第58話青果市場

「すいませーん。そっちの野菜から果物まで全部一通りください」


 僕は売り場のおばちゃんに声を掛けた。


『マスター豪快に買いますねー』


 ロベルト達の引っ越しを手伝った翌日。僕は青果市場を訪れた。


「あいよっ! 毎度ありっ!」


 元気な声と共におばちゃんが野菜と果物を渡してくれる。

 ここは街周辺の農業を営む人たちが集まる市場で、ここにくれば新鮮な野菜や果物が手に入るのだ。

 果物や野菜を取り扱う業者であれば銀貨5枚の場所代を支払うことで利用することができる。

 僕はおばちゃんから渡された様々な野菜類を袋に入れるふりをしてはルームへと移動させていく。


「よし、新種の野菜がいくつか手に入ったから次に行くぞ」


 僕は意気込むとまだコンプリートしていない野菜を求めて市場を駆けずりまわるのだった。




「さて、大体のものは揃ったな」


 あれから駆け足で買い物を済ませた僕は、ルーム内に雑多に置かれた野菜類を眺めていた。


「野菜に果物に鍛冶道具一式と随分と売ったり買ったりしましたね」


 隣ではエプロン姿に身を包んだイブがあきれた表情を浮かべている。

 本日の恰好は先ほど見た農家のおばちゃんスタイルなのだが、こんな格好をしていても可愛さが隠しきれていない。


 青果市場の巡回を終えた後、僕は鍛冶屋にも顔を出した。

 そこで鍛冶道具一式を購入すると共に、ロマリー鉄鋼やミスリルといったレア金属を売り払ってお金を作ったのだ。


「それじゃあ早速始めるかな」


 まず僕は【畑】へと向かった。

 そこでは今まで植えた美味しそうな野菜が青々と茂っている。

 先日ロベルトやアンジェリカにおすそ分けした【畑】の野菜だ。


「まずは新種をどんどん植えていこう」


 僕の【畑】の恩恵は野菜や果物を植えるとそれらの葉が生えてきて、一番成長した状態で止まるというものだ。つまり一番おいしい状態を勝手に維持してくれるということなのだ。


 そして【畑】の恩恵はそれだけにとどまらない。

 この恩恵は採取したそばから新たな野菜が生えてくるので、無限に採取することができる。

 なので、どれだけ採ろうとも野菜が採れなくなることはないのだ。


 無人島から戻ってからいろいろドタバタしていたが、ロベルト達に野菜を渡したことでここの拡張を思い立った僕は青果市場に赴くと育てる種類を増やそうと色々な野菜と果物を買いあさった。


「それにしても、こうしてみると壮観ですけど、食べるのがマスター1人だと勿体なく感じちゃいますね」


 【畑】に新種を植え終えてしばらくすると、早くも実をつけ始めている。

 大きなメロンであったり、大根やカブなどの野菜であったり。


「確かに1人で消費するには勿体ないよな」


 せっかくの恩恵の【畑】も一人分を賄うだけでは物足りない。


 いつでも新鮮な野菜を採れるというのは魅力的だが、ザ・ルームにしっかりと補充しておけば市場の野菜でも良いのだから。


「だから僕は考えたんだよ」


「何をですか? マスター」


 不思議そうに首をひねるイブに僕は言うのだった……。


「明日は青果市場にいくよ」



「それじゃあ確かに銀貨5枚受け取った。あんたらの場所はここからまっすぐ進んだ先にあるスペースだ」


「ありがとうございます」


 受付で男の人にお金を支払い礼を言った。

 だが、受付の人は心ここにあらずといった表情で僕の隣を見ていた。


 僕は特に気にすることなく、歩いていくと指定されたスペースで準備を始める。


「マ、マスター皆こっちを見ていませんか?」


 目の前から、この世のものとは思えないほどの美少女―—イブが話しかけてくる。


「そりゃイブが可愛いからだろうね。僕の読み通りだ」


 僕は袋に手を突っ込むふりをしてルーム内から野菜と果物を取り出しては目の前の台へと並べていく。

 このやり方ならば周囲に恩恵を使っているのを見られることはないのだ。


「えっ? 私可愛いですかね?」


 どうやら自分の容姿を客観的には見られていないらしい。

 僕がこうしてイブを表に出したのは売り子をさせるため。


 そんじょそこらでは見かけられない美少女が接客するのだ。多少売り物の品質が不味かろうが客は入る。

 ましてや僕の【畑】の収穫物はどこに出しても恥ずかしくない。ロベルトやアンジェリカも今頃舌鼓を打っていること間違いなしだ。


 イブの可愛さのおかげで僕の陣取るスペースはとにかく目立っている。なので当然ながら、僕も幻惑魔法を自分にも重ねることで変装をしていた。


「今のマスターは普段よりは少し劣りますけど格好良いですよ?」


 お世辞に対する気遣いなのか、イブがやや照れた表情で言い返してきた。

 今の僕は20歳ぐらいの青年の姿をしているので、こちらの方が大人びていて格好いいのではないかと思ったが、どうやらイブの好みではないらしい。


「とにかく今日は一日ここで売りまくってみよう。客引きは任せた」


 その言葉と共に店を開く。


 それから市場が閉じるまでの間、僕とイブは次から次に押し寄せる客を相手に収穫物を売りまくり。市場開催いらい最大の売り上げをたたき出して周囲を震撼させるのだった。

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