第5話 星粥

 山を下りて、手作りの機械を売って、山を上って帰ってくる。それだけの生活を、女は淡々と送っている。どれもちょっとした機械だ。水を浄化したり、風で明かりを灯したり、土を固めて石のようにしたりする。買ってくれる店は決まっているが、決して高く買ってくれるわけではない。女は貧しかったし家族もいなかったが、それは別に苦でもなかった。生きていることが楽しいわけではないが、特に苦痛でもない。

 いつものように、女は山の上の家に帰ってくきた。もう夜も近く、辺りは薄暗い。山の上は木々も少なく、視界が開けている。そういえば、今夜は三日月ではなかったか。家に月齢表があるので覚えている。女は空を見渡すが、月がどこにもいなかった。曇っているわけではない。星は見える。女は不思議に思ったが、すぐに気にならなくなり、家の中に入った。

 完成間近の一つの機械。手回しハンドルと、下を向いた細い口がついていて、両手で抱える程度の大きさ。女は脚立を置いて上り、天窓を開けた。床に置いてある薄い金属管を拾い、つなぎ合わせ、機械につなぎ。金属管の先を天窓から外に出した。細い口の下には皿を置いて、そしてハンドルを回した。カラカラと乾いた音がして、細い口から、光る粒が吐き出されてきた。しばらくハンドルを回し、光の粒が皿の上に小さな山を作ると手を止めた。一粒一粒が光って瞬いている。女は窓際に行って夜空を見た。確かに、あの星の光と同じだ。

 寝室の方で何か物音がした。女は警戒する。野生動物でも入ってきたのだろうか。生き物を殺傷する道具を手に、寝室に入った。そこに野生動物はいなかったが、ベッドの上に青白く光るものが落ちていた。それは細く、円弧状に曲がっていた。何だろうと思い近づくと、それがいきなり起きあがった。女は驚いた。それには顔がついていた。

「助けて下さい」

「あなた誰……ですか?」

「見て分かると思いますが……僕は月です」

「月? 空に出ている月?」

「ええ、今日は出ておりませんが」

 確かに細く円弧状に曲がって光っている姿は、三日月そのものだった。しかし弱々しい。

「月が何の用?」

「休ませて下さい。あと、そのう、あれを少しいただきたいのです」

「あれ?」

「さっきあなたがお作りになった。星の光です。僕は光が足りなくて、元気がないのです」

 それを聞くと、女は黙って寝室を出て、光の粒が入った皿を持ってきた。スプーンですくって、月の口に運ぶ。月はそれを口に入れて飲み込んだ。

「ああ、おいしい。おかげさまで元気が出そうです」

「どうして元気がなくなったの?」

「見られることに疲れたのです」

「見られるだけなのに疲れるの?」

「この地球上に、人が何億人いると思ってます? どの瞬間にも、誰かしらが僕を見ているのですよ。疲れるに決まってます。僕はもう疲れ果ててしまった……」

 そう言って、月はベッドの上に横になって眠ってしまった。こういう時、月に毛布をかけた方がいいのか分からないので、女は放っておいた。自分が眠る場所がないので、今日はソファで眠った。

 朝になり、昨日のは夢かと思ってベッドを見ると、月はちゃんとまだそこにいた。女の視線に気がついたのか、目を開ける。

「ああ……よく眠った。ありがとうございます。でも、あれをまた、もう少しいただきたいのです」

「もうないよ。あなたが全部食べちゃった。でも待って。ちょうど太陽が出てるから」

 月はそれを聞いて慌てた。

「いえいえいえ、だめですよあんな強い光。食べられっこありません」

「じゃあ夜まで待って」

 女は朝食を食べると作業部屋に移動し、別の機械を作り続けた。その間、月は退屈そうに歩き回り、女にいろいろ話しかけた。

「日本という国では、月で生まれたお姫様の昔話があるんです。それが竹の中から出てくるんです」

「どうして竹なの?」

「さあ……背が高いから、月とつながっていると思っていたんじゃないですか?」

 月はそのお姫様の話をした。

「へえ、迎えが来るなり、あっけなく月へ帰っていくんだ。私は、自分の国の昔話も知らない。こういうものを作るしか能がないんだ」

「いいんですよ。そのおかげで僕は助かってるんです」

「もっと何か聞かせて」

 夜になり、女は昨日の機械のハンドルを回し、星の光を集めて月に与えた。

 数日が経った。

「おかげさまでだいぶ元気になりました。もう空へ帰れそうです」

「だめだよ。またきっとみんなに見られて病気になるよ。ずっとここにいなよ。私がお世話をする」

「僕は空にいるのが仕事なんです」

「じゃあ、もう一日だけここにいて」

 翌朝、月が目覚めると、自分が銀のかごの中に閉じ込められていることに気がついた。

「ちょっと! これはどういうことですか?」

 女はかごの外から月を見つめ、まじめな顔で言う。

「空に帰すわけにはいかないの。きっとまた病気になる。痩せて弱々しい月なんて見たくないの」

「僕はもう大丈夫です。きっと、いや絶対」

「絶対なんてないよ。みんな自分で自分のことなんて分からないんだよ」

「それはあなたも同じ……」

「さあ食事よ。昨夜作っておいた。食べて」

 月は食べようとしなかった。それからも、月は星の光を食べようとせず。かごの中に横たわった。女は一生懸命話しかける。

「ねえ元気になろうよ。一緒にお話ししよう。あなたが知っていることをもっと聞きたいよ。私も自分の知っていること、お話ししてあげるから……」

 月は黙って、外を見ているだけだった。時間は夜になったが、窓の外が暗くならなかった。女は不思議に思い、窓から外を見た。この時間には沈んでいるはずの太陽がまだ出ている。

「変ね……」

 女は時計を確かめた。いくつかある時計は皆同じ時刻を指していた。今は確かに夜なはずだった。

「あのう……」

 月が言った。

「やっぱりおなかがすきました。食べさせて下さい……」

 女はうなずいた。急いで、作ってあった星の光を持ってきて、スプーンに乗せて差し出した。

「いえ、もっと元気になるために、今太陽が出ているでしょう? あの光がほしいです」

「いいよ。すぐ持ってくる」

 女は作業部屋に行き、機械のハンドルを手で回した。機械の口から、赤みががった光の粒がこぼれ落ちてきた。皿に盛って、月のところに行く。

「なんだか熱そうだよ」

「大丈夫でしょう」

 女は太陽の光を、スプーンに乗せて差し出した。月はそれを口にした。二口、三口、月はどんどん食べる。

「すごい食欲だね。おなかすいてたんだね」

 女は笑った。その時、月が眩しく光り始めた。それは太陽と同じ、赤みががった光、女は思わず手で光を遮った。

「どうしたの?」

 光は強くなる。そして部屋の中が急に暑くなった。女は思わずかごから離れた。金属が溶ける音がした。

「あははははは! 僕は自由だ! 自由だ!」

 遮っていた手をどかして見ると、月は銀のかごを溶かしていて、その場に浮いていた。

「ねえ……」

 しかし月は何も聞かず、あっという間に窓から飛び去っていった。

 時間が夜でも太陽が出ていたのは、月が空からいなくなったから、ずっと探していたのだった。

 次の夜、空には月が出ていた。月齢表通り、今日は半月だ。

 女は外に座り、月を見ていた。いつまでも見ていた。


(参考)

http://www.meijigakuin.ac.jp/~inaba/varo/rv31.jpg

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