第33話自分の臭さに人は次第に慣れる

 ロベルトからペンダントを受け取ってしばらくすると、全員が食事を終えたのか思い思いに過ごし始めた。


 寝る場所は用意したし、安全の確認も請け負っている。

 先程までの張り詰めた感はなく、どこか緩んだ空気を感じる。


『やはりマスターの存在感はでかいのでしょうね』


(そうなのかな?)


 何気なくペンダントを弄りながら彼らを見ていると、


『それはそうですよ。Dランクモンスターをまとめて屠る事ができる人が『守る』と約束したんですよ。Aランク冒険者がついているようなものですし』


 もしそうならそれは良い事なんだろうな。

 試験だからといって眉を寄せて張り詰めた空気で過ごさなければいけないわけではないだろう。


 仮にそんな雰囲気で残り二日を過ごせと言われたら気が滅入る。


 そんな事を考えていると人が近寄ってきた。


「アンジェリカどうかした?」


 真ん中がアンジェリカ、左の子はサーラで右シーナだったか? この3人はいつも行動を共にしているようだ。


「エリク様こそそんな隅にいらっしゃらないで、もし宜しければ私達とお話をしていただけませんか?」


 アンジェリカが誘い、後ろの二人がおどおどした態度で顔を赤くする。

 どうやら独りで浮いている僕を見かねて誘ってくれているらしい。流石に空気を読んでおくべきだろう。


「それじゃあ、話し相手になってもらえますか?」


 僕は笑顔を向けると三人との会話に興じるのだった。




「エリクは昔からそんなに強かったの?」


「エリク。こっちで一緒に話そうぜ」


「エリク…………」


「エリク……」


 いつの間にか周囲には他の受験生達も集まってきて、僕は質問攻めにあっていた。


『わぁ。マスターが大人気です。こんな光景を見ることができるなんてイブは感激しています』


 僕が皆の勢いに押されて困っているのをイブは面白そうにからかった。


『それにしてもマスター。どうしてそんなに険しいというか、嫌そうな顔をしてるんです? そんな顔してたら友達ができません。笑顔ですよ』


 僕も本来ならばそうしたいところだ。だが、想定外の事態が襲い掛って来たのだ。


「エリクこっちでモンスターへの対策について教えてくれよ」


 右から男の受験生が右腕を引っ張る。


「エリク君。ポーションの材料のハーブについて教えてよ」


 左から女の受験生が左腕を引っ張る。

 それ自体は嫌ではない。こうして構ってもらえるのは嬉しい、だが……。


『マスター顔色悪くありませんか?』


(うん。イブ助けて欲しい……)


 モンスターがきたなら叩きのめせば良い。食料が足りなければ用意すればいい。だが…………。


『一体何から助けて欲しいと?』


 困惑するイブに向かって僕は言った。


(もの凄く臭い)


 そう、無人島で5日間過ごした上、先の戦闘で汚れていた彼らはとても臭かったのだ。






「さて、どうにか逃れたところで作戦会議だ」


 当人たちはとっくに鼻が麻痺してしまっているのだろうが、毎日【クリーン】で身綺麗にしている僕にはその臭いのやばさが耐えられるレベルを超えていた。


 血や汗のみならず、ヘドロが付着している受験生なんかもいるし、育ちが良いのだからもう少し身だしなみを何とかと言葉に出しそうになる。


 ダイアウルフ達はもしかすると彼らの臭いに怒りを覚えて襲い掛ったのではなかろうか?


 彼らの臭さにどう対処するべきかイブに意見を聞く。


『水浴びをさせるというのは?』


「ここからの移動は推奨できない」


 近くにはDランクやEランクのモンスターがいるのだ。そんな中を小川まで移動して水浴びさせるのはリスクが高い。


「それに、面と向かって臭いというのはちょっとな……」


 受験生の半分は女なのだ。ここでそれを指摘すると色々と問題が出てきてしまう。

 僕は彼らを観察しながらどうすべきか検討をしていたのだが……。


「エリク。皆と話していたんじゃないのか?」


 ロベルトが鎧を脱いで持ち歩いていた。このぐらの距離ならば臭いは平気なんだけど……。


「ちょっと考えなければならない事があってね」


「もしかして、今夜の見張りとかか?」


 僕の深刻な顔を見てかロベルトが勘違いをする。そんなのはカイザーとイブにお願いすれば問題ない。モンスターが入ってこようものならあの2人が排除した後で冷室に収容するだけなのだ。


「そっちこそ、鎧を脱いでどうしたんだ?」


「ああ。さっきの戦闘で汚れたからな。洗いに行きたいと思って」


 湧き水が出る場所なら近くにあったのを覚えている。僕はそこに案内しようと思ったのだが…………。


「ロベルトそれだっ!」


 良いアイデアが浮かんだ。




「あー。皆ちょっと注目してくれるか?」


 ロベルトの呼びかけに皆の意識がこちらへと向く。


「どうしたのですか。ロベルト?」


 アンジェリカが不思議そうな表情を浮かべる。


「皆。装備が随分と汚れていると思うんだがどうだ?」


 ロベルトの問いかけに、それぞれが着ているものを見る。そして一様に顔をしかめた。

 

「実はエリクが皆の装備を綺麗にすることができるそうだ。汚れが気になる者は申し出て欲しい」


 その言葉に全員がざわつく。僕はロベルトに変わり前にでると、


「取り敢えずロベルトの装備を綺麗にして見せるから。それを見てから決めてくれても構わない」


 打ち合わせ通りに僕はロベルトへと向き直ると手をかざして魔法を唱えた。


「クリーン」


「な、なんだこれっ!」


 ロベルトの全身から蒸気が立ち上り、本人の頬が健康色のように赤くなった。


「くっ。力が抜ける……」


 今まで感じた事が無い感覚にロベルトが崩れ落ちると……。


「ロベルト! どうしたのですか?」


 アンジェリカが駆け寄る、そして……。


「これは……凄い。装備どころか体中の汚れまで無くなっている。しかも凄く気持ちよかった……」


 ロベルトの言う通り、肌はケアしたかのように艶々で、荒れた髪もしっとりと艶を放っている。

 まさに見違えたという言葉がぴったりだろう。


「エリク、これはちょっと凄すぎるぞ。この恩恵だけでもカベロ家に仕えて欲しいぐらいだ」


 専属で色々な物を綺麗にする仕事。悪くは無いけど、退屈過ぎるからお断りすることにしよう。


「本当に。鎧が新品みたいですね」


 まじまじとエリクの鎧をみるアンジェリカは。


「エリク様。次は私にクリーンを掛けて頂けないでしょうか?」


「うん。わかった。そこに立ってくれる?」


 僕はアンジェリカに向けて手をかざしてロベルトと同じようにクリーンをかけて見せる。


「んぁ……こ、これは……た、耐えられません」


 アンジェリカは手で顔を隠すと皆に見えない様に顔を背ける。その目元が潤んでおり、流石にドキっとする。


 魔法が終わると。


「ハァハァ……想像以上の凄さでした。これは一度体験したら虜になってしまいそうです」


 想像以上の評価だった。

 アンジェリカを皮切りに他の受験生達も僕のクリーンを受け入れる。

 そして全員に魔法を掛け終えると、僕の問題は解決した。


『装備を綺麗にすると言っておいて身体ごとですか。マスターは頭が回りますね』


 おかげで体臭を指摘する事無く全員を綺麗にすることができた。

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