第30話強力な武器の名それは【丸太】

 目の前の高価な剣と鎧を身に着けた男に確認をする。

 正直なところモンスターの数が多いので手加減するつもりが無いのだ。


 統率が良かったのか、辛うじて死人は出ていない。

 力を加減したことで誰かが死ぬのは後味が悪すぎる。


 だからこそ、全員倒した方が早かった。

 男はあっけにとられると「ああ」と答えた。


「よしっ! それじゃあ殲滅しますね」


 蹴り飛ばしたダイアウルフは近くの岩に激突して命を散らしている。

 残る14匹もターゲットを僕へと変えると一斉に群がってくる。


「イブ。長剣を出してくれ」


 素手でも何とかできそうだけど、リーチの差があればもっと楽に戦える。

 僕は右手に剣が届くのを意識したのだが……。


『ありませんよ。だって全部バーベキュー用の鉄板に消えたじゃないですか?』


「えっ。そうだっけ?」


 こいつはうっかりだ。そう言えば長剣を全部溶かすように指示した記憶がある。


「きゃああああああああああああ」


 背後でまた叫び声がする。、気品がありそうな女の子が3人お互いを抱きしめて悲鳴をあげている。

 まあ、一斉にモンスターが寄ってきたら恐怖だろうね。


「しかたないな」


『どうするんですか。素手でやるならパワー使います?』


 念のための提案なのか、パワーを使う事を勧めてくるイブに。


「丸太を出せ」


 僕は命じた。





「よしっ! ホームラン!」


 こちらが動かない事を隙とみたのか、数匹のダイアウルフが飛び掛かってきた。

 僕は丸太を持ち上げるとそれをフルスイングした。


「やー、よく飛ぶなー」


 カイザーの卵やパワーのコアによる筋力増加は並みじゃない。あれだけ飛ばされれば間違いなく即死だろう。

 丸太は誂えたかのように僕の腕にすっぽり収まるとその真価を発揮した。


「さあ、次はどいつがホームランされたい?」


 僕が周囲を見渡すとダイアウルフたちは後ずさる。

 その姿は大型犬と対峙したチワワのように怯えを含んでいるようだ。


「来ないならこっちから行くよ」


 放っておくと逃げられるかもしれない。

 この無人島には現在、多くの受験生達が滞在しているのだ。


 ここで討ち漏らしてしまって試験が終了した際に「犠牲者が出た」と聞くと寝ざめが悪い。


 ダイアウルフ達には悪いが、僕と遭遇してしまった不幸を噛みしめながら散って行ってもらうとしよう。


「せーのっ! ひとーーつ」


 スピードのコアの効果もあり、受験生はおろかダイアウルフも僕の移動速度についてこられない。


「ほいさっ! ふたーーつ」


 仲間がやられていくのを見て呆然としているダイアウルフの隙をついて僕は丸太を振るい続ける。


「らすとっ! みーーいーーっつ」


 その場にいる全てのダイアウルフはあっさりと場外ホームランされていなくなった。

 やり過ぎたので回収はカイザーにお願いした。






「さて、片付いたみたいですけど」


 僕は丸太をしまうと周囲を見渡す。

 ダイアウルフ共が僕に殺到してくれたおかげで被害が拡大していないようで安心する。


 もっとも、ここをベースにしていたのだろうが、テントは壊れているし備蓄してある食料も地面に散らばっている。

 更には怪我人がたくさんでている始末だ。


「そこの人、こちらのベースのリーダーであってますか?」


 先程指揮を執っている姿を見たので多分間違いないだろう。

 僕が確認するとその人物は……。


「ああ。俺はロベルト=カベロ。カベロ侯爵家の三男だ。今回の件について重ねて礼を言う」


 そういって握手を求めてくる。


「僕はエリクです。平民なので家名はありません」


 ロベルトの手を握ると震えが伝わってくる。

 無理もない、あれだけの数のモンスターに囲まれて統率をしていたのだ。


「助けてもらっておいてこんな事いうのは図々しいのはわかってるんだが、回復ポーションは余っていないだろうか。今は持ち合わせが無いが、受験が終わったら必ず代金は支払う」


 その言葉で僕はどうして彼らが治療を始めなかったのかに思い至る。

 どうやら回復アイテムが尽きていたようだ。


(イブ。ポーションあるだけ出してくれ)


『畏まりました。マスター』


「わかりました。取り敢えず怪我で苦しんでいる人もいます。早急に手当てした方が良いです」


 その言葉にロベルトはポーションを受け取ると、動ける人間をかき集めて治療を始めた。


 そんな状況を見守っていると視線を感じる。


「ん?」


 振り返ってみれば先程悲鳴を上げた少女達の姿があった。


「そ、そそそ、その。この度は命を救っていただき、ま、誠にありがとうございました」


 唇が白く、怯えているのがわかる。真ん中の一人は毅然とした態度を貫いているようだが、両側の女の子は平静を失っている。


「気にしないで下さい。あなたの悲鳴が聞こえたからこの場に駆け付ける事ができたんです。あの時叫ばなければ誰かが犠牲になっていた可能性が高いですから」


 イブの力については今のところ秘密なので、こう言えば説得力を持たせる事ができるだろう。

 相手は物腰と身に着けている装備。先程のロベルトが傅いた事を踏まえると間違いなく大物だ。助けたからと言って無礼を働くわけにもいかない。


 お辞儀をすると、真ん中の女の子が表情を和らげるそして――。


「もう一度、お名前をお聞かせいただけないでしょうか?」


「あっ、はい。エリクです」


 彼女は口だけを「エリク」と動かすと。


「私の名はアンジェリカです。エリク様に多大なる感謝を」


 僕の手を取るとそう言った。

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