第56話お引越し①

「ふう、大変だった」


 僕は汗を拭うとその場に立ち止まる。


『皆さん凄い勢いでしたね』


 イブの言葉に先程の情景が浮かんだ。

 イザベラさんがドラゴンパピーの首を落とすと全員が口を大きく開けて驚いたのだ。

 そして彼らは全員が一斉に僕を見ると「これはどこで修理した?」「いくら払えばやってくれるんだ?」と質問攻めしてきたのだ。


 勢いにおされた僕は「たまたまレンタル工房にいた鍛冶屋さんにお願いしただけです」と嘘を言って逃げてきたが、イザベラさんには「知り合いにお願いする」と言ってしまっている。


 もっとも、あんな武器を駆け出しの学生が打ったと考えるよりは、行きずりの鍛冶屋にお願いしたという話の方が信ぴょう性がある。

 イザベラさんには今度改めて訂正しておけばいいだろう。


「それにしても凄い食いつきようだったな……」


 儲けられそうなら自分だとバレない対策を用意した上で仕事を請け負うのはありかもしれないな。そんなことを考えていると……。


「ん?」


 目の前で魔導車が停まった。商売用の汚らしい車ではなく、表面が綺麗に磨かれている高級車だ。


「やあ、エリク」


 そこから出てきたのはロベルトだった。


「久しぶりロベルト」


 周囲の注目を浴びながら僕は挨拶を返す。


「まだあの試験から5日だけどな」


 色々やっていたので日が経つのがはやく、既に懐かしさすら覚えていたのだけど。


「それよりエリクは実家に帰らなかったんだな?」


「往復の日数と費用を考えるとね。これまで時間も仕事して過ごしてたよ。いろいろ入り用になりそうだし」


 どうせ戻ったところでトンボ返りするのなら最初からこっちで色々やった方が効率が良い。僕の答えを聞いたロベルトは少し考えると……。


「だったら仕事しないか?」


「へっ?」


 僕はロベルトの魔導車に乗せられるのだった。




「ここでバイトするのか?」


 連れられたのはアカデミー敷地内だった。

 なんでも、入学予定の学生は入っても問題ないらしい。


 それにしてもこんな場所で仕事というのは何をやらせるつもりなのか……。

 疑問を浮かべていた僕だったが、すぐに答えを知ることができた。


「実は引っ越し業者が捕まらなくてな。これを自分で寮の部屋まで運ばなければならない」


 そこには大型魔導車があり、家具が積まれていた。


「もしかしなくても、僕の仕事というのは……」


「頼む! 一人じゃ大変なんだ! エリクならこのぐらいの荷物なら簡単に持てるだろ?」


 以前助けた時に丸太を振り回してたからね、僕が怪力なのはロベルトも知っている。確かにこれは僕が適任の仕事なのかもしれない。


「同級生のよしみで手伝うよ」


 多分これからもお世話になるであろうロベルトだ。ここで金銭的な関係を強化したくなかった僕は引き受けるのだった。



「それじゃあ1つずついこうか」


 急に信じられない発言をするロベルトに……。


「えっ? まさか何往復もするつもり?」


「それしかないだろ?」


 不思議そうな顔をする。そこで僕はロベルトにルームの能力を見せていなかったことを思い出す。


「運ぶ家具はここにあるので全部であってる?」


「ああ、相当な量だからな。気合入れてやらないと夕方までに終わらないぞ」


 確認を取ると僕はそれに右手で触れ、次々にルームへと収納していく。


「き、消えた!」


 驚くロベルトにむかって。


「あとで出せるから部屋に案内してくれるかな」


 そう促すのだった。




「へぇー広いな」


 そこは随分と広い部屋だった。暖炉や照明は豪華な物が既に設置されている。


「貴族には色々あるからな、それなりの優遇を受けることになるんだよ」


 お茶会を開いたりパーティーをしたりするのだろう。そのためには寮といっても狭苦しい部屋であってよいわけが無い。僕は今更忘れていたがロベルトが貴族だったことを思い出した。


「もしかすると敬語の方がいい?」


 せっかく打ち解けてきてレックスやミランダと話してるぐらいに砕けて話せるようになったのだが、命が掛ったあの時とは状況が違う。


 もしかするとロベルトも身分の差をわきまえろと思っているのではないか?

 そんな風に思って聞いてみると……。


「よしてくれ、俺はエリクを友達だと思ってる。いまさら敬語なんて使われたら寂しいだろ?」


 その言葉に不覚にも嬉しくなってしまうのだった……。

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