第25話恩恵×恩恵
『なんなんですか……これ?』
目の前には大きく広がった畑がみえる。その奥には牧草が茂った牧場も……。
先程、イブが『【畑】が恩恵になり【牧場】のスキルが発現しました』と言ったあと、空間に変化が起きた。
目の前で壁が奥へと移動していき、地面には畑が延長されて広がった。そしてその先に牧草が生い茂る平原が出来上がっていたのだ。
どのぐらい広いのかというと、一般的な学校の体育館が二つは入りそうだ。
僕は目の前の光景を事実と認めると思考へと戻る。
基本的に恩恵からスキルが派生することはあっても、スキルからスキルが派生する事はありえない。スキルとはあくまで恩恵というツリーの下に派生する特技の一つだからだ。
そう考えるとイブの言葉は本当なのだろう。
現に【畑】が恩恵にランクアップしたおかげなのか【牧場】が出来ている。
恩恵というのは脆弱な人間という種族に同情した神様が15歳を超えると与えてくれる能力だと聞く。
仮説として一つ。エリクと僕で得られる恩恵が違ったパターン。
恩恵が魂とリンクするとして、僕の中には前世の自分とエリクとしての記憶が残っている。
実は一つの身体に魂が二つあり、それぞれが別な恩恵に繋がっているということでは無いだろうか?
「いや……」
それは無いか……。
もしそうならばエリク側としての意識がもう少し反発してもよさそうだ。
僕は38年間腐った人生を送ってきた自信がある。そんなやつの魂が入り込んできて我が物顔で身体を支配しているのだ。争いになるに決まっている。
だけど、僕はエリクであり前世の自分でもある。そう認識できている。互いの記憶が共有された状態で父もレックスもミランダも。僕にとっては大切な存在だ。
そう感じるのは意識が溶け合っている証拠ではなかろうか?
それに、念願かなって転生できた異世界なのだ。そんな原因よりも受け入れやすい理由を考えた方が良いに決まっている。
『マスター。どうしましょうか?』
珍しく戸惑いの声をあげるイブ。何やら不安でもあるのかおどおどしている。
だからこそ僕は気にする事無く答えた。
「まあ、別に良いんじゃないか?」
大事なのは「どうしてこうなったか?」ではない「こうなったからどうするか?」だ。
異世界に転生して外れ恩恵と言われながら工夫をして生き延びて、ようやく楽しくなってきたところなのだ。与えられた物は全て天からの授かりものとして有難く頂戴するべきだろう。
「イブ」
『はい。マスター』
「せっかく【畑】が進化したんだ。植えるものを取りに行くぞ」
「ふぅ。結構疲れたな」
あれから、僕は一日かけて島を駆け回った。
途中で、キャンプをしている受験生や、モンスターと戦っている受験生もいたりして、わいわい楽しそうにしていた。
若干羨ましくもあったが、今はそれよりも優先すべき事があったので、僕は気付かれる前にその場から離れたのだ。
『じゃがいもにとうもろこしに、にんじん。トマトにパセリにシイタケにししとう……その他にもいっぱい集めましたね』
その日の成果をイブが読み上げる。
「早速植えてみよう」
そう言って僕は取ってきた野菜を順番に畑に植えていく。本来なら種がどうとか面倒な手順があるのだが、イブに聞くと「それで大丈夫みたいです」と言ったからだ。
「さて、これで毎日水をやり続ければそのうち美味しい野菜を収穫でき…………」
そう言っていると、何やら地面が動き始める。僕は思わずそちらを凝視してみると。
まるで植物の成長動画をみるかのように、にょきにょきと生えてきて葉を生い茂らせる。そして頃合いとばかりにつぼみのように実が成る。
『どうやらできたみたいですね。トマト』
赤々と実った熟れたトマト。瑞々しさをこれでもかと主張していてとても美味しそうに見える。
「ちょっと、早すぎないか?」
恩恵だから多少成長スピードが早いかもしれないとは思っていた。だが、まさか数分で成長するなんて思わないだろ。
『効果は、あらゆる植物を最短で育てるですから』
効果もレベルアップしてるし。
「取り敢えず、食べてみよう」
トマトを一つもぎ取ると即座に新しいのが生えてくる。
『省エネらしく、生えた状態で成長もとまるようです。必用な分を収穫したら放置しておけばずっと美味しいまま実っているようですよ』
何とも便利なことだ。土にダメージが行くとか面倒くさいことを考える必要もないとか……。
「凄い美味いんだけど……」
とれたて新鮮で瑞々しく味が濃い。それでいて甘みもあるのだが……。
『どうしたんですか。マスター?』
僕の微妙な反応が気になったのか、イブが聞いてきたので、
「いや、レベルが上がったりしないのかなと思ってさ」
恩恵の隠し効果で予想してたのだが…………。
『ただのトマトです。野菜を植えてるんですからそんな凄いこと起こりませんよぉ』
なにやらクスクスと笑っているようだ。今までの例をみるとどうにも何かどんでん返しがありそうな気もしないでも無いが……。
「まあ、そう言えばそうだな」
少し疑い過ぎていたようだ。植えてすぐに収穫できるだけでも十分農業革命を起こせる。しかも収穫しなければそのままなので無駄に採集しなくても済む。
そう考えるとただの恩恵とは言えないだろう。
「これでいつでも新鮮な野菜が手に入るわけだな」
僕はトマトにかじりつくと「農業で一旗あげるのも悪くないな」と呟くのだった。
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