サムライ
「え? な、何!?」何が起きたのか判らず、モローは固まった。
カタナ男が、さっきのカタナと似たようなもの――やはりカタナを持ち、尖った先を楓の顎に当てている。
もう一本あったのか。しかし、どこに隠し持っていたのか。うかつだった。
カタナの先があたっている楓の顔が緊張している。
「お前らは何者だ。そしてここは、どこだ。答えろ」
静かだがゆっくりと重く、そして威圧的な声だ。
と、次の瞬間、カタナ男の目がカッと見開かれ、手に持っていた二本目のカタナを取り落とした。カタナは床に落ち、鈍い音を立てた。
「びっくりしたッスよ」
楓が首を撫でながら急いでこちらに避難してくる。首には一瞬紫色のバイオリッド灌流液が滲んだようだが、すぐに修復され見えなくなった。
男は右手を見ながら呆然と立ち尽くしている。口も大きく開いたままだ。
「ああ、カタナを手から外して接地固定させてもらいましたよ。危ないから。やっぱ武器だしねえ」
振り返ると室長が涼しい顔でカフェラーゼを飲んでいる。
さ、さすが室長。伊達に警備を三十年もやってない。こういうのはお手の物だな。こっちはとっさに何も出来なかった。
「メディカプセル」楓が呟くと、男はまたカプセルに覆われた。中の男は釈然としない表情をしている。
「鈍くします?」モローが室長に問う。
「カプセルに入ってんなら、大丈夫だろう。そのままで。あ、そうだ、モローくん、そろそろここの操作を交代してくれないかなあ。ちょっと向こう、ンマムニのほうを見てきたいんだよ」
「え、はい、分かりました」
ちっ。休もうと思ったのに。そんなこと言って、室長も向こうで休むつもりじゃないのか。
まあ一介のバイトは室長命令には背けない。
モローは内心むっとしながらも室長からアクセスカードを受け取ると、ホロテーブルに向かった。
室長が首をコキコキさせながらゆっくりと部屋を出ていく。楽しそうにすら見える。
それをちらりと見送るモロー。
はあ、疲れたよ。
業務に戻る。窓の中の十七世紀では、アオイが何やら絵のようなものを描いている。人物画か。上手いな。うん。いいね。平和だなあ。そのままそのまま。よきかなよきかな。
「やばいよやばいよ」
室長が戻ってきた。慌てている。
「あっちの人が口からなんか吐いて倒れてて、ンマムニがオロオロしてる」
なんだよもう。
モローがホロテーブルから離れようとすると、室長に制止された。
「いや、モローくんは十七世紀を続けてモニターしてて。なんか医学とか必要そうだから、楓くーん、一緒に来て」室長がカタナ男のカプセル横にいた楓を指名した。
「はいッス!」
楓が元気よく返事をしてカプセルから離れ、室長とともに部屋から出ていった。
はあ。こっちは一人かあ。まあ、気楽でいいんだけど。
何気なくメディカプセルのほうを見る。カタナ男がまた目を閉じて座ったままじっとしていた。
モローは溜息をつくと、また十七世紀の監視作業に戻った。
窓の中では、アオイと犬が仲良く遊んだり、人物の絵を描いたり、団子を食べたりしている。少なくとも安定的に食料と住処が確保されており、生活を維持する基盤が出来ているようだ。ストレスも心配していたほどには大きくはないように見える。数値の上ではそれなりのストレスはあるようだが、いきなり見知らぬ時代に飛ばされてそこで生活、といった状況でノーストレスということはありえない。
しばらく眺めたあと、モローはオート監視のセッティングをした。
まあ、これでアラートが鳴ったら起きて対処すればいいか。っていうか、出来る範囲で、だけど。それに、生きてさえいれば大丈夫だろうし。
ふう。少しずつ意識が遠のいていく。
「やばいよやばいよ」
また室長が戻ってきた。早いなあ。
「どうも、あのジローとかいう奴、食中毒みたいだ。いま楓が対応していてなんとかなってるが、ちょっとこっちのカタナ男に出してた食べ物もチェックさせてよ」
「どうぞどうぞ」
早く済ませてくれ。ゆっくり休みたい。中年は、体も心も、疲れてるんだ。
また窓を眺める。フッと映像が乱れた後、場面が飛んだ。次の場面では、アオイは道を歩いている。
ああ、さっき室長が言ってた奴か。こっちの一時間が向こうの一日だっけ。って、ぴったり一日でもないようだ。
「問題無いみたいだなあ」
カタナ男のカプセルを確認している室長の独り言が耳に入る。
「っていうか、こっちは全然食べてないみたいですよ」
モローは室長の独り言に呼応するように応えた。
「まあそうみたいだねえ。どっちにしろこっちの食事じゃなくって、あの男が向こう――十七世紀で何か食ってからこっちに来たみたいだなあ」
そう言うと、また出ていった。
休む態勢が崩されてしまって、なんだかまた目が冴えてしまった。疲れてるのに。
ふと出入り口付近の床を見る。ジローが置いていった「帳面」がある。
何気なくそれを持ち上げて、空中で「クイックスキャン」をした。三方の壁が一瞬光った後、モローは帳面を元の床に放り投げた。
「さてさて、スキャン終了。中身は、と」
ホロテーブルの上でゆるゆると手を動かすと、先ほどの帳面をコピーしたものが宙に出てきた。ゆっくりと回転している。
自動で中身を「開いて」みる。見える情報は文字のようではあるが、不揃いの非定型的なものばかりで、自動認識も難しいようだ。認識エラーの表示が出ている。
モローは腕組みをして黙ってじっと眺める。様々な部分を開いてみるも、結局どの部分も似たようなものだった。ただ、箇条書きにはなっているので、定まった形式に従って何かの情報を逐次追記する形で記録したもののようだ。
さすがにこれを安易に歴史クラスタに訊いちゃったら、出どころを訝しがられるかなあ。まあ、これが解らないからといってあのジローとかいう男の生死に関わるわけではないとは思うけど、実際のところどうなのかは、よくわからない。なんせ、中身が全くわからないのだから。
「モローとやら」
声のほうを見る。カタナ男だ。目を開いてこちらを見ている。
「あ、ごはん食べて下さいね。毒じゃないですから。なんなら、私も一緒に食べますよ」
カプセル内にせり出しているゼリー食を目で促す。
「心配ご無用。おぬしらの顔ややり取りの様子を見て、おぬしらがこちらに悪意を持っていないことは分かっている。そしてこれが毒ではないことも承知。それより、その書面だが」
カタナ男の視線は、開いた帳面に注がれている。そうだ。同じ時代の同じ文化の人間がここにいるじゃんよ。
「ああ、これ。そう、これ、分かりますよね。何が書いてあるんでしょうか」
つい、下手に出てしまった。
カタナ男がニヤリとする。何だか嫌な予感。
「モローよ、知りたいか」
来た来た。このままでは、向こうのペースになってしまう。
「えーとまあ、知っても意味ないかもしれないんで、まあ……」言葉と気持ちと目が泳ぐ。
「本当にそうか?」
畳み込むようなカタナ男の鋭い言葉に反応して胸に一瞬電撃が走り、体が硬直した。
うっ。つ、強い。この男、強いな。さっきの「眼力」も凄かったが。やはり只者じゃない。
「まあ、また訊くかもしれません。すみません。とりあえずそれをお食べください」
ふう。とりあえず打ち切ってかわそう。
窓に視線を戻す前にカタナ男をちらりと見ると、目を閉じたままニヤニヤしていた。ゼリー食もそのままだ。くそっ。なんだか凄い奴だ。気を許せない。
気分を変えて、十七世紀のアオイの窓を見る。また状況が大きく変わっていた。また飛んだか。あれから一時間も経ったか? 途切れる間隔もあまり一定していないようだ。しかし途切れても情報は追随しており、ちゃんとオート監視が継続されている。ふう。さあ休むか。あんしんあんしん。
「やばいよやばいよ」
またか。
「モローくん、ちょっと交代してくんない? なんかさあ、向こうはいろいろ細かい調整が必要みたい」
なんだその抽象的な依頼は。
「調整って、私にできることですかね」
わざと謙遜してみる。
「ほら、いろいろあるのよ。角度とか」室長がウインクした。
わけがわからない。
「わかりました。向こう行ってきます」
はあ。向こうで休めるような時に行きたいなあ。
当直室に着くと、楓が悄然としていた。
「楓くん、大丈夫? 室長から聞いたんだけど、いろいろ調整がいるんだって?」
楓に近づきながらジローを見る。ジローはすでにメディカプセルに入っていた。
「モローさん、ちょっと同期させて下さいッス。室長とうまくシンクロしなくて」
まあ同期にも主体との相性がある。楓はどうもその幅が狭いんだよなあ。こればっかりは生まれつきの特性だから仕方ない。
「わかった。で、ジローさん、どう?」
楓の動きと同期してメディカプセルの表面を操作しながら訊く。
「ああこれ、なんか、この男が元の時代……十七世紀で食べた物と、さっきのオムニペーストの成分が反応して毒性が増しちゃったみたいッス」
「毒性が増して、って。やばい、オムニペースト出したの俺だし、俺のせいかな。でも、オムニペーストが毒なはずはないし。じゃあこの男がもともと食べてた物に毒が混じってたってこと?」
言葉とあまり関係なく自動的に手が動く。今は楓の手になっているのだ。
「まあ、十七世紀の食べ物なので、きちんとした処理がされてなかったみたいッス。で、それって現代には無い食べ物なので、ちょっと面倒だったッスよ。はい終了ッス。モローさん、おかげで助かったッス」
同期が解除され、モローの手足は自由になった。
はあ。危なかった。宇宙が崩壊するところだった。
メディカプセルの中のジローは疲弊しているようだ。コツコツとカプセルを叩いてみるが、一瞬目を開いてまたすぐに閉じてしまった。
「大丈夫なの? これで」
「大丈夫ッス。少なくても死にかけてはいないッス」
そのレベルでもまあ、生きてさえいれば、か。本当にそれでいいのか。
ふと、部屋の隅にいるンマムニを見る。膝を抱えてばつが悪そうにカフェラーゼを飲んでいる。こちらを見る目が、まるで粗相をして叱られている犬のようだ。
仕方ない。純粋種はもともと同期作業が出来ないからなあ。ニコリとするとビクっとして視線を外してしまった。なんだよ。怒ったりしないのに。
「ンマムニくん、ジローさんは何か言ってなかった?」
一応訊いてみるが、ンマムニは無言のままふるふると首を左右に振る。
「あっ、ただ」
「ただ?」
ンマムニの視線が斜め上を向いた。
「証拠をぜひ返してもらいたい、って……」
証拠? ああ、あれか。帳面。さっき工場の悪行の証拠って言ってたな。
「わかった。持ってくるよ。自分で持ってたほうが安心かもしれん。いつ戻っちゃうかわからんし。その時置いて帰っちゃって、証拠が無くて十七世紀で何も出来なかったら可哀そうだ」
ふう。また警備室に行かないと。
「楓くん、こっちもう大丈夫だよね」
「大丈夫ッス」楓がカプセルを見ながらサムアップした。
警備室に戻ると、室長がカタナ男にヘッドロックされていた。
なんてことだ。
「俺はここから出させてもらう。邪魔したな」
カタナ男がまた、深く重い声を出しながらモローを鋭い目つきで睨む。しかし、ひるむわけにはいかない。こっちも一応、警備のプロなのだ。バイトだけど。
「いや、すみません。そういう訳には」
モローの言葉に反応し、カタナ男が腕に力を込めたようだ。室長の灰色の顔が青くなっていく。これはやばい。
仕方ない。
モローはホロテーブルを触ると、瞬時にカタナ男は床にへたり込んだ。室長がドスンと床に落ちる。カタナ男は呆然としている。
「いててて」
腰を撫でながら室長がカタナ男から離れたところを見計らって、またカプセル起動。カタナ男を収容する。
「どうしたんです。なんでカプセル解除したんですか」
「いや、そのう」
室長が頭を掻いた。
「色々話しかけてきたんだ。その、アレ見てさ」
室長が窓を指す。先ほどモローがスキャンした帳面がゆっくりと回っている。
「それ、自分なら読めるぞ。教えてやろうか、って言うんだよね。これ、出どころが出どころだからさあ、ちょっと外に訊くのもアレだし、持ち主も体調がアレだし、それで話を聞いてみようかなって思ったんだよね」
カタナ男を見る。憮然とした表情でまた座り、モローとちらりと目が合うと、すぐに目を閉じた。
しかしなんとも油断ならん人だなあ。
「それでさ、何かお困りのようだから助けになるやもしれない、って言うんだ。まあ、こっちの話聞いてたんだろうけどね。確かに十七世紀の人間を遠隔で保護するのに現地の同時代の人に手伝ってもらったほうがいいかなあ、なんて」
「で、ひょっとして」
「そう。条件が、ここから出ること、だったんだよね」
うーむむ。室長は捕獲判断は早いのにこっち方面はからきしなんだよなあ。
「いやほら、いざとなりゃオート警備もあるし、パッと椅子でもブンなげりゃ何とかなるわい、って思ってたんだよね」
「オート警備は働かなかったんですか」
「それがさ」
室長がちらりとカタナ男を見て、こっちに顔を寄せてヒソヒソ話をしてきた。
「すごーくゆっくり動いて、スルスルっといつの間にかやられてた。びっくり」
そうか。オート警備が脅威を認識できなかったのか。
もともとオート警備は人間が感じるような脅威の類型を元に、それを察知して自動的に判断して動く。カタナ男は脅威と感じさせない動きでいつの間にかコトを成してたわけだ。
「なんとも凄いですね。いったいどういう人なんでしょう」
カタナを持つから凄くなったのか、あるいは元々凄い人間なのか。
ふと窓を見る。帳面の立体コピーがクルクルと回っている。そうだ!
「そうそう、あの帳面、ジローさんに返しておかないと、麻耶先輩が戻る時にジローさんは自動的に十七世紀に戻っちゃいます。いつ戻っちゃうか判らないですよ」
「あ、そうだね」
床を見る。帳面が無い。
「室長、あの帳面、どっかに片付けました?」
「え? いや、僕は知らないんだけど」
室長が床を見ながら首を傾げ、不思議そうな顔をしている。
「そいや、さっき掃除ロイドが入ったかな」
「そ、掃除ロイド! それ止めなかったんですか!」
「い、いやほら、この二人が生きてりゃいいかと思って、帳面とかの持ち物にはあんまり注意払ってなかったんだよね。あとほら、十七世紀のほうも心配だし」
まあ最低限それは必要だが。なんともノンキな。
「十七世紀のほうは一応オート監視にしてますんで、最低限のチェックだけでいいと思います。うーんと、あの帳面はどうしましょう」
「うーん、じゃあまあ、ちょっと探してみるかね」
室長。なんだか他人事だ。嫌な予感がする。
そんな思いを知ってか知らずか、室長はやにわにホロテーブルを操作し始めた。掃除ロイドを探しているようだ。
「あー、細かくはわからないけど、ちょっと遠くに行っちゃってるみたい。警備室とは管轄が違うからコントロール出来ないんだよね。ちょっと手が空いてそうなンマムニくんに頼んで取り戻してもらうか」
室長はそう言うとコソコソっと何か喋った。ンマムニの音声コンソールに指示を出したようだ。
「アレが何であるか、知りたくはないのか?」
カプセルのほうから声がする。振り返ると、カタナ男が目を開いてジッとモローを見ている。
室長の方を見ると、今度はさすがに警戒した表情をしていた。
「いや先程は無礼つかまつった。こちらも事情を把握したいがゆえ、ご容赦を」
ニヤリと笑うカタナ男。どうも油断ならないな。
「ちょっとさっきのこともあるので、申し訳ありませんが、カプセルから出ていただくわけには参りません」
「それでもよい。このまま、拙者がわかることをお話しようというのだ。それなら別に問題なかろう」
モローと室長は顔を見合わせた。
「それなら……」
「そう、ただし条件を出させてもらう」
またか。何を言われるのか。
「ここがどこで、どういう事情でここに連れてこられ、自分はどうなるのか、知りたい」
ああ、それならいいかな。そりゃ知りたいだろう。
室長のほうを見ると、室長もウンウン頷いてこちらを見ている。
こっちに判断を預けるなってば。室長はアンタや。ってもう椅子に座ってカフェラーゼを飲み始めてるし!
仕方ない。モローは観念した。
「分かりました。実はちょっとある人間がポカをやらかしまして」
「ポカ? 失敗のことか?」
「そ、そうです。失敗のことです」何故か動揺する。
「その失敗で、ある人間がそちらの……あなたのいた世界に行ったのですが、そうすると、そちらの世界から別の人間がひとりでにこちらに来ることになっているのです」
間に挟まる二十一世紀のこととかは、端折ってもいいだろう。
「その、『別の人間』が、拙者ということか」
「そのとおりです」飲み込みが早いな。
カタナ男が興味深げにうなずきながらモローの説明をきいている。
「拙者の世界、と言ったな。その世界とこことは、どのくらい離れているのか」
「えーと、キシジマ時空で……」
おっと、十七世紀の人間にキシジマ時空なんて解らないだろう。
「時間と、空間をすごく隔てています。人間が一生かかっても絶対に行けないくらいの隔たりです」
カタナ男は黙ってしまった。他に説明のしようもない。「未来」とか言っても解るかどうかも怪しい。
男の視線がモローを外れ、カプセルや十七世紀が表示されている窓、帳面の映像などをじっと見はじめた。そして暫くした後、静かに口を開いた。
「その距離を運んだのだから、よほど凄いからくりを持っているのだろう。その事は問うまい。拙者にも理解は難しかろうな」
またカタナ男はニヤリと笑った。
怖いなあこの笑い。理解は出来なくても、まるで見透かしているようだ。
「それで、おぬしらはその失敗をどうするつもりだ。まさかこのまま、じゃないだろうな?」
鋭い。
モローはこの男にならそれなりに話が通じると感じ始めていた。
「そ、そうなんです。その失敗をやった人間が後始末をしに行ったんですが、我々はここで、その手伝いをしているんです」
「なるほどなあ」
まだニヤニヤしている。やっぱ気が許せないな。何か企んでいるのか。
「ってことは、その手伝いが失敗したら、拙者も元の世界に戻れないってわけだな?」
そうなる。まあ、そうなるよな。ゲラソンを捕獲してこっちに戻さないと、それに対応している二十一世紀の犬も、十七世紀のこのカタナ男も、元の場所には戻れない。
「そういう事になります」
「なら、拙者も全面的に協力しようじゃないか。そうじゃないと、おかしいと思わないか?」
そう、そうだな。だが何か引っかかる。
「それともう一つ、そこに見えている書面だが、それはまた別の奴が持ってきた物だろう。見たところ、拙者と同じ世界の物だ。だから拙者には解るし、そちらさん方には解らないのであろう」
うっ。そのとおり。
「さっきおぬしらが言っていたな。失敗した人間が、その失敗の後始末をしに行ったと。ってことは、それで拙者と同じように、その人間の代わりにここに連れてこられた奴がいるってことだな?」
「そ、そのとおりです」
やばいか。どんどん深みにはまっているような気がする。
「そう怖がるな。拙者も帰れなければ困る。ここでコトを起こしたのは、それを知りたかったからだ。知ったからには、帰るために協力しなければならないことも解った。その上で、拙者について、いったい何か心配なことがあるのだろうかな?」
うっ。そのとおり。カタナ男がそれを知ってなおかつ、ここで暴れることには利益が無い。そしてこの男には、それを考えるだけの知性がある。
室長のほうを見ると、カフェラーゼを飲みながら感心したような表情をしている。というか他人事のような表情だ。もう!
「いや、心配ごとは、ありません」
「ならば、これは、無くても良いのではないのか?」
カタナ男がカプセルの内側を手でなぞった。
うーん、まあ、そうなんだけれど。
し、室長ー。
室長に目配せするが、まだ他人事のようにカフェラーゼを口に含んだ。そして目を閉じ、口の端をわずかに上げて首を軽く振り、んー美味しい、という表情までしている。なんてこった。
仕方ない。はあ。疲れるんだよなあ。
「そ、そうですねえ。それも一つの考え方です」モローが硬い笑みを浮かべながら静かに話し始めた。
カタナ男が眉を上げる。
「いや実は、そのカプセル、別にあなたを捕らえているってわけではないんですよ。それは医療カプセル。病気の治療に使うものです」
「な、なんだと。拙者が病気だとでもいうのか」
「いえ、違います。実はこの世界には酷い病気が蔓延しています。さきほど言った失敗、っていうのも、実はこれなんです。その失敗のせいで、この世界に病気が広まってしまっているのです。我々はこの世界の人間で、何とか防ぐことが出来ているのですが、あなたの世界の人間にはこの病気を防ぐ力が無いのです。だから、あなたが病気にならないために、そのカプセルに入って戴いているのです。先ほど一時的に外に出ましたので、おそらくもうこれ以上長く出てしまうと、おそらく病気になってしまいます」
まあ、実際一部は本当だ。バイオテロリストのゲラソンによってガリアリウム変性症がこの地域に広まっている。カタナ男みたいな純粋種には影響ないけど。
カタナ男を見ると、やや不満そうな顔をしている、何とか理解はしているようだ。
ここだ。
「そう、それで、そのカプセルに入ったままでも協力していただくことが出来ますし、そうしてもらえるとこちらも非常に助かります。なにせ、あなたが病気で死んでしまっては、こちらの問題も解決できなくなってしまうのですから」
死んで、の部分を強調する。男に不安そうな表情がよぎる。さ、もうひと押し。
モローはカプセルの側に行き、室長をちらりと見ると、ニヤリと笑った。そしてカプセルの壁面に口を近づけ、小さい声で話をした。カタナ男はスッとカプセルの内面に耳を寄せ、じっと聴いている。
「了解した。ならば拙者は、ここにいておぬしらに協力することにしよう」
よっしゃ。
「何とぞよろしくお願いします」
モローは直立して頭を下げ、ニヤリと笑った。
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