてすりつぶして液体を抽出するだけだ。
ではどこで差が付くのかというと内包する魔力量だ。
ポーションは成分を抽出した直後に魔力を籠めることが出来る。
その時に籠める魔力の量と質によって回復量が決まるのだ。
高位の錬金術師は魔力を籠める技術と魔力量が多いのだ。
豊富な魔力を効率よくポーションに混ぜ込むことで、通常ではあり得ない回復量を持つポーションを完成させる。
「今はまだ、回復が追い付いてます。ですが、いずれそれが出来なくなったときは……」
割れた瓶底のように体力が流れ落ち最後には……。
「だからわたくしはアカデミーに来たのです。ここで学び、ダンジョンを制覇し、母を救える万能薬【エリクシール】を完成させるために」
伝説の万能薬【エリクシール】。おとぎばなしに出てくるポーションで、どんな病もたちどころに癒すらしい。
そしてそのレシピは実在する。そのどれもが入手困難な材料なので、アンジェリカは自身が探索者になってそれを集めるつもりなのだ。
「わたくしは決してあきらめません。腕を磨いて、材料を集めていつか母を救ってみせるのですわ」
僕はそんな決意をみなぎらせるアンジェリカをそっと見ていた。
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