第60話料理長と団長に認められた

「これは……素晴らしい鮮度と味わいだ……」


 城で料理長を務める男は目の前の野菜に驚きを隠しきれなかった。


「どの野菜もこれまで口にしてきた高級品と比べても遜色無い。それどころか凌駕していると言っても良いぐらいだ」


 王女が「知り合いから貰ったので晩餐に出してください」と渡してきたそれを料理長は苦い表情で受け取った。


 食材の品質管理から仕入れまでを一手に引き受けているプライドがある。

 それを素性の知れない相手から受け取った食材を使って料理をしろなど侮辱されていると感じるのは当然だった。


 王族の食事には自分が仕入れた野菜を使い、この野菜は賄にでも使ってやろうと考えていたのだが、その瑞々し姿を見るうちにどうしても興味が芽生えてしまった。


「まさに、究極の野菜。成熟したタイミングを見極めて採取している。これ以上でもこれ以下でも味が落ちるに違いない」


 本当に人間の手で育てたのだろうか?

 城で料理をするようになって数十年。ここまでの食材は見たことがない。


「さらに、旬を外れた野菜までが最上の状態で収穫されている」


 作物には季節ごとの旬があるのだ。これを外すと味が落ちるため、料理人は使う食材には細心の注意を払う。ところが、王女が持ってきた野菜はそんな料理人の配慮などあざ笑うかのように最上級の味わいをもってテーブルに君臨している。


「本当にすごい野菜ですね……これ作っている農家がわかれば専属契約したいぐらいですよ」


 多少高くなっても構わない。王城に卸すということでその農家も箔が付くことになるだろう。部下の料理人の提案に料理長は頷くと……。


「うむ。これほどの作物だ。何としても定期的に仕入れられるように確保するべきだな」


 料理長はそう言うと料理を開始した。

 王の食卓に最上の食事を用意する為に……。






「えーっと、予備のショートソードを10本だったっけ?」


 1人の兵士が武器屋へと入って行く。


「せめて後1人ぐらい荷物持ちで連れてくればよかったな……」


 1本や2本ならばそれ程重くはない剣も10本ともなればそれなりの重さがある。

 兵士は団長に言われて最近在庫が薄くなったショートソードを買いに来たのだが、肝心の団長からある注文をされていた。その注文というのが……。


「なるべ高品質のショートソードとか言われてもな、メノス鉄のショートソードなんて駆け出し職人が訓練用に打つだけなんだからそうそう変わるわけがないんだよな」


 材料を入手しやすく、加工が容易なメノス鉄は鍛冶の練習に最適なため、見習い鍛冶師が練習を兼ねて作ることが多い。なのでそこそこの値段で仕入れられるため、ゴブリンやコボルトといった雑魚モンスターを退治するのに使われれるのだ。


 逆に言うと、それ以上の金属を扱える鍛冶師にとってはメノス鉄で武器を作るのは時間の無駄。よって、高品質のメノス鉄製ショートソードは中々見当たらないのだ。


「やっぱり見ても分からないな。それならちょっと値段は高いけどこの辺のショートソードを買っていくか。高いってことはそこそこ品質も良いのだろうし」


 兵士がそのショートソードを抜いてみると言い表せない気配のようなものを感じる。他のショートソードとは違う綺麗で丁寧な作りというか指に吸い付く感覚。


 結局その兵士は値段が高いショートソードを買って帰るのだった。



「団長。買ってきました」


 近寄りがたい雰囲気を漂わせた男に兵士は声を掛ける。

 この男、王国に長く勤め、数々の戦場を渡り歩き1個兵団の団長に上り詰めたツワモノだ。


 貴族からの出世では無く市政からの生え抜きなので実力は王国きっての上位に相当する。


「うむ。御苦労」


 そんな団長の前だからこそ兵士達は緊張をしていた。

 そして、兵士から剣を受け取ると団長はそれを鞘から抜く……。


「むっ?」


 その瞬間緊張が走る。


「これは……?」


「なにか不味かったでしょうか?」


 目利きを怠ったせいで粗悪品をつかまされたのだろうか?

 兵士は恐れを感じると団長に伺いを立てた。


「いや……まて」


 団長はそういうと近くに立てかけてある木人形を斬りつけた。


「「「おおっ! お見事!」」」


 次の瞬間、木人形は綺麗な断面を兵士達に晒した。


「貴様、このショートソードはどこで買ってきたのだ?」


「はっ! 街の武器屋にございますが、どうかされましたか?」


 団長の腕前もさることながら、武器の切れ味は予想以上だった。

 なので、文句をつけられることはないと兵士は思っていたのだが…………。


「メノス製ショートソードをここまで磨き上げる腕前。間違いなくマスタークラスの鍛冶師の仕業。どのような酔狂でこのような物を作ったのか知らぬが、これほどの腕前だ。きちんとした設備でレア金属を扱わせたら伝説級の武器を作る事も可能に違いない」


「なんと……」


 その言葉に周囲の兵士達が驚く。この団長がそこまで断言する程の腕前がこのショートソードを作った鍛冶師にあるのだ。


「し、至急確認してきます。これを売った人間の容貌について」


 兵士が慌てて出て行くと、団長は頬をつり上げ。


「もし見つけて武器を作らせることができれば情勢が傾くに違いない」


 笑うのだった。



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