第十二話 これが戦う気持ちなんですけど!?
前回のあらすじ
苦悩する結弦。
しかし、それでも彼女は魔法少女だった。
結弦が施療所を飛び出した時、すでにそこではアルコがダークソーンと対峙しているところだった。
「ユヅル!? 駄目だ、まだ休んでないと!」
「もう大丈夫です! それより、そいつをどうにかしないと!」
ダークソーンは、今度は中年の女性を宿主にしているようだった。先の男性のようにぐったりと脱力しているが、心の毒はまだ吸い取られ切っていないようで、肌には血色が見られ、まだ絶望的ではない。
しかしその代わり、ダークソーンもまた意気軒高だった。ダメージを負っても、すぐに心の毒を吸い上げて回復できるのだから。
アルコは先程から茨を鋭く矢で射貫こうとしているようだったが、その度にダークソーンは回復し、より強力な茨の鞭で襲ってくるようだった。
「私が抑え込みます! その隙に!」
「駄目だ!」
結弦が昨日と同じように、と駆け出そうとした瞬間、アルコが鋭くそれを止める。
「駄目だ! あんな、自分で自分を傷つけるようなこと、させられない!」
「でも! それじゃあ!」
「私たちはみんな、君に頼りすぎてたんだ!」
唐突な言葉に、結弦は困惑した。
「君が与えてくれる癒しを当たり前と思って無邪気に享受していた。君の存在を当たり前と思って、搾取していたんだ!」
「それは、そんなの、」
「昨日の君の献身を見て、我が身を振り返らなかったものが一人でもいるものか!」
アルコは語った。人々は、自分が小さな少女に守られていることを、痛く羞じたのだという。日頃からひどく安い料金で癒しを与えてくれ、怪我がなくとも話を聞いてくれ、そして逃げ出そうとしていた自分たちを守るために、傷だらけになりながらも必死で茨の魔物を押さえつけてくれたことに、人々は、そしてアルコもまた、大いに羞じたという。
「一人の少女に何もかもをおっかぶせて、自分たちは見ているだけなどというのはあまりにも格好が悪すぎるだろう!」
「おお!」
「いまこそ聖女様にご恩返しを!」
アルコの叫びに呼応するように、周囲を取り囲む人込みから、分厚い鎧を着こんだ兵士たちが、茨に向かって切りかかった。
「茨が修復するならばそれよりも早く切りこめ! 宿主から切り離せ!」
それがひどく原始的な戦法だった。しかし数という確実な力によって、ダークソーンの茨が抑え込まれているのは確かだった。鎧によって茨を防ぎ、剣によってこれを刈り取り、宿主から分断しようというのだった。少ないながらも実戦から、ダークソーンの特徴をつかんで戦術を編んできているのである。
やがてダークソーンの根が宿主から切り離され、宿主の体が速やかに引き離された。仮にダークソーンに喉があったならば、激しく絶叫していただろうという具合にもだえ苦しむ。これを見て兵士たちは、そうしてアルコは勝利を確信したようだった。
しかし、結弦だけは知っていた。
「駄目です! すぐに逃げて!」
「なにっ!?」
宿主を失ったダークソーンは、まず次の宿主を探す。しかし自分に対して敵意をもって向かってくる強い心の持ち主には取り付けない。そう言ったものに囲まれて宿主が得られないとなると、ダークソーンは力技でこの包囲を突破すべく、強力な攻撃をお見舞いしてくるのである。
このダークソーンはぎゅう、と瞬間的に内側に丸まると球のように変化し、そして唐突にそれを開放した。視覚的に、それは真っ黒な爆発のように見えた。鋭い茨の棘が、周囲に向けて弾丸のような速度で打ち出されたのである。
「ぐあっ!」
「がああっ!」
兵士たちの鎧を容易く貫通し、茨は荒々しく肉を裂き、骨を砕く。そして兵士たちが身構える隙も与えずに再度球状に変化し、今度は余力のあるものを狙って、正確に、単発の茨をお見舞いしてくる。これには兵士たちも迂闊に近づけず、包囲の輪が広まらざるを得なかった。
いまはまだ、包囲を警戒してダークソーンもじりじりと間合いを計っている。しかしこれが焦れて暴れ出したとなれば、今度こそ兵隊たちも無事では済まない。
「くそ、応援を、応援を呼べ!」
早速応援が呼ばれたが、すぐに間に合うものでもない。
「いや……今なら的は小さい! 私が!」
アルコがさっと飛び出し、茨が打ち出される。これを身軽に避けるのだが、茨は一発だけではない。避けたならば避けた先に、撃ち落されたならばさらにその先に、アルコが近づけば近づくほどに茨の嵐は苛烈になり、そしてついにその足を貫いた。
「ぐうっ!」
アルコも遍歴の騎士として痛みには慣れている。しかしそれは剣で切られる痛み、矢で射られる痛みであり、茨のように鋭い棘が、傷口をずたずたに引き裂ていく痛みというのは初めてだった。ましてそれが鋼鉄のような硬さともなれば。
ダークソーンはアルコの機動力を奪うと、次に肩を狙って攻撃力を封じた。そしてとどめを刺せばいいのにそのまま傷口を抉ることに終始する。これは明らかに救助が来ることを狙っているのである。その救助者をさらに襲うために。
それがわかっていて、わかっているから、兵士たちも迂闊には手が出せない。
結弦もまた、ただ飛び込めばいいものではないということを痛感させられていた。
ただ飛び込んで、押さえつけられるのならばそれでよい。しかしダークソーンは昨日の件でそれを学んだのか、徹底的にアウトレンジで戦おうとして来ている。見た目こそ無生物のような外見ではあるが、ダークソーンは確かに学習し、成長する生き物なのだ。
「ノマラ、何か、何かないの!?」
『ユヅル。それは私に聞くべきことじゃあない』
「なんで! 早くしないと、アルコさんが!」
『ユヅル。魔法少女の力は心の力だ。君が回復魔法しか使えないのは、才能だからじゃない。君がそれ以外を望まないからだ』
「そんな、そんなことない!」
『君の回復魔法は、ワタシを助けたいというその一心で開花した、純粋な祈りの結果だ。でもそれから魔法が発達したのは、君が傷つきたくない、変わりたくないと願い続けてきたネガティブな祈りの成果でもある』
「そんな………そんな……!」
『魔法はポジティブなものでもネガティブなものでもない。善でも悪でもない。ただ君の強い祈りだけがそれを開花させるんだ』
「わたしの……いのり……」
『そうだ、魔法少女ヒラガユヅル。譲れないものが確かにそこにあるのならば、叫ぶんだ! 君の心を!』
「わたしの、こころ……!」
『そうだ、解き放て。君の心の毒を!』
結弦は駆けだした。
そうだ。結弦の中にはとっくの昔にあったのだ。その熱量が恐ろしくて、
「
もうどんな準備も要らない。魔法の杖も、不思議な呪文も。
呪文は叫びだ。心の叫びだ。そして結弦の呪文は、
「
それは叫びだった。純然たる、欠片ほども混じりけのない、結弦の心の底からの叫びだった。
そこにド畜生とつけてもいいし、腐れ仏陀とつけてもいいし、古今東西ありとあらゆる罵倒語を添えてやっても構わない。実際、結弦の心中は、結弦の知る限りの罵倒語で満たされていた。そしてそれはやはりこの一言に集約されるのだ。
「ふざけるな」と。
それはすべての障害に対する「ふざけるな」であり、全ての理不尽を殴りつける「ふざけるな」であり、全ての不条理を蹴り飛ばす「ふざけるな」であり、ありとあらゆる面倒事に対して中指を突き付ける「ふざけるな」であった。
その呪文を引き金に、結弦の心の深いところ、魔法少女のコアは応じる。心臓を引き裂き、ずぶりずぶりと漆黒の
つまり、
「
乙女のあげていい声を大幅に逸脱した、そしてそれ故に何よりも心の叫びを最大限に響かせた怒声とともに、結弦は新たな魔法の武器、魔法の剣を胸から引き出し、それを振りかぶってダークソーンに迫った。
異常を察したダークソーンが速やかに迎撃準備を整えて、鋭い茨の砲撃を打ち出したが、時すでに遅し。
肌を引き裂かれ、骨を砕かれ、それでも結弦の歩みは止まらない。怒りが、不条理に対する怒りが、痛みを超越し、回復速度を極度に速め、そして攻撃されたということに対する怒りがさらに魔法の剣を巨大化させた。
「
もはや言葉にもならない叫びとともに、魔剣の凶悪極まる刃が無造作に振り下ろされ、そしてダークソーンはその存在の核ごと真っ二つに切り裂かれ、朝日に掻き消える影のように霧散した。
それと同時に、役目を終えた魔剣もぴしぴしと端から欠け落ちては消滅していく。その様はどちらが悪魔だと言わんばかりの邪悪さである。
周囲を盛大に置いていった果ての勝利は、結弦にとって初めてと言っていい勝利は、しかし、あまりにもいろいろなものを犠牲にしていったのだった。
「……お、鬼か……」
用語解説
・心の毒
極端な話、魔法少女の魔力と呼ばれるものと、ダークソーンが扱う心の毒と呼ばれるものは同一のものである。
その本質は、抗おうとする力であるとされる。
・ザッケンナ・ブレード(仮)
この世の全ての不条理に対する叛逆。心の毒のあふれ出した形。
ふざけるなという叫びの塊。
心の毒の塊で作られた魔剣であり、同じ心の毒でできたダークソーンに対して致命的な破壊力を有する。
ただし、使用者である結弦自身に心の毒が溜まっていなければ大した威力は出せない。
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